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普通になれない私たち

お務め

作者: 九JACK

 服屋から寄り道せずに家路に着く。藍花はお洒落な服を着るのが初めてなので、とても緊張していた。髪を結うのも初めてのようだ。

 道行く人がみんな藍花を見て「かわいい」というので私は得意になる。そう、藍花はかわいいのだ。

 まあ、何度も繰り返すように、私は藍花がかわいいから買ったわけではない。まあ、かわいくなかったら買ったのかと言われるとわからないが、藍花が藍花だから買った。

 一目惚れというやつだ。最安値だったのが信じられない。

 最安値といえば、闇の奴隷商にお気持ち代というやつを贈らねばならんな。さすがにあれだけ色々見せてもらって、最安値商品一品だけのお買い上げでは割に合わないだろう。私は藍花を返品するつもりなんて、これっぽっちもないが、あっちは何度も藍花を返品されているのだ。安心材料として、追加のお気持ち代を払うのはいいだろう。私にとっては、藍花と引き合わせてくれた恩人でもあるわけだし。

 他にも、ジャック=ブラウン家からの仕事のこともある。私は絶対、絶対、家長になぞならんし、弟を説得する気も、世話する気もない。

 が、そろそろ送られてくる仕事にも飽きてきた。これくらいは許されるだろうと「少し大きな買い物をしたい」と言ったら、ジャック=ブラウン家が大金を出資してくれた。それをそのまま闇の奴隷商に横流しして、様々な亜人を見せてもらったわけである。ジャック=ブラウンの財力の凄まじさを見た気がするが、私が欲しいのは金じゃない。自由だ。

 帰宅して、居間へ向かう。今日は休むと決めていたので、藍花とこの家で過ごす上での注意事項の確認や歓談をしようと思っていた。藍花を手に入れたことで、私は自由に一歩近づいた気がするからね。何より、藍花とゆっくり話したい。

「藍花、座って」

 テーブルの隣の椅子を引くと、静かに座る藍花。その手元にノートとペンを与えた。

『ご主人様は、すごい貴族の方なのですか?』

 さらさらと書かれた疑問に、私はあー、と微妙な声を出す。あまり答えたくない。

 まあ、ジャック=ブラウン家はすごいっちゃあすごいだろう。

「うん。国に影響を及ぼせる程度にはすごいよ」

 私の回答に藍花が灯火のような目を見開く。影響を及ぼせる単位が「国」と来たら、そりゃ誰だって驚く。

「ジャック=ブラウン家は資金繰りの上手い家なんだ。特定の一つのことをして稼いでいるんじゃなくて、そのときの時流に合わせた産業で稼ぐ。そういうのを見極める目を持つ者が、代々生まれ、受け継いできた家だ」

 藍花は感嘆するように頷くと、またさらさらと書き出す。

『ご主人様はジャック=ブラウンの次期当主ではないのですか?』

「藍花も知っていると思うけど、貴族は男児がいる限り、嫡男が家督を継ぐことになっている。私は長子だけど、男じゃない。それに、弟が何人かいる。だから私が家を継ぐ必要はない」

『ですが、ジャック=ブラウン家に代々生まれるという慧眼の持ち主は、ご主人様のように私には思えます。不敬でしょうか?』

「うん、うん、不敬じゃないよ」

 不敬じゃないというか、むしろ逆だ。主人を褒め称えているからね。でも私がおもいっきり嫌な表情したから、藍花が焦ったんだろう。

 私には才覚というやつが、おそらくある。それが弟に変な劣等感を抱かせて、拗れているのだ。たぶん、だから、私としちゃ知ったこっちゃない。嫡男は嫡男らしく諦めて家督に就け、と思う。

 どうも、私の亜人嗜好もジョークか何かだと思っているらしく……何度も説明したんだがな。ジャック=ブラウンに変な噂が立たないように出ていくのだ、と。これがなかなかどうしてか、信じてもらえない。

「私は変な噂が立たないように、亜人嗜好を隠して、友達もあんまり作らなかった。だから家が思うようなパイプとかは全然ないんだよね。記憶力はそこそこだから、年の近い有力貴族の坊っちゃん嬢ちゃんの顔くらいは覚えてるけど、それだけさ」

『関わりもないのに、顔と名前を覚えているのは充分な資質だと思いますが……

 ご主人様はジャック=ブラウン家がお嫌いなのですか?』

「お、難しい質問来たねえ。難しい質問、好きだよ、うん」

 茶化しているわけではなく、わりとガチで難しい質問なのだ。

「家族のことは思い出すと頭が痛くなるんだけど、歴史的にジャック=ブラウン家は好き。時流に合わせた企業展開をして、堅実にお金を稼いでお国に貢献するとか、只人ができる所業じゃないよ。そういう異端性のあるとこが、好感が持てるのよね。だから、ジャック=ブラウン家は続いてほしいと思ってる。その方が歴史が楽しそうだから」

『だから、お家の仕事も引き受けるのですね』

「そう。弟も決して無能なわけじゃないし。あれは自信がないだけ」

 確かにお勉強は私のができたかもしれないけど、人間の資質っていうのは、勉強に限ったことじゃないからね。

「あー、家の話はやめやめ。これからの生活の話をしよう。藍花は私の奴隷です」

『はい』

「私はご覧の通り、大きめの屋敷に一人暮らし。そんな中で奴隷に求める仕事は給仕です。家事をしてください」

 これまでは私一人でもなんとかなったんだけど。というかぶっちゃけどうでもいいんだけど。

 藍花はたぶん、役目がないと離れていってしまう。そんな気がして、メイドさんとして雇っている風にすることにしたのだ。ジャック=ブラウンに対しても、独立の意思表示になると思って。

 まあ、あいつら、私の想像の斜め上の捉え方をすることがあるけど……それはいい。

『家事……具体的には何をすれば良いのでしょうか?』

「掃除、洗濯、お風呂の用意……料理は、私と一緒にしよう」

『わかりました』

「あとは、私の仕事の補佐かな? 藍花は字が綺麗だし、サインだけでいい書類仕事は任せることがあるかも」

『それなら、やったことがあります。以前のご主人様のところで』

「藍花の字、綺麗だからね。奴隷で読み書きができるのはそれだけで重宝されるんだ」

 まあ、それは藍花も経験済だろうから、今更語るようなことでもないだろうけど。

 そうして、話しているうちに、私はいつの間にかうたた寝をしていた。日頃の睡眠不足が祟ったのだろう。

 目を覚ましたのはノッカーの音。服屋が来るのは二、三日先のはずだが、とぼんやりした頭で考えて、ふと気づく。

 藍花がいない。

 それだけで、ぞわりと鳥肌が立った。乱雑なノッカーは私が返事をしないうちに止む。私は嫌な予感がして立ち上がった。

 立ち上がった拍子に、藍花がかけてくれたのであろう毛布がずり落ちる。その温もりの余韻に浸ることもなく私は急いだ。

 玄関が開いたまま、誰もいなくなっている。嫌な予感は残念ながら当たったようだ。

 ふう、と荒く深呼吸する。それから、まだそう遠くには行っていない影に向かって走った。

「へえ、随分貧相な身なりの命知らずじゃないか」

「えっ!?」

 藍花の手を引いていた、藍花より体躯はいいが、服装が乞食みたいな少女が声を上げる。髪色が少し藍花より薄く、赤っぽい。目は青みがかった灰色。けれど顔立ちが似ている。藍花が以前話していた双子の姉だろう。

 脇にいる不細工どもは両親と見た。こんなのでも、藍花をこの世に産み落としてくれた功績だけはある。

「だ、誰?」

「それはこちらの台詞なのだけれど。奴隷を拐うなんて、誰に喧嘩を売っているのか、わかっているの?」

「だから誰なのよ、あんたは!!」

 喚くしかできん可哀想なガキだな。

 私は藍花の手を取り返し、その手袋を見せつけながら、口にする。

「ジャック=ブラウンの者ですが」

 まさか、ご存知ない? と家紋を見せる。

 どうやらご存知だったようで、さあっと顔が青ざめていった。まあ、この国でジャック=ブラウンを知らないのは奴隷くらいなもんだよ。

「だって! あたしがこんな暮らしなのに! なんでこいつがいい服着てるのよ!? 奴隷のくせに!!」

 おー、喚く喚く。五月蝿いが、私は放って、藍花の耳を塞いだ。無駄な罵詈雑言を聞かせる必要はないからね。

 好き勝手に喚き散らしてくれたおかげで、憲兵さんが気づいてくれた。よかったよかった。

 ま、それを狙って喚かせていたんだけど。

 憲兵に軽く事情を説明すると、一家はあっさりお縄に。ジャック=ブラウンの者がどうしてこんなところにいるのか疑問には思ったはずだが、そこは触らぬ神というやつである。

 奴隷誘拐は未遂だろうと重罪なので、あいつらは牢屋行きだろう。私と藍花が生きている限り、一生出て来ないでほしい。

 帰ると、藍花が謝ってきた。

『申し訳ございません。客人の取次も仕事かと思い……』

「藍花が無事でよかった」

 本当に、今はそれだけ。

 後で勝手に出ないように教えるけど。

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