X-3.同。~君の生誕を祝う~
~~~~醜態を晒した。いや、そんなのもっと前からだったか?
…………。
…………。
…………。
まだかよ。
今だろ?今しかないだろ??
つい目を開けると、間近でストックが――――不敵な笑みを浮かべていた。
「……ふふ。お前の望みを叶えていないのに、私だけ叶えるわけにはいかない。
お前の心の不安を取り除いてから」
すっと、親指で唇を撫でられた。
「必ず頂く」
幼い体が跳ねそうになり、抑え込む。
思わず下を向き、息を整えにかかった。
耳まで赤くなっていくのが、わかる。
――――これだ!やっとわかった!
前の時のボクとしては、ストックはまぁ親友くらいだ。
いつか言及した通り。特別な友達だけど、それだけ。
ボクは自覚してるように、ストレート……異性愛者に違いない。
それが再会早々に、求められるならいいか、と受け入れて。
そう見てもらえるのが、だんだんとたまらなくなって。
何をされてもいいとすら、思えて。
もう、離れられない。
何がボクをそうまでさせているのか、それがずっとわからなかったけど。
やっとつながった。
再会して「唇でも奪ってやろうと思っていた」って言われたとき。
それでコンクパールの最期を、ボクが正しく理解したことが、きっかけだと思う。
惚れた女の心を救って、唇を奪うことすら叶わず、共に果ててくれたストック。
そんな気高い君の姿が。
この面倒臭い女の、ねじくれた開かずの性癖の扉を、開けてしまったんだ。
女性相手は無理という、ボクの生理的嫌悪すら飛び越える、一等やばいやつを。
ボクはたぶん、お預けというか、焦らされるというか、そういうのに……とても弱い。
ファイアに君が帰って来た時、ご褒美あげようとしたときも。
パールの街で、川底から助けてくれたときも。
そうして、たった今も。
ボクが浅ましくも、キスくらいいいんだぞ?って余裕ぶって構えてるときに。
君はいつだって、もっとかっこいい姿を見せてくれた。
そういうのがボクに……たまらなく、効いてるんだ。
これは、まずい。それだけじゃない。
好意を互いに伝え合わないのも。恋人ではなく、相棒っていう関係にしたのも。
キスがかなり先まで、お預けなのも。10年先まで、結ばれないのも。
まだ子どもの体と立場で――――女同士であることすらも。
君としてきた何もかもが。
今ボクらの間にあるすべてが。
ボクに効き過ぎる。たまら、ない。
背筋から。その付け根から。胸の……あるいは、体のもっと奥から。
甘い熱と震えが吹き出すのを感じる。
幼い身で抱えてはならないものが、その小さい体を満たしていく。
ストックと再会してから。
何度もボクを、無意識のうちに堕としてきた昂ぶりが。
今はっきりと、意識できる。
これは……ここは。敢えて、ゲームとやらに、なぞらえるが。
ボク、攻略された、んじゃないか?ストックに。
いや、まだ四つだから……エンディングはもっと先。
ならルートが決まったとか、そんなやつ、だろうか。
まだ先が、あるのか。
もっと、あるのか……。
手を彼女の背中に伸ばそうとして――やめた。
どれだけ強くかき抱こうとも、この熱は解消されそうにない。
どうしたらいいのか、本気でわからない。
しあわせ、すぎる。
胸を締め付けていた不安が、霧散していく。
我ながら、何て現金な。
「ん……時間、だな」
はっとする。
「誕生日おめでとうストック!ちょっと待ってて!」
弾かれたように起き上がり、部屋の作業机に向かう。
引き出しから、いくつかのものを取り出して……。
「ああ。誕生日おめでとう。ハイディ」
……顔がまともに見れない。
ここはあれだ。そうだ。
反撃してやろう。よし。
武器なら手の中にある。やってやらぁ。
「ストック。簡単なものだが……ボクからのプレゼントだ」
ベッドに戻ってきて、青い腕輪を渡す。
自分の手の中には、同じデザインの赤い腕輪。
こいつは、外輪と内輪をかみ合わせて一つの腕輪にしてある。
台となる一つの腕輪――内輪があって。それが凸の形になっている。
それに凹となる外輪をはめ込んでいるんだが。こう、外輪側をスライドして回転させる機構がついている。
「いつの間に用意してたんだ。魔道具か?」
「ん。普通にこうつけて……使い方、説明するね」
ストックの左手首につけて、そのまま手を彼女の耳元に近づける。
唇に人差し指を立てて、ストックが頷いたのを見てから。
二重になっている腕輪の、外輪を左に回す。
「――――――――」
世界で彼女にだけ聞こえるように、耳元でささやいた。
素早く、腕輪をもとに戻し、ロックをかける。
ストックのお顔が真っ赤になっていく。
「ははははいでぃ!?」
「ふふ。じゃあもう一度」
彼女の腕輪の外輪を、その耳元で右に回す。
『――――――――』
「~~~~!!ろ、録音機か!!」
腕輪をスライドさせ、元に戻す。
そう、こいつは録音再生機構がついてる。
外輪が、音声保存と再生できるようになってるのだ。
基本的に使うたびに上書きだが、ロックすれば左に回らなくなるので、望みの音を保存しておける。
「そ。ほれ、準備はいいかストック?
とびっきりの誕生日プレゼントを頂戴?」
右腕に赤い腕輪をして耳元へ。
彼女を促す。
意を決した顔のストックが、近づいてくる。
その唇が、すぐ耳元に来て。唾を飲み込む音すら、聞こえて。
彼女がボクの腕輪を、回した。
「――――――――」
小さな囁き声。
確かに聞こえたはずだけど、脳の理解が追いつかない。
茹だる頭で、それでも腕輪を戻し、ロックをかけた。
「……ありがとう、ストック」
「……ああ」
息を、する。
自爆特攻だったが、ちょっと落ち着いてきた。
「あと、同じもので色違いをそれなりに作った。
簡単に録音できると便利だと思ってさ。使って」
もちろん、すでに録音の魔道具自体は世に存在する。
こんなに小さくはないが。
「ありがとう。これ、魔力はどうしてるんだ?」
「収束充填式、と名付けた。まぁ、神器のそれと同じだよ」
「魔素から生成してるのか!?この小さな機構で……」
そう。空気中の魔素から、魔力を生成して充填する。
人の魔力を使わない。
まぁ小さくはできたが、お値段は張るものになってしまった。
売るのはちょっと無理だなー。
「内輪がそうなんだよ。外輪は音声用の魔導機構だな」
「おま、これは……」
「充填効率がそんなよくなくてね。小さな機構なら使用量に足るが。
今の効率だと、これ以上大きな魔導の使用には耐えられないだろう。
内緒だぞ?大変なことになるからな。
内輪が普通の充填式バッテリーだということにしておけ」
「ぐ……ほかに知ってるものが、いたりは」
「魔女姫だから、大丈夫」
「ご同類なら平気か……」
懸念はわかるがね。
このくらいは、彼女や君と研究してると、ポコポコ生まれるものだよ。
「ん……すまんが私の方からはなくてな。
ただ、大事な話があるんだ。
ちょっと着替えて、ついて来てくれるか?」
「ん?いいけど。こんな深夜に子どものお出かけとか、怒られないか?」
「安心しろ。手抜かりはないさ」
ストックに手を引かれ、ベッドを出た。
……あれかなぁ。
なんで今なの?という気はするが。
次の投稿に続きます。




