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「おやすみなさい」

『おやすみ、ユーディア』

ベリアルがベッドの上で丸まったのを確認し、ランプを消す。

部屋は暗くなるが、月明かりが窓から漏れて部屋の中を優しく照らす。

静けさの中では生命と大地の鼓動だけがその存在を主張する。

風の音、虫の音、獣の遠吠え、鳥の鳴く声。

木々のざわめき、木葉の小言、草のダンス。


寝る時位なら、考え込んでいてもベリアルに心配を掛ける事もない。

それらを聞きながら、私は目だけ瞑って今日気を失った時に甦った過去の自分の記憶と向き合っていた。

過去の自分、というより正確には過去の自分と従姉妹とのやりとりだ。




科学オタクな私には、年の近い、乙ゲー大好きな仲の良い従姉妹がいた。

お互いの母親が年子の姉妹で、1ヶ月に何回かはそこまで近くはない互いの家を行き来していたから、私達も何でも話せる姉妹の様に育った。


母親達がおしゃべりに夢中になっている間は、私は科学の解説図鑑を読み耽り、彼女は乙ゲーをやり込んでいるものだった。

お互いがお互いの趣味に付き合う事はなかったが、この従姉妹は口を開けばその時ハマっている乙ゲーの話を私に聞かせてくれた。

乙ゲーの話は、普段科学ばかりで友人の恋バナを聞く機会がない私にとって、擬似的に恋愛話に触れる事の出来る時間としては、有意義ではなくとも楽しい時間でもあった。

プレイする気にはなれないが、話を聞く分には良いというレベルではあったが。


その時彼女は、言っていた。

「最近やり初めたゲームさぁ、黒の魔女っていう薬を作るキャラクターが出てくるんだけど」

「薬を作るキャラクター?」

私は、そこに俄然興味が沸いた。

だからこそ、題名さえ覚えていないそのゲームの中身は記憶にあるのだ。


「そう。で、その黒の魔女が、誰の味方につくかでエンディングが変わってくるんだよね」

「へぇ。普通は確か、ヒロインが誰かターゲット決めて好感度あげて、それで落とすのが鉄板だって言ってたよね」

「そうそう。そういやヒロイン自体も三人から選択出来るんだよ、このゲーム」

「そうなんだ。それも普通じゃないの?」

ああ、そうだ。

そうだった。

ヒロインは三人から選択出来るという事は、公爵令嬢もその中の一人だったに違いない。



「まぁ、あるっちゃあるけど」

「じゃあ、選んだヒロインで変わるんじゃないの?」

「それも要素としてはあるんだろうけどね。例えば自分がヒロイン①を選んで、ターゲット決めて好感度あげるとして、ヒロイン②やヒロイン③の邪魔や乱入をかわしながら上手く攻略が進んでた筈なのに、魔女のせいで最後にまさかのどんでん返しがあるとか……信じられないっ」

「難易度が高いって事?」

「そうそう。全く、単なる攻略だけなら問題ないのにさぁ。黒の魔女って勿論女なんだけど、街とか山とかでイベントがあるみたいで。好感度ゲージがないからまさかそこまで重要だとは思わなくてさぁ……魔女まで攻略しろだなんて、変だよねぇ!乙ゲーなのに!!」

「じゃあ、ターゲットと同時に魔女の攻略もしなきゃいけないの?」

「そゆこと。いやむしろ、魔女さえ攻略すれば、ある意味最強じゃないかなぁ?」

「何で?」

「魔女との好感度によって、作って貰う薬の効能が全く違うのよ。それで私は、自分の依頼した蘇生薬より他のヒロインが依頼した蘇生薬の方が効果が段違いに良くて、最後の最後ら辺で好感度持っていかれて自分はバッドに近いノーマルエンドよ」

月光の差し込むほんのり薄暗い部屋のベッドの上で、一回眼を開けた。


今回、公爵令嬢の命令を受けた使いの者は私に惚れ薬を依頼しにきた。

という事は、他のヒロインが同じヒーローを狙っている場合、やはり同じ惚れ薬を依頼しに来るのだろうか?

惚れ薬に蘇生薬。他にどんな薬を作って貰うんだったっけ。



「成る程。同じ効能の薬くれたら問題ないのにね」

「ホントそれ。どのヒーロー狙うかで薬も変わってくるんだけど、魔女がどのイベントでどう好感度が変わるのかまだ全く読めないんだよねー!好感度ゲージ位欲しい」

「ふふ、まぁ何回かやりこめば直ぐに傾向がわかるよ」

「まーね。黒の魔女さえ攻略出来ればなー」

「その黒の魔女って結局、何の薬を作ってくれるの?」

「魔女に作って貰う薬はねー、最後のヒーローの試練イベントみたいなのがあって、そのイベントの時に渡す用なんだよね。選択肢にあったのは蘇生薬、惚れ薬、強化薬……筋肉増強剤の事ね。後は、劇薬、毛染め。隠れキャラ用の薬は一巡目には出ないから、最初は王道のその五つで……──」




***




『昨日はなかなか寝られなかったみたいだな』

ベリアルに言われ、驚いた。

本当にこの黒猫は、人を……私を良く見ている。

「ちょっと考え事しちゃって」

あはは、とベリアルの問いを軽く流し、井戸で汲んだ冷水で瞼の重い顔を洗い、眠気もさっぱりと追いやった。


朝の太陽の日差しが窓から優しく滑り込み、今日がお出掛け日和である事を教えてくれる。

材料によっては雨天だと運ぶのが一苦労するものもあるから、お天気で良かった。


『何か悩んでるなら、話を聞く事位出来るぞ?』

「うん、ありがとうベリアル」

心優しいベリアルが私にそう言ってくれるのは今に限った事ではない。

お師匠を亡くしたばかりの頃の私の精神は安定しておらず、物思いに耽っては急に泣き出す事もあった。

その頃から散々こうして聞き相手になってくれ、私もいつしかお師匠との楽しい思い出話を笑いながら話せる様にまでなったのだが……


「懐かしいな……」

『うん?』

「すっかり忘れていたのだけど、昔も良くそう言われたなと思って」

『お師匠(ばぁ)に?』

「ふふ」

私は笑いながら、人間の様に自分用の洗面器に自ら顔を突っ込み、べっしゃりと濡れた黒猫にタオルを頭から掛けた。



実験ばかりの毎日で、クラスに馴染む事が出来なかった頃。

将来の夢やなりたい職業が見つからなくて焦っていた頃。

私が悩んでいる時はいつも先輩がそんな風に気遣って話し掛けてくれていた。



何となく心が軽く浮き立ち、そんな想いを誤魔化す様にベリアルの顔をタオルでゆっくりと拭う。

そのまま顔をマッサージすると、舌先がちょこんと現れる。

気持ち良さそうに瞳を瞑り、びよーんと少し顔を伸ばしてもそのまま抵抗せず伸ばされたままのベリアルはとても可愛い。


「いつもありがとうね、ベリアル」

ベリアルの鼻にキスを送り、朝食の準備に取りかかった。

いつまでもゆっくりしていられる訳ではない。

朝食を二人で食べ終えると、私は外出の準備をして扉横に掛けてある真っ黒な外套をはおった。


「ベリアル、一緒に行く?」

『勿論』


ベリアルにも予定があるかもしれないと毎回聞いてはみるのだが、ベリアルの返事は毎回同じだ。

二人……一人と一匹は、連れ立って街へと向かった。

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