目覚め
『ラッザロ、私以外の竜だったら絶対アウトだったぞ』
「いやよく考えたら本当だよな。竜姫で助かったよ」
ごおおおお、と風をきりながら、ラッザロ様と竜姫様の口喧嘩が続く。
私はベリアルの入った籠をしっかり抱き抱え続けながら、一人と一匹のそんなやり取りにぼんやりと耳を傾けては心を救われていた。
どうしても、一人で考えていると、悪い方へ悪い方へと考えが向いてしまうのだ。
とはいえ、私に気遣いを続けられても恐縮しただろう。
この一人と一匹のやり取りは、何とも心地好く感じる。
そして、私とベリアルもこんな風に軽口を言い合っていたなと思い、再び涙が滲んできた。
竜姫様の上だと、滲んだ涙はあっという間に風に拐われていくので有り難い。
『全くだな。私が寛容だった事に感謝するがいい』
「ははっ、黒の魔女が俺のせいで殺されたら、洒落にならないところだったわ」
ラッザロ様は、わっはっは!と冗談めかしておっしゃったが、私は実際に自分の命が危なかった事を理解している。
***
遡る事、二時間程前。
竜騎士は勝手に竜を扱う事を許されていないが今回は特別に陛下の許可がおりたと聞いた時は、平民としては身が震える思いだった。
しかし、その時の私はベリアルを助けたい一心で、一もなく二もなくラッザロ様の提案に飛び付いた。
ラッザロ様は、私を竜姫様の前に連れて行って下さった。
全身が白銀の鱗に覆われた、美しい竜。
豪華な竜舎の中で瞳を閉じ休憩していた様だが、ラッザロ様の気配に気付き、瞳を開けて首を上げ、ラッザロ様を迎え入れた。
『どうした、ラッザロ』
「悪いんだけどさ、竜姫。王の許可も貰えたから、こいつ乗せて、ちょっとひとっ飛びしてくんない?」
『……は?』
その直後、私の立っている数センチ横の床が抉れた。
竜姫が、尻尾で叩きつけたからだ。
『……何故、私が、ラッザロ以外の、しかも女を乗せねばならんのだ?』
焔が燃える様な、美しいクリノヒューマイトの瞳がまさに怒りを滾らせながら、ラッザロ様に問う。
その怒りに触れ、そう言えば……と、ジョン様の言っていた事を思い出した。
「竜は嫉妬深い生き物ですからね、もし主従関係を結んだ相手が異性だった場合は、自分以上に大事な人……つまり伴侶を許さないのですよ。下手に異性と恋仲になると、竜にその相手を殺されますからね」
……あれ?もしかしなくても、今私は竜の嫉妬で殺されそう??
不機嫌そうにしなる竜の尻尾を見ながら、冷や汗が背中を伝う。
ラッザロ様も、漸く気付いた様だ。
「竜姫!!誤解すんなよ、俺にはお前だけだ!!ただ、この黒の魔女さんの死んだ猫を生き返らせる為に……」
『猫?』
竜が、私の抱いているベリアルに気付いたらしい。
『ふぅん?生き返らせるなんて、出来るのか?』
そう、今度は私に問いてきたので、私は口を開いた。
多分、ここで問答を間違えたらあの尻尾でぺしゃんこにされる、と本能が囁く。
私は、メイドの最敬礼の礼をとって言う。
「竜姫様には、ご不快な思いをさせて申し訳ございません。私の望みは、この黒猫ベリアルを生き返らせる事です。私の家に、蘇生薬がございます。馬車で行くと、遅すぎて蘇生薬が使えません。……ベリアルを生き返らせる事が出来るならば、私の事は竜姫様が好きになさって構いません。どうか、願いを叶えて頂けないでしょうか?」
竜姫様は、面白そうに答えた。
『蘇生なんて、長年生きてて初めて聞いたぞ。……どれ、面白そうだから協力してやろう。ついでに見物させてくれ』
「ありがとうございます」
『まぁ、後でお前を殺す事も出来るが、尻尾が痛そうだからやめておく。術者が駆け付けても面倒になるしな』
「ん?何の事?」
ラッザロ様がここで口を挟んだ。
『この娘、殺気を持った者にだけ反応する結界で守られておる。だから、殺す事は出来るがかなり痛そうだ。そして痛いのは嫌いだ』
「ふーん。結界なんて、この国で出来る人間なんていたっけ??むしろ魔族がよくやるよなぁ」
話はついたので、それ以上長居をせずに直ぐにでも移動したかった。
その為、話を終わらせる為に、悪魔の少女から聞いていた話をする。
「……術者は、このベリアルだそうです」
「は?」『何!?』
沈黙が流れ、竜姫様が一番に口を開いた。
『……凄いな、死んでもなお、これ程強固で綻びのない結界が張れるとは……単なる猫じゃなくて悪魔か』
「はい」
『良かろう。恩を売っておくのも悪くなさそうだ。何より、面白そうだ』
竜姫様は、先程まで不機嫌そうにゆっくりと左右に揺らしていた尻尾を、今度はぺたんぺたんと床に打ち付けた。
どうやら、ルンルン気分になったらしい。
「竜姫は本当に話がわかるから助かるわ。じゃあ、黒の魔女さん早速行くか」
「よろしくお願い致します」
『……ラッザロ、お前はもう少し竜である私について勉強しろ』
こうして、何とか私は無事に、竜姫様の背に乗せて頂く事が出来た。
***
「あそこです。裏庭に畑があるので、竜姫様でもおりられるかと」
『わかった』
竜姫様は、急には高度を下げず、羽ばたきながらゆっくりと下降して下さった。極力畑を踏まない様に降りて下さった事に気付き、心優しい竜なのだと改めて感じる。
空の上に四時間いるのは想像以上に寒くて、王宮でジョン様から防寒用の毛布を借りていても身体は強張り、手はかじかんでいた。
ベリアルの入っている籠を落とさない様に注意しながら、地面にそっと置いた。
竜姫様は見物がしたいとおっしゃっていたから、蘇生薬は取りに行ってここで使用する方が良いだろう。
「竜姫様、ラッザロ様、本当にありがとうございました。今、蘇生薬を取りに行って参ります」
一人と一匹を置いて、作業場に走る。
裏庭の足にまとわりつく雑草すらも鬱陶しく感じる程、気が急いた。
作業場から蘇生薬を落とさない様に取り、かじかんだ両手を少し握ったり開いたりして血流を良くしてから、こぼさない様に慎重に霧吹きへと詰め替えた。
無事に蘇生薬を詰めた霧吹きを持ち、再び裏庭に走る。
「お待たせ致しました!!」
私は、一人と一匹が見守る中、ベリアルにだけ集中して蘇生薬を吹き掛けていく。
第二王子様に切られた背中の傷が一番に治り、そこを黒い毛が覆った。
硬直していた身体から徐々に強張りが解け始め、ゆっくりとお腹辺りが上下する。
霧吹きはまだ半分以上残っているが、どうやら息を吹き返したらしい。
ベリアルの小さな鼻が、籠の中に敷いてあるハンカチを揺らした。
それでも、まだ安心出来ずに私は霧吹きの中身全てを吹き掛けた。
霧吹きの先から液体が噴射されなくなった頃、ベリアルが両手両足を横になったままピンと伸ばそうとする。
所謂、伸びだ。
籠に手足が当たり、伸ばせない事に気付いたベリアルが瞳を開けた。
くるりと黒目が動いて、覗き込んでいた私を捉える。
『……』
「ベリアル、大丈夫……?身体で痛いところは、ない?」
ベリアルが無事に蘇生した事に安堵して、両目に涙が溢れた。
ベリアルは、すっくと籠の中で立ち上がった。
動きもスムーズで、おかしなところはなさそうだ。
ベリアルも、自分の猫足をじっと見て、爪を出したり引っ込めたりしていた。自分の身体の様子を伺っているのだろうと思い、声を掛ける。
だが……
「ベリア……」
『……ここは、何処だ?そしてお前は……俺に、何をした?』
冷たく光る瞳が、私を憎む相手であるかの様に、こちらを睨み付けた。




