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イベントの開始

自宅から街までは、そこまで厳しくはない山中の道のりを30分、平地に出てから更に30分歩く。

今まではこの道のりを何も思わずに歩いたものだが、自転車やら車やらの便利さを思い出してしまい、文明の利器を羨ましく感じてしまう。


いや、結局そんなものがあっても山道の30分は変わらないと自分を慰めながら、何時もより長く疲れた様に感じる道のりを歩き終えて街へたどり着いた。



「ベリアル、後で待ち合わせする?」

『いや、いい。一緒に行く』

何時もの様にやりとりをし、ひとまず薬屋に向かった。


真っ黒な出で立ちの私は、街中では非常に目立つ。

髪の一筋すら見せない程フードを目深に被り、私は足早に通い慣れた道をひたすら進む。


この街は、人としてはお人好しだったり優しかったりする人達が多い、親切な部類の街だ。

だからこそ、お師匠もこの街の近くに根を張れたのだろう。

外套を羽織っている分には胡乱げな視線を送られる事はあっても何もされる事はない。

ただ、不吉とされる黒髪黒眼だけは別らしく、お師匠が生きていた頃、過去に一回だけ転んで外套のフードが外れてしまった事がある。

石こそ投げられなかったものの、私の周りからは蜘蛛を散らす様に人々が消えたのだ。

親切だと思っていた街の人達から忌避や畏怖の視線を受けたのはそれが最初で今のところ最後だが、ある意味私のトラウマだ。

そしてまた、この世界の黒髪黒眼がどれだけ異端なのかを感じる事が出来、お師匠が「偏屈(かわり)者」で良かったと心から思った。



「こんにちは」

「いらっしゃい黒の魔女さん!最近雨が多くて街に来てなかったよね?待ちわびてたよぉ~!」

薬屋に入れば、店番をしているお嬢さんが元気な挨拶を返してくれる。

「ふふ、ありがとう。遅くなってごめんね。今日はこの辺りの薬を持ってきたのだけど、どうかなぁ?」

「どれどれ……いつもの回復薬と、風邪薬、解熱薬に、頭痛薬……ああ、嬉しい!今回は解毒薬があるんだね!!前回腹痛薬は多目に持ってきて貰ったんだっけ?今回はないんだね。今度またお願いね~。えーっと他には……何だろうこれ??私、見た事ないかも……」

「それは運動薬です。運動をする前後どちらかに飲んで貰えれば、筋肉痛にならないのよ」

「へぇ……」

「夏前に持ってくる事が多い商品なの」

「いつもどれくらい入荷してる?」

「普段は30瓶位かな。何か街のお祭りがある前は、100位の時もあるけど」

「成る程ねー。じゃあ、次に来る時は多目に買うね。今回は30で」

「ありがとう」

「あ、今日は回復薬の回復量(大)ってある?」

「ごめんね、材料切らしちゃって今回持ってきてないの」

「そっか。じゃあ、回復量(中)を多目に仕入れさせて貰うわ」

「うん。この後材料買いに行くから、次回は必ず」

「よろしく!じゃあ、これ全部買うね。あー、今回は解毒薬沢山入荷したいから、頭痛薬少し持ち帰りになるけど大丈夫?」

「勿論」

「全部でいくら?」

「えーと……」



今日も無事に薬を購入して頂けた。

これが私の主な収入源だ。

こうしたやりとりを他の薬屋でも行い、薬の在庫を入れていた籠は空になる。

電話なんてものはない……いや、実際は水晶というものがあって、それは今でいう電話やカメラの役割も果たすらしいのだが、ともかくそんな代物は金持ちしか持ってないし、材料の入手も安定はしてないから、事前注文などはなく、持ってきた分を売り尽くすだけだ。

今まではそれが当たり前だったけど、もう少し季節に関係なく安定した納品が出来る様に心がけよう、と日本のスーパーやメーカーを思い出して心に刻む。



外に出ると、店の前でベリアルが10匹位の猫に囲まれていた。

「お待たせ、ベリアル。相変わらずモテモテだね」

微笑ましい光景に笑いながら声を掛ければ、ベリアルは恨みがましそうな眼でこちらを見ていた。

『ユーディア、さっさと次に行こう』

街にくる度、ベリアルは沢山の猫に囲まれ大人気だ。

ただ、ベリアルにとっては疲れるだけらしい。

「ごめんね、時間掛かっちゃって」

『全く問題ない、大丈夫だ』

ベリアルは黒猫だから、初めて街に連れてきた時私は酷く緊張していた。

黒という色のせいで、人間に何かされるのではないかと。

すると、黒が珍しいのは人間だけで、猫は大丈夫だったのだ。

初回は駄々をこねて着いてくると言ったベリアルに根負けした形で連れてきたが、以来ベリアルは毎回街に着いてきてくれる。

ベリアルのお陰で、一人よりずっと楽しい外出になったものだ。



空になった籠を抱えて向かう先は材料屋だ。

自分では採取出来なかったり、季節がら自然では手に入らなかったりするものを手に入れる事が出来る。

材料屋はいくつも回る事がなく、安心安全の信頼関係が築けている一店舗でのまとめ買いが常だった。

ベリアルの行儀の良さを直ぐに見抜き、ベリアルの入店も許可してくれている店だ。


「こんにちは」

私が挨拶をしながら店の中に入ると、ベリアルもにゃーん、と鳴きながら店に入る。

本当に人間の様に律儀な黒猫だ。いや、自称悪魔か。

「いらっしゃい黒の。いいタイミングで来たね。今日は珍しい材料も入荷してるよぉ。ゆっくり見ていってな」

馴染みの店主が声を掛けてくれてホッとする。

「ありがとうございます、何が入荷されたのですか?」

「この辺さねぇ……『ヘイトバッドの皮』と『四つ葉のマンゴラドラ』と……」

私が初めて見るそれらを手にとりじっくり観察すると、素材から精製可能な薬が脳裏に映し出された。



『ヘイトバッドの皮』

●湿布(効果・56)●

3%の塩水に10分浸し、『マギナオンダの葉(3枚)』の乾燥粉末を振り掛けてから患部にあてる。

●頭痛薬(効果・82)

皮を乾燥させてから粉末にし、『ジルルワの根っこ』と『マギナオンダの根っこ』の乾燥粉末と3:2:1の割合で混ぜ合わせる。

※水以外で服用すると効果は30下がる。

●劇薬(効果・0,100)●

40~50度のお湯(1リットル)に『アルンの葉(1枚)』と『ガボージの種(13粒)』と共に浸け置き、30分たった後に材料を取り出してから100ミリリットルになるまで煮詰める。

無味無臭。

飲み干した場合、3分で死に至る。

※全て飲み干さなければ効果はない。



「黒の?どうした、聞いとるかい?」

『ユーディア?』

ひゅ、と息を吸い込む。

材料屋のお婆さんとベリアルに話し掛けられるまで、呼吸が止まっていた気がした。


「すみません、見た事ない材料だったので、つい夢中になっちゃって」

「そーかいそーかい。ヘイトバッドもマンゴラドラも、ずっと北の方に生息しとるかんな。まぁ、中々手に入らんで値は張るが、気になるモンあったら声かけとくれ」

「はい、ありがとうございます」


ひとまず商品を棚の上に戻し、今度は『四つ葉のマンゴラドラ』を手にした。



『四つ葉のマンゴラドラ』

●保温機能●

燃やした灰を革袋に入れれば、38度の革袋が12時間持続可能。

●便秘薬(効果・100)

乾燥させてから細切りにする。

そのまま食べると良い。

※その他飲料や食料と一緒に服用すると効果は30下がる。

※回復薬のみ、同時服用可。(効果に変化なし)

●蘇生薬(効果・100)●

水(2リットル)に『ンジャベジの実(15個)』と『マグナドラゴンの血(100ミリリットル)』と『森精霊の涙(1グラム)』を混ぜ入れて24時間放置し、24時間後に100ミリリットルになるまで煮詰める。

息を引き取った生物を、死んで24時間以内であれば蘇生出来る。

また、同時に死因となった元凶を取り除く。




……初めて見る『ヘイトバッドの皮』も、『四つ葉のマンゴラドラ』も、それぞれ『劇薬』『蘇生薬』の材料である事が確認出来てしまった。


「やっぱり……」

『さっきからどうしたんだ、ユーディア?』


心配するベリアルの頭を一撫でする。

乙ゲーのイベントが開始された事を、この時はっきりと自覚した。

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