離れがたい人
二人でベッドの中で微睡みながら、私はベリアルに聞いた。
「そう言えば、ベリアルは私と会っていなかった6年間、どうやって過ごしていたの?」
それは、本当に他愛ない、何て事のない、世間話のつもりだった。
ベリアルは私の髪を撫でていた手をぴたりととめる。
何だか自分の方が猫になった気分だ。
「……お前と別れてから、一番近くのこの街に来て。何故か人間の生気を奪えなかったから、ひとまず家に帰って。……ああ、家って、ルプシーがユーディアを連れて来たところな」
「うん」
洞窟の中に建てられた城の様な建物の事か。
建物の広さに比べて、そこに住む人が異常に少なく、寂しい印象が残っている。
「で、まず家の掃除」
「……掃除?」
ベリアルは無表情で真面目に話しているが、私は笑ってしまいそうだった。
あんなに怖い顔をして私の元を去った人型のベリアルが、自宅についてまず始めにしたのが掃除だったなんて……!
「大まかにはルプシーが掃除していてくれたらしいんだが、6年分の埃が積もってとんでもない事になってたんだ。……雪の上を歩いているかの様に足跡がついた」
私はその姿を想像して、堪らずクスクスと笑ってしまう。
「で、一通り綺麗にしたところで、俺の帰宅の気配を感じた悪魔達が遊びに来て……人間と遊ぶのは飽きたのかって言われた」
「そうなんだ……」
「意味がわからずに問いただそうとしたら、そいつらはルプシーに追い出されて。まぁ、俺もそいつらがからかってんのかと思ってそのままにして、寝たらユーディアが夢に出てきた」
「私が?」
「そう。寝たら夢に出て来たんだよ。初めは12、3歳位で。変な服来て、変な道具持って、懐いてくる夢」
「……」
懐いて……確かに、中学に入って部活に夢中になって、しょっちゅう先輩先輩言っていたかもしれない。
少し恥ずかしくなって、俯いた。
「そこは、ここじゃない世界だって何となくわかった。夢は凄く断片的で、ある一部分を切り取ったかの様だったんだが、俺は夢を見るのが楽しくて生気を奪いにいく事も忘れて、必死で夢のカケラを集めようとした。……そこからは全く、上手くいかなかったけど」
「うん」
ベリアルは黒目しか持たない。
前世の記憶はかなり曖昧で、情報量も私とは比較にならない程少ないものなのだろう。
「生気が奪えない分人型が保てなくなって。流石にお前から生気を奪おうと、一度お前と離れたボロい家に行ってみた。……猫しか通れない小窓が、開いたままになってたからそこから入り込んだ」
「そうだったの?」
「ああ。で、最初に入り込んだ時に、俺の守護がこの家の地下室にも掛けられている事に気付いて。何の記憶も身に覚えもないから流石に気持ち悪くて、悪魔の中でも信用出来るヤツに話を聞きに言って、俺が本当にユーディアと6年も過ごしていた事を知った」
「うん」
「だが……別れ際にあんな捨て台詞を吐いた手前、俺からは……会いには行けなかった」
私は、ベリアルの顔を覗き込んで口を尖らせる。
「会いに来てくれれば良かったのに」
「ああ、本当にな。馬鹿な意地はったと思う」
ちゅ、と尖らせた口にキスが落ちてきた。
「その悪魔に、ユーディアが精製する魔力増強剤の事を聞いて、生気に飢えた時はそれを購入してた」
なんと、ベリアルがお得意さんになっていたとは。
しかし、魔力増強剤は値が張る商品だ。ベリアルがいなくなってから、材料の確保が自力で出来ないものも増えた為、売価も値上がりしたからかなりの出費になった事だろう。
「それから結構ちょいちょい夜中に入り込んでたんだが、一年位したら小窓も開かなくなってて、地味に困った」
何て事だ。確かに、ベリアルと別れて一年位はベリアルの帰宅を期待して小窓を閉められなかった。しかし、ある日そこからネズミが侵入してきたのを目撃した為に、以来窓は閉める事にしたのだ。
……けれども、ちょいちょい入り込んでた、とは?それは、不法侵入とかプライバシーの侵害とかいうやつではないのか。いやまぁ、ベリアルだから結局問題ないし悪魔の基準がわからないから、ひとまず黙っておくけど!
「ユーディアが家を移した時……まぁ、つまりはこの家だな。しっかりとした結界を張るついでに所々水晶を配置して、見守ってた。あ、勿論着替えとかは覗いてないぞ」
「……」
ベリアルうぅぅ!!間違いなくそれ犯罪っ!!セ○ムは有難いけど、住人の依頼がなきゃ、盗撮に盗聴だから!!ストーカーというやつだから!!ベリアルだから許しちゃうんだけど、赤の他人にやられたら警察に突き出す案件だから!!
脱力しながら枕に顔を埋め、心の中で盛大に突っ込む。
ちらりと隣を見れば、黒目を細めて私を見ていた。
……う、うん。ずっと見守っていてくれてありがとう。
この家に初めて案内した時、案内なしで一度も踏み入れた事のない家の間取りや、食器の位置がわかるのは何故だろうという疑問は解消された。
棚にあった回復薬に気付いたのも、家に滞在させていた護衛メンバーに男性がいたことを知っていたのかも、セ○ムしてくれていたからだったのね。
ぽつりぽつりと話すベリアルは至って真面目で、自分の行為が人間の私にとって、どれだけ異常……いや、変態……いや、非常識な事なのか全く気付いていない様だった。
全く、もう……
黒猫だった時は、ずっと一緒にいたからそんな非常識なところに気付かなかったけれども、ベリアルは本当に悪魔なんだな、と改めて気付かされる。
厄介だけど、離れがたい人。
一番傍にいたくて、傍にいて欲しくて、安心出来て、大事にしてくれて、大切な、大好きな人。
「まぁ、ユーディアと一緒にいなかった頃の俺はそんな感じで、無為に過ごしてたよ」
「……」
ベリアルは、私の頭にポンと軽く手を置いた。
黒猫だった頃には気付かなかった、先輩の癖。
イライラした時……例えばエリカ様との初対面を果たした時もだが、黒猫のベリアルは長い尻尾をたしたしと地面に叩き付けていた。
人型のベリアルは、長い人差し指でトントンと机を叩く。そしてそれは、先輩の癖でもあった。
「ずっと、会いたかったんだよ」
するりと口から溢れた本心。
6年間、ずっと会いたかった。
黒猫に。先輩に。そして、ベリアルに。
掻き消えてしまわない様に、ぎゅう、とベリアルに抱き付く。
「……俺も、本当は会いたかった……」
ベリアルも、優しく抱き締め返してくれた。




