街中の遭遇
「毎度あり~」
「こちらこそ、ありがとうございました」
『ユーディア、いつもの店に行って少し休もう』
「うん、ありがとうベリアル。今日は私達の大好きなマージェのパイがまだあると良いね」
顔色の悪くなった私を気遣い、ベリアルは心配そうに私の足元をうろちょろしている。
踏みそうで怖くて少し離れて貰いたかったが、そんな事は言えない。
代わりに肩を叩いてベリアルを呼んだ。
「ベリアル、もっと傍に来てくれる?」
『勿論だ』
ベリアルはトン、とその場で跳躍し、私の腕を踏み台にして肩に舞い降りた。
降りる時位、多少なりとも肩に衝撃が来そうだが、肩に手を乗せられた位の衝撃しか伝わってこない。
私の七不思議その2だ。
結局、『ヘイトバッドの皮』と『四つ葉のマンゴラドラ』は、念のため購入した。
予定外の痛い出費だったが、必要になった時に手に入らず、自分やベリアルが危険な目にあうよりはずっと良い。
とは言え、蘇生薬ならまだしも、劇薬は頼まれても精製するつもりはなかった。
劇薬を精製しなくても、70そこそこの効果があれば良い方の頭痛薬が、効果82が見込める頭痛薬を作れる材料だから買ったのだ。
ひとまず薬の依頼を受けるという、自分絡みのイベントが全て終わったら元の生活に戻れるだろうから、避けられるものは極力避けていこう。
今回依頼された惚れ薬も、害がそこまでないと判断出来るまでは卸すつもりはないし、正直、乙ゲーのシナリオには無関係でいたい。
昔、従姉妹が言っていた。
乙ゲーは、ハッピーエンドだけではないのだと。
私達お気に入りのカフェに着くと、定位置である二人用テラス席の一番奥にそれぞれ座った。
真っ黒な外套を脱ぐ事が出来ない為とベリアルがいる為、そして店内での飲食はある意味営業妨害になる為に初めて訪れた時からテラス席を利用したのだが、これがなかなか風通しも良くお気に入りの席となった。
マージェのパイを一人と一匹分頼み、私とベリアルがこそこそとおしゃべりしていると、後ろから声が掛かった。
「まぁ!もしや、貴女がかの有名な黒の魔女様でございますか?」
高校生が憧れの先輩にキャアキャア言うかの様な話し掛け方で、ややビックリしながら後ろを振り向くと、そこには一人の美しい女性が立っていた。
躑躅色のウェーブがかった髪を両サイドで一部編み込みをして可愛らしさが際立ち、ルビーの様な瞳はキラキラと輝いている。
「……私に何か?」
一回上げた顔を、黒眼を見せない様に直ぐ様うつむかせながら、私は一応返事をした。
一瞬誤魔化そうかとしたが、女性の横に立っている二人の護衛らしい男性が頷いていたからだ。
恐らく、裏が取れているのであろう。
女性は私の問いかけに答える事もなく、
「あら?今、どなたかとお話をしてらっしゃいませんでしたか?」
今度はきょとん、とした顔をしてキョロキョロと辺りを見回す。
何というか……アニメっぽい動きをする方だ。
声だけ聞いたら高校生位かと思ったが、どうやらもう少し年上の様だった。
「いえ……恥ずかしながら、この黒猫に声を掛けておりました」
ベリアルの声が聞こえるのは、私だけ。
端から見れば、私はかなり頭の変な人である。
ただ、街の人達にはベリアルが使い魔と認識されているからこそ、大丈夫なだけであって。
「あら、可愛い猫ちゃん。……ちょっとその席失礼致しますわね」
ベリアルを可愛いと言いながら、ベリアルが座っていた椅子の背もたれを掴んで斜めにし、ベリアルを追いやる。
座面をパンパンと叩き、その上に真っ白なハンカチを敷いているところを見ると、どうやら自分が座りたかった様だ。
『何だこいつ、失礼だな』
ベリアルは怒りながらもひらりとかわして大人しく席を譲り、私の足元に隠れて座った。
どうやら女性は、ベリアルが私の使い魔だとは知らないらしく、黒の魔女が野良猫に話し掛けているだけだと思ったらしい。
「黒の魔女」の使い魔が「黒猫」というのも有名な筈だが……何故それは知らないのだろう?
少し違和感は感じたが、女性は満面の笑みを湛えながら私の様子にお構い無く話し掛けてくる。
「初めまして、黒の魔女様。私、エリカと申します。早速ですが、私、黒の魔女様とお近づきになりたくて、このカフェを……このカフェに、来ましたの」
エリカ様は、私の左手を両手できゅ、と握ってご挨拶をしてくれた。
多分、距離が近すぎるのも悪気はないのだろう。
今も昔も、赤の他人と関わるのが上手くはない私にはキツイ距離感で固まってしまったが、その態度を誤解したらしい護衛の方々が彼女がどんな方なのかを丁寧に説明してくれた。
「エリカ様をご存知ないのか?」
「まさか。驚き過ぎたのだろう。商家の出でありながら第二王子様や宰相様、騎士様などから婚約の申し出がある方なのだ。黒の魔女とは言え、この国にいながら知らぬ訳はあるまい」
「二人とも、恥ずかしいからその話は外ではしないで下さる?」
エリカ様が、頬を染めて二人を注意した。
成る程。
どうやら、目の前でニコニコご機嫌なエリカ様はヒロインの一人と考えて良い様だ。
……と、言う事は。
彼女からも薬を依頼されるという事なのだろうか。
ベアトリーチェ様は使いを寄越したが、エリカ様は直接会いにきた。
私にとっては「厄介事を押し付ける人達」という一くくりの人種に過ぎないが、ゲーム上ではこうした依頼の仕方も好感度の上下が決まる要因だったのかもしれない。
ヒロインは、山や街で黒の魔女に会うイベントがあるって言ってたし。
「お待たせ致しました」
そのタイミングで私とベリアルが楽しみに待っていた、マージェのパイがやってきた。
「まぁ、何て美味しそうなのでしょう!」
それを見た途端、エリカ様はルビーをキラキラさせてパイを見る。
私は、ひとつの皿を足元に置いてから「良かったら、そちら食べますか?」とエリカ様に聞いた。
「良いんですの?私を友人にして下さったのかしら?嬉しいですわ、頂きます」
エリカ様は優雅に食べ始める。
足元からベリアルの、『俺は要らないから、ユーディアが食べて』という声が聞こえたが、私はベリアルに向かって右手の掌を見せて「ありがとう、大丈夫」という意を伝えた。
「それでですね、話の続きなのですけど」
エリカ様が、口元を手で覆い隠しながらモゴモゴ話し出す。
ベリアルの方が作法が良いなぁと思いながら右下についと視線を送ると、ベリアルは「待て」状態でこちらをじっと見ていた。
つい、口元が緩む。
「私、友人の貴女に作って頂きたい薬がございますの」
いつの間にか友人になっていたらしいエリカ様は、本題を話し始める。
「お金は言い値で支払いますわ。蘇生薬、惚れ薬、強化薬、劇薬、毛染め……この5つの薬を、作って下さいませ。……できますわよね?」
私は今度こそ、驚きに身を固めた。