23-6.同。~偽物の驕り~
~~~~ボクが駆けて、敵が倒れた。それだけ。……実はちょっと手伝ってもらったのは、内緒だ。
速やかに片付いたおかげで。
聖域の底まで、思ったより早く来られた。
機関底部にまでやってくる理由は、普通はない。
この空間は神器構造ではなく、ただの隙間のようなもの。
明かりは必要最低限の、鋼の、何もない広間。
だがもしここで緊急転送を行えば――より激しく、魔力流を乱すことができるだろう。
前のとき。聖域ドーンは物理的損傷よりも機能的損傷がひどく、破棄されたと聞いた。
なるほど。こういうことか。
「ヴァイオレットではなく、小童が来るとは」
長く白い髪と髭の、ローブの男。帝国四聖タトル公爵。
粗末なローブは、ただの偽装だろう。そういうのを好む男だと、記録に残っていた。
奴はエリア中央付近に立っていて、彼我の距離は20mあまり。
その足元には、ぐったりした様子のストックが倒れている。
顔はこちらからでは、見えない。傷はなさそうだが。
……なるほど。
まぁ本命は、ヴァイオレット様のはずだしな。
そのためにストックを下して、待ち構えている、と。
赤い光が立ち上り――そうになったので、慌てて抑えた。
気持ちは静めてるはずだが、宿業が漏れ出すとか、あるもんなのかよ!?
落ち着けハイディ。ストックは大丈夫だ。大丈夫だったら。
――――っ。この。相棒を信じろ!
…………よし。少し大人しくなったか。光が漏れ出なくなった。
「だが、奴らの言う通りだったか」
奴ら……やはり。
パールの主犯もまた、何者かの接触を仄めかしていたらしいからな。
こいつもか。呪いの未来を押し付けるやつらに、接触を受けたな。
少し謎が解けた。
時期を始めとし、条件が整っていなくても。
「事件再現を起こせるものたちがいる」ということだ。
こいつ自身はともかく、モザイク兵がいる――再現が起きているのは、そういうことだろう。
そしてそれは、連邦滅亡にもつながる鍵だ。
その再現を、サレスでもメアリーでもない誰かが、引き起こしたという示唆。
この場でそれが分かったのは、運がよかった。
しかし、奴が手に持つアレは……。
「フェニックスを渡されたのか。反則だろう」
神器フェニックス。
神器の理想を、可能な限り実現した代物。
細身の刺突剣の形をしており、機構のほとんどは柄の中に収まっている。
刀身部分に特殊な神器工材を用いて、破損と再生を繰り返すことで、激しい魔力に耐えて魔導起動ができるのだ。
オーバードライブせずとも、再生の炎という、己の傷を癒し、かつ敵を燃やす魔導を使える。
攻撃性魔道具というテーマを、確かに実現した逸品。
……ボクとストックが学園で作った一本だ。
ボクら二人の、苦労の結晶。
当然、この時代にあるはずはない。
「いずれとはいえ、小娘が作るには過ぎた代物よな」
「現代技術で十分作れる。開発現場の発想が固いだけだろ。
ただ、作れるだけで、そいつは扱う人間を選ぶ」
公爵は無造作に剣を振った。
ボクのいるあたり、5m四方は蒸発させるだろう火球が飛んでくる。
火球自体は遅いし、サイズもボクの知るものよりずっと小さい。
余裕をもって跳んで、その熱の範囲から出る。
炎が着弾し、爆発した。
「そうだな。私のような、選ばれた人間のためのものだ」
「何言ってんだ。その子なら20m四方は焼き尽くす。
炎は避けたくらいで諦めない。
むしろ着弾した炎から魔導起動し、何度も向かってくる。
その魔導は炎じゃない。不死鳥だ。
この程度で扱えた気になっているなら、お笑い種だろう」
その男の白い柳眉の端が、上がっていく。
表情筋が固まるのが見える。
「偽物らしい驕りだな?――ディック」
顔色が変わった。
取り繕っていた表情が消え――本性が露わになる。
少々沸点が低いが……これはしょうがない。
この事実は、本気で奴の急所だ。
聞いた瞬間、ボクを絶対殺さなければならないと、スイッチが入っただろう。
ほら、口元が歪んできた。
「取り消せええええ!俺は偽物ではない!!公爵はこの俺だ!!!」
滅茶苦茶に神器を振り回す。
火球があちこちに飛び回る。
ボクは軌道と範囲を見極めて、よけ続ける。
こいつは、確かにタトル公爵を名乗る存在ではある。今のところは、公式に認められている。
だがタトル公爵レオナルド・タトル……レオナルド12世その人ではない。
レオナルド12世を殺し、成り代わり、老人のフリをしている若い男だ。
それを知っているから、ストックもメリアも、タトル公爵とは呼ばない。
本来は「Tuttle」という名前。四聖と呼ばれるが、実はいわゆる玄武ではない。
フェニックスを持って使える通り、炎の術師。『朱雀公爵』とも呼ばれている。
この男は偽物だから、亀扱いなのだ。
実際には、公爵の孫くらいに当たる。
ただ公爵の子は養子の上、問題を起こして廃嫡されたので、公式にはただの他人だ。
公爵の養子が平民に産ませた子を、神器開発実験用に引き取られたのが、このディック。
成人してから公爵家に迎え入れられたが、実際はただの実験台だった。
魔結晶を移植され……その力で公爵を殺害。秘密裡に成り代わっている。
外見や言動は、公爵を真似てそろえているだけだ。
魔結晶が実は公爵から摘出されたものを使ったらしく、魔力の波長が適合している。
そのため、公爵のフリが通っているらしい。
ボクが船を降りた後に調べたら、そういう公式記録が残っていた。
この件を明らかにすることで、ストックはこいつを公爵から引きずり下ろしたんだと思う。
そして公爵殺害の犯人として処刑。
ストック自身は……その後どうやって公爵になったんだろうね。そこはよくわからん。
ディックは自分がある種の予備品扱いだったからこそ、ストックもまたそのように扱ったのだろうな。
実験台としての代わり、だったのだろう。
まぁ哀れなのはその身の上ではなく――
「グッ!な、なんだこれは!?」
フェニックスを渡されたこと、だ。
右腕や足首が急速に結晶化し、動かなくなったようだ。
あれは魔導使用で、オーバードライブ並みの消耗をする。
フェニックスの通常の起動と、普通の神器のオーバードライブが、ほぼ同等とみていい。
それを抑制する特別なオーバードライブ機構があるんだが、使用に制限がある。
おそらく、青い結晶を持つストックしか、完全な超過駆動ができない。
ボクでは起動までできるものの、ストックの50%ほどの効果しか発揮できなかった。
さらに再生の炎で傷を治したときが、一番消耗が激しいのだが……この魔導には欠陥がある。
着弾した炎熱が多少自身の肌を焼く程度でも、反応して治してしまうのだ。
そしてオーバードライブの何倍もの消耗――結晶化をさせる。
乱発したいくつかの炎が、比較的ディックの近くで炸裂し、火の粉が肌にかかっていた。
その部分が、結晶化したと見える。
「ストック。足止めお疲れ。もういいよ」
ボクが声をかけると、倒れていたストックは、素早く起きてフェニックスの柄を蹴り上げた。
奴の手からすっぽ抜けた剣を空中で掴み、ディックのローブの何か所かを、斬る。
火が燃え移り始めていたところが、すべて切り離される。
ま、死なれては困るからね。ボクらが。この国で殺しはご法度だ。
では、仕上げと行くか。
ボクは20m余りの間合いを瞬時に詰めて、驚くそいつの水月に振動を与えた。
空気を吐き出して体が折れ曲がったところ、少し跳ねて顎を回し蹴る。
顎が揺れ、白目を剝き、その体が崩れ落ちた。
次投稿をもって、本話は完了です。




