X.聖暦1083年6の月3の日。王国西方聖域ドーン。旅の後には、休息を。
――――休んでられるかっていうと、られないんだがね。何せ子どもだからな。
大事をとっているが……もう、体は動くようになった。
明日からは少し、整理しつつ取り掛かろうと思う。
勉強できることはし、体も動かし、仕事があれば見つけてやろう。
まぁ、明日はもっと大事なことがあるけど。
いろいろぐだぐだしているうちに、とっても遅い時間になって。
二人ようやく、ベッドに入って。
背を向けて、横になっている。
「ストック」
「ん」
「……起きてるし」
「お前もだろう」
「考えること、一緒だね」
「ああ」
…………。
ボクの仕事中毒は、まだ治っていないようだ。
こう、一仕事終えると、不安が襲ってくる。
彼女が傍にいるのに、不安定になってしまう。
「どうした」
そんなに優しく声をかけられると……君に甘えそうになってしまう。
とても楽しい旅だった。
明日はとても楽しみな日だ。
どうしてボクは、穏やかにその瞬間を待てないんだろう。
「ん。あのね。今更だけど……変なんだよ。
神殿――クレッセントの神主は、今の時代、王国にはいないはずなんだ」
「ん?どういうことだ?」
「彼は東方の出でね。連邦が滅んだあとで帝国東方魔境経由で、半島にやってきている。
だから今は暗躍しているはずがない。
ボクらの過ごしている時間は、変化はしているけど、前と基本は同じだ。
つまり、ボクらが当初想定していた敵対勢力と、メリア誘拐や亀をけしかけた奴は、違うんだよ」
「そそのかした奴らは、まだ調べもついてないし、捕まっていないそうだな」
「ん。そこも変な話だ。少なくとも、あの神主ならそこは普通に捕まえられるよ」
「気になるか?」
ダメだな、やっぱり、甘えてる。
……めんどくさい女で、ごめんね。
「ん……ごめん。今気にする内容じゃなかったね」
「構わないさ」
寝返りを打って、向き直る。
ストックもこっちを向いた。
暗い中、彼女の瞳に……仄かに自分の姿が、見える。
少し、安心する。
「だが、些事を気にするとは、らしくないな?」
「些事、かね」
「存外ハイディは、細部を気にしていないだろう。
メリアの誘拐事件のことも。
ダリアの暗殺未遂のことも。
亀が強襲してきたことも。
邪魔がドーンを襲ったことも」
「まぁねぇ。気にしてもしょうがないし」
「私たちを巫女にどうやって推挙したとか。
あのクルマ周りの機密はどういう扱いになってるかとか。
君の実家絡みのことはどうなっているのかとか。
先のドーン防衛の顛末はどうなるのかとか」
「そういうのは結局、ボクらがやる仕事じゃない。
ちゃんとなんとかすべき人、知るべき人がいて。
彼らのものだ。首を突っ込んでも、いいことなんて一つもないよ」
巫女の推挙の詳細だって、どうせストックは知らないんだろ?
君は人に仕事を任せる天才だからな。
然るべきところに発注して、望みの結果を受け取っただけだろう。
「力や知恵があろうともか?」
確かに、物語の力ある……あるいは力を授かった主役たちなら、そうするだろうね?
でも現実にそれをやってみろ。
本当に何もかも、自分自身になだれ込んで来るぞ。
領分というのは大事だ。力はそれを簡単に広げてしまうけれど。
自分の身の丈と力は、違う。
本当に必要なのは、もっと別のものだ。
「うん。必要なのは機会だよ、ストック。縁ともいうが。
その時そこにいられることこそ、最上なんだ。
いないやつは、どんだけ強くて賢くて一見関係者であっても。
当事者では、ないんだよ。
そして何事も、当事者にこそやらせてあげるべきだ」
「……そうだろうか」
「君は、先の時間のコンクパールでは、何の関係者でもなかった。
ボクは王国跡地を水脈変動に巻き込まなかったからな」
「それは……」
「だが間違いなく当事者で、君こそが鍵であった。
君がいなければ、ボクらは今ここにいない。
意思か偶然かは問わず、その場にいることこそが重要なんだ。
なんだ、ボクの救いになるのは嫌だったか?」
「そうは言わないさ。
だが、能力が足りなくても、当事者だからとそこにいていいものか?」
「それを言ったら、メリアに怒られるぞ?
ボクらにもう少し能が足りてれば、あの場の誰も死ななかったかもしれない。
ボクと君も、そのまま生きられたかもしれないな?
だがその先ではどうにもならなかっただろうことが、今どうにかなってる。
縁と運に敵うものなし。それが一番大事で、能力は次だな。
能力がなくていいとは言わない。足りなければ……悔やむことになるんだから。
だが一番必要なのは機会だ。そこから得られた結果こそが、未来につながる」
「そうだな……」
ごめんねストック。
こう……めんどくさい女で。
やっぱりどうしてもさ。胸に引っかかるものが、あるんだよ。
次の投稿に続きます。




