22-5.同。~獣は、ケダモノの力で葬る~
~~~~スマートだなストック。なら、ボクも負けてられないな?
…………いや、ダメだ。
ほんの僅かだが、目の縁に再生兆候が見える。
瞳は再生しないってボクも聞いたことあるけど、誤情報じゃねーか。
いや、これもしかしてそういうことか?
あれだけじゃないんだ。別に瞳が存在する。
それならわかる。すべての目を潰さないとダメなんだろう。
けどまずいな。
バジリスクの目の所在なんて、確認してまわるのは危険だ。
一気に全身を破壊した方がまだマシ……
――――口角が、上がる。
ボクはベルトをいったん解いて、ストックを運転席に座らせた。
ドアを開け、自分は外に出る。
「おい、ハイディなにを……」
ストックはしばらく動けないしな。ボクがやるしかない。
「後を頼むよ相棒。ボクも動けなくなるから」
「お前……!」
右の人差し指を、彼女の唇に当てる。
「心配なのは分かるけど、それじゃないから、大丈夫だよ。
君がかっこよかったから、ボクもかっこつけたくなったんだよ。
見ててね?」
離した人差し指を自分の唇に当てて、身を引き、ドアを閉めた。
さっきはついやっちゃったけど、神器を使うつもりはない。
持てる力で、相手をしよう。
バジリスクは瞳を失ったせいか、今はこちらのことを感じ取れていないようだ。
痛みに暴れるばかり。ならば――今のうちだ。
深く、息をする。
息が音に、音が声に、声が鳴動に、鳴動が雷鳴になって響く。
「__/\/\/\/\/\/\/\/\/\/ ̄ ̄!!」
人から出たとは思えない音が、躍動し、暴れる。
ボクの暗い瞳に電流が走り、紅い輝きを灯す。
――――起きろ、紫電雷獣。
肌が泡立つ。
髪が、逆立つ。
力をもった光が、雷光が迸る。
腕が震える。
脚が痺れる。
そしてボクの思う通りに……動く。
ひとの身の内にあるケダモノが、目を覚ます。
雷光を迸らせ、踏み込む。
普段の最高速に倍する速さで、体が一気に進む。
――――大型の魔物を一撃で倒す。ならば彼女に力を貸してもらおう。
思い浮かぶのは、無数の魔術陣を展開し、見えない魔導を従え、戦略級魔術を詠唱する、師にして友。
小細工は無理。正面から打ち倒すしかない。そう覚悟して、奥の手を出した。
無数の神器を出して、すべて超過駆動して。でも魔導の領域で――彼女に勝てたとは思えない。
ボクに魔導を教えてくれたのは彼女だ。魔力がないのに使いたいってボクに、喜んで指導してくれた。
なのに、あんな拙い技で挑んで、ごめんなさい。
また力を磨きます。でも今はどうかこの未熟な弟子に、力を貸して!ダリア!
魔導の光の奔流の向こうに消えていく、笑顔の彼女が、確かに見えた。
走りながら――ボクの宿業が解き放たれる。
バジリスクが仄かに纏うそれより、はるかに膨大な赤い光の奔流が、ボクの体から立ち上る。
<――――どうか。この身に、呪いあれ。>
世界の言葉が聞こえる。
遠い未来から、ボクの業が因果を巡ってやってきて――追いついた。
赤い光が、収束する。
━━━━『呪文。』
呪いの言葉を、唱える。
━━━━『紫電雷獣[フジワラ]、顕現!!』
英聖に綴られた、呪文が成立する。ボクの右手から、急速に結晶化が始まる。
結晶はあっという間に全身を覆い、巨大な紫の石英となってボクを包み込んだ。
地表に巨石が出現する。走る慣性そのまま、ほんの僅かな時間、低空を飛んで行く。
墓標に……そのケダモノ、フジワラの名が刻まれる。
<――――業 雷・応報。>
世界の言葉が響き渡り、その法則が小さく書き換わる。
巨大な石英に、稲妻のようなヒビが入った。
<――――獣性・解放!>
雷鳴が轟く。
石が砕け散り、巨大な獣が残る。屋敷のような体。
がっしりとしてはおらず、細身で、やや背が高い。
体躯は狼に近く、頭部には角がある。
その角も含め、全身が赤紫の光沢のある結晶。
そして血のように赤い、大きな瞳。
その瞳と……急速に再生した奴の目が、合った。
ほんの僅かな抵抗があり。
バジリスクの目が、はじけ飛んだ。
『お前の恨みも深かろうが――呪い合って、このボクに勝てると思うなよ』
さらに雷光に乗せて踏み込む。角が光を帯びていく。
間合いを詰め、身を地に伏せるように低くし、トカゲの頭部の下にそっと潜り込んで――頭からぶち当たった。
角で顎下を刺した状態でさらに、地についた後ろ足、前足をフルに使って、震脚。
バジリスクが、引くほど勢いよく吹っ飛んだ。
雷獣套路は呪文の獣で戦うための型、とは教わったが。
四つ足で震脚するのは、なんか変な感じだなぁ。
大した痛痒もないのか、バジリスクはもう起き上がってる。
ぬるっとした体の捻り方で、なんか動きが気持ち悪い。
ま、いいや。止めだ。
その場で跳び上がって、宙を後方に回り。
『――――雷獣套路。要訣七、昇り返り。召雷!』
不思議な雷光が、奴の顎下に開けた穴から、体中に流れる。
着地し、さらに大地を一踏みする。ボクの角が輝きを増す。
それに呼応し、目も眩むような光が、バジリスクの身の内から溢れ出す。
巨大なトカゲの各所が、内側から爆発する。
爆発の下からさらに雷光があふれ、その身を余すところなく焼いていく。
巨体が崩れ落ち、轟音を立てて大地に伏せた。
そしてボクの全身の結晶も、砕け散った。
生身に戻った体が……倒れ伏せる。
毎度思うが、四歳児がやるこっちゃないね。
でもこれで大型の魔物が退治ができるんなら、上出来だろう。
「ハイディ、ハイディ!!」
クルマから出てやってきてるらしい、彼女の声が聞こえる。
魔素切れじゃないのか、どうやって動いているんだストック。
「っ。しっかりしろ、ハイディ」
彼女がボクの身を起こし、仰向けにさせた。
触れたら電撃走ったと思うんだけど。痛かろうに、よくやる。
正直声を出すのも辛いけど……。
ゆっくりと、息をする。少しでも体を癒す。
さすがにもうちょっと、格好つけたい。
「ボクはどうだった?ストック」
彼女がボクの頬を優しく撫でる。
「お前は最高にいい女だ、ハイディ」
「そうじゃねぇだろ、どこ見てたんだっと」
横抱きに抱えられた。
しびしびするだろうに、大丈夫か?
いやまて。
「どこ触ってんだストック」
「痺れて感覚がない。よくわからんな」
「じゃあ撫でまわすのをやめろ」
「感触が戻らないか確かめてるだけだ」
「こいつめ。覚えてろよ」
「覚えてるよ。離すなって、言われたからな」
またそういうこと言う……。
「ボク、もう何時間かは動けないから」
「私が運転していくよ」
「助手席に君以外を座らせたくないんだけど」
「自分もなのか。じゃあ――」
彼女は、ボクを抱えたまま運転席に滑り込んだ。
「このままで行こう」
「……大変結構」
シートは少しボクらの体には幅が広いから、並んで座ればいいだけなんだけど。
正面から抱きしめて抱えておく必要は、ないんだけど。
……ボク動けないから、しょうがないね。君の好きに、するといい。
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