A.急に旦那の実家がやってきた。
――――お義父さまにご挨拶して、しかも仕事の話かよ。緊張するが、淑女たるもの。見事、こなして見せよう。
聖域ドーン、ロイド邸宅前。
その日、ボクは初めてストックのお父さまとお兄さまに会った。
あの決戦からはしばらく経っている。
非常に遅いが、娘のお誕生日祝いも兼ねて、とのことで来訪された。
キース宰相閣下と、アスロット様。
キース・ロイド様。灰髪灰目、背が結構高く、姿勢も実にいい。
あと……はっきりと美形だ。ファイア大公と並ぶと、絵になりそうだ。
アスロット・ロイド様。髪と目は赤だ。
背はキース様、ヴァイオレット様よりさらに高い。
すっきりした印象の青年だ。
聖域までは神器車、入ってからは馬車で来ただろうお二人。
降りたところで出迎えて、礼をとって待つ。
前にヴァイオレット様とビオラ様、ストック、メリア。
そしてボクとミスティが、彼女たちの少し後ろに控えている。
「遅くなったね、ヴァイオレット」
「予定通りでしょうに。
ああ、誕生日よりということであれば、ある意味ちょうどいいわ」
「それはどういう?」
「この子たち……特にハイディは働きすぎなのよ。
予定を入れてもらえると、休ませられていいから」
「この年で魔境防衛領主に心配される働きっぷりとはね。
リィンジア、紹介をお願いしていいね?」
「はい、お父さま。
こちらから、当家に入ることになったメリア。
そしてコンクパール家の令嬢、クレア。ミスティとお呼びください。
最後が当家預かりの巫女になった、ウィスタリア。非公式の場では、ハイディと」
「初めまして。メリアです」
「ミスティと申します」
「ハイディです」
本名の方がほんとはいいんだろうが「呼んでほしい」と紹介者に言われたからには、そちらの名で頭を下げる。
「皆さん。こちらがわたくしの父、キース・ロイド。王国宰相を務めています。
それから兄のアスロット。国防省勤務です」
「キースだ。初めまして」
「アスロットです。ご令嬢がた」
二人とも、胸に手を当てて丁寧に礼をした。
さまに……様になりすぎる。美形つよい。
その美形の片割れ、キース様が……ちょっと睨んでるビオラ様に向き直る。
「……ビオラ、と名乗っていると聞いたよ。
相変わらず君は、私には当たりが強いね?」
「そんなことはありません、義兄上。
単に、姉さんの完璧な旦那様が、宰相ごときで留守にしすぎ、と思っているだけです」
「叔母上、如きとは……」
アスロット様が口を挟もうとしたのを、キース様が手で制して止める。
「アスロット、ビオラの指摘は合ってるよ。無礼でもない」
「そんな!国の重鎮を、軽んじる発言など!」
「……どうぞ?」
思わず手を挙げてしまった。
促されたので、もう一度カーテシーをとってから、直り、発言する。
「失礼いたしました。
ロイド家には宰相位より、精霊によって賜った最重要事項があるので、如き呼ばわりは普通です。
ドーンの難事に王都に張り付いて宰相やってた、は失笑の種にしかなりません。
社交界でも同じように言われるでしょう?」
「言われるねぇ」
当たり前である。
宰相は大事だが、ぶっちゃけ代わりがいる。部下もいるんだから、本人いなくても回せる。
精霊ウィスプがいるんだから、宰相本人の関与は最小限でも構わない。それで国は回る。
だが魔境防衛は、ロイドが務まらないなら、家ごと代わりを立てられてしまう重要事だ。
崩れられると、そのまま国が滅ぶかもしれないからね。
優先順位としては、キース様は本来こちらをとらなければならない。
宰相としても、ロイド家の人間としても。
これが国防省長官との兼務なら、別に文句は言われない。
戦力を送り込むことができるからだ。
だが契約省を配下におく宰相の場合、その貢献はもっと国に寄ってる。
積極的に領に関わらないなら、ないがしろにしているととられる。
問題は、人がそう思うということは、いずれ精霊もそう考えるということだ。
この辺、感覚的には他所の国や地球って文化圏だとわかりにくいかもなぁ。
もちろん、ボクがそう思うっていうよりは、この国じゃそういわれるよ?って話だ。
ボクとしては、特に先の件はある種の内幕も知ってるから、特に文句はない。
キース様どころか、ヴァイオレット様だって故意に留守にしたんだからね。
そうやって敵を網にかけた。結果は大成功、と。
「父上ッ!そんな話は、捨て置けば」
「アスロット様。捨て置いてはなりません。
両方やって、ロイドの宰相足り得るのです。
今代はたまたま、ヴァイオレット様がとても優れた武人なので、もっているだけ。
歴代のロイド家ご当主たちは、そのように国と領を守っています。
ロイドの期待は、それほど重いのです。
いずれ社交界ではなく……精霊が、そう囁きますよ」
「ぐっ……」
アスロット様はちょっと悔しそうだが。
――――キース様は、笑っている。
ちっ。
「お見通しでございますか」
「いいや、鮮やかなお手並みだ。
話を聞こうじゃないか。
リィンジアは、よく学んでおきなさい」
「はい、お父さま。いつも驚かされております」
「父上、どういう……」
「アスロットもだ。続きは、食堂でしようか」
ぶー。所長、あなたの義兄は手強いですー。
さすが宰相閣下。
ビオラ様を見ると、ちょっとこっちを見てにやりと笑った。
今日は使用人の方には、かなり暇を出しているそうだ。
古くから家に使えているという人たち数名が、料理を出して回っている。
ちょっとアレなお話も入るかもしれないからと、当主がそういうご判断をしたそうだ。
まぁ、ボクがその可能性に触れたせいなんだけどね。
みなさん、忙しくしちゃってごめんよ。
料理の方はボクもがっつり手伝ったので、お許しくだされ。
今日はコース配膳ではない。いくらかは後から来るが、だいたいが最初から並んだ。
汁物、菜物、煮物、焼き物、揚げも……どっかの和食膳みがあるな?
中身はがっつり洋風で、そりゃあもう美しい盛り付けだ。ボクはこれ、真似できないなぁ。
いや、同じことはできるよ?でも、微妙に一つ一つ違う盛り付けで、センスあふれるというか。
レシピもそうだ。この食材と調理法でこうはならんやろ?って独創的な物が多い。
「さて。おなかも空かれたでしょう。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
次の投稿に続きます。




