公爵家の事情
公爵家の没落。
……その響きはとても重い。
ベアトリーチェ様がやつれている様に見受けられるのは、恐らく本当にそれを危惧し、また立ち回っているからであろう。
「今回、貴女に無理難題を押し付けるからには、少しでも黒の魔女様にも事の重大さをご説明させて頂きたかったの。けれども、文字として書き残す事が出来ない事情もあって、ご足労をお掛けしてしまったわ。……本当にごめんなさい」
「それは大丈夫ですから、お気になさらないで下さい。……ご説明頂いてもよろしいでしょうか?」
ベアトリーチェの話によると、公爵家の家長であるベアトリーチェの父親は、領主として領土を現状維持する能力はあっても、発展させたりする様な能力はお持ちでない方であった。
手っ取り早く言うと、祖先に遡れば王家の血を引くだけの、凡人である。
そんな公爵は、抜きん出る様な人柄でもなく、社交界でも取り立てて目立つ方ではなかったが、商才に溢れたとある人物を気に入ったところから歯車が狂い始めた。
その商人と新しい事業を起こし、軌道にのせた公爵はそれが自分の能力であると過信し、また協力してきた商人も信じ込んだのだ。
どちらかと言うと、凡人ではありながらも実直であった筈の父親は、軌道にのった事業を拡大する為に、気付けば膨大な借金をしていた。
その事業が見込み通りの売上を叩き出していれば問題なかったが、それはまるで計算されていたかの様にその後落ち込んでいく。
散々凡人だというレッテルを貼られ、それを気にしていた公爵。
公爵のプライドが、事業に見切りをつけて手を引く事を許さなかった。
公爵は自分の能力を見誤り……というより商人の言うがままに行動し、公爵家の財力を持ってしても建て直しきれない程、事業に失敗して大きな損失を出していた。
ベアトリーチェが気付いた頃には既に公爵家は没落の一途を辿っており、精神を病んで引きこもりになった父親にかわり公爵家の執務を請け負わねばならない状態にまでなっていた。
家財を質に入れたり使用人の新しい働き口を紹介して人件費を削ったりといった短期間で効果のある方法や、税率は変えずに領内の無駄を省いたりやり方を変えたり創意工夫すれば増える納税計画にも長期間計画で手を着けた。
「今は、公爵家という家柄だけでなんとか借金の返済が滞っていても、目を瞑ってくれている状態。この家すらも、本来なら抵当に入れて破産申請をしなければならないのだけど、条件付きで、それを逃れる術があるの」
「……と、申しますと?」
「……私が、この国の第一王子様と結婚する事よ」
私は顔を微妙に歪ませた。
政略結婚か。
第一王子様が、借金を肩代わりしてくれるという事だろうか。
そんな私の考えはベアトリーチェ様にはお見通しの様で、彼女は軽く首を振った。
「違うのよ。第一王子様は全くこの話に関与しておられないの」
「?」
「ご存知ないかもしれないけれど……これから、第一王子様と第二王子様の間で王位継承権が争われるであろう事が目に見えているの」
私は頷いた。
エリカ様が私に漏らしていた情報だ。
「確か……第一王子様は、殆んど幽閉される様に育てられていたとか……」
「そうよ。私も、一度もお顔を拝見した事はないわ」
「……」
「つまりね、私が第一王子と一緒になって表舞台から遠ざかれば、公爵家の借金を肩代わりして下さるお話があるのよ」
「と、言う事は……」
「商人には一人娘がいるから、第二王子の婚約者にしたいのでしょう。それには一番邪魔なのよ、私が」
ベアトリーチェ様は苦笑を浮かべる。
恐らく、彼女は気付いている。
公爵は、商人の罠にまんまと嵌まったのだと。
「公爵家に生まれた以上、政略結婚は仕方ないわ。そして、この国の勢力図的に、この家を没落させてはいけない義務もある。だから、私は私の意思で、第一王子様の婚約者……延いては妻になる事を決めたのよ」
真っ直ぐにそう言うベアトリーチェ様は、同い年の筈なのに随分と年が上である様に見えた。
「私は、結婚する以上、その相手と恋はしなくても愛は育みたいと思っているの。……でもね、正直、第一王子様に私が失礼な態度を取らないかどうかが不安なの」
「失礼な態度……ですか?」
「ええ。……どうして私が、第二王子様でなく第一王子様と結婚する事を商人が望んだと思う?それはね、化け物と呼ばれる第一王子様が王位を継承する事はないだろうという事と、そんな風に呼ばれる男に娘をやりたくなかったからよ」
化け物……第一王子様は、王都ではそんな風に囁かれているのか。
小さな頃から一人部屋に閉じ込められ、寂しく遊ぶ男の子が脳裏に浮かんで胸が痛んだ。
「もし、初めて対面した時に私が悲鳴の一つでもあげようものなら、第一王子様の心に傷を残す。そしてそれは、その後の夫婦生活にも翳りを落とすでしょう?……だから、万が一にもそんな事にならない様に。どうしても欲しかったのよ、相手から好かれるか……相手を好きになる薬が」
***
私は、公爵家の客間のベッドに横になりながら、ベアトリーチェ様との会話を思い出していた。
ベアトリーチェ様が惚れ薬を欲しがる理由を聞く事が出来たタイミングで、再び執事が部屋に訪れ、ベアトリーチェ様に執務を促したのだ。
「続きは夕食でも頂きながら話しましょう。それまでお部屋で寛いでらしてて」
と言われてこの部屋に通された。
手入れのいき届いていない庭とは違って、きちんと磨きあげられた客間。
きっと、ベアトリーチェ様が数少ないメイドにこの部屋を最優先で綺麗にする様指示したに違いない。
先程のベアトリーチェ様との会話で、いくつかの疑問が解けてきた。
ベアトリーチェ様は隣国の王子と結ばれる為に惚れ薬を必要としているのかと思い、国際問題に発展しないかと危惧したが、それは関係ない様だ。
すると、惚れ薬を必要とするのは第一王子様だったのだろうか?
いや、と思い直す。
エリカ様は確かにこう言っていた。
『私の本命は劇薬なのよね……あの女にわざわざ毛染めをあてがったのに』と。
という事は、本来毛染めを必要とするのは第一王子様。
恐らく、エリカ様が強引にシナリオ干渉した為に、ジョン様の時の様にシナリオ外の動きが出たのだ。
しかし、毛染めか……
化け物と呼ばれる第一王子様の必要とする薬が、毛染め。
そしてエリカ様は第一王子様を化け物とは呼んでいなかった。
不吉だと……そう、不吉だと予言されて幽閉される様に育てられたと言っていただけだ。
そもそも、もし第一王子様が本当に化け物であるとするなら、毛染めを欲しがる事もない。
第一王子様がヒーローでない可能性もあるが、それならば『あの女にわざわざ毛染めを宛がった』というエリカ様の発言に矛盾が生じる事となる。
何となく、からくりが見えてきた気がした。
第一王子様は、毛染めを必要とする様な、髪の色なのだ。
例えば……私の様な、黒だとか。
そして、不吉と呼ばれるその色を纏う王子様を、王も王妃も国民の前には出す事が出来なかった。
もしくは、人々の差別から守る必要があった。
子供に対する愛があるのかないのかはわからないが、結果として第一王子様は、人目に触れない様に……他人から見れば、幽閉されている様に育てられたのだろう。
そうして、本人を見ていない者達は面白可笑しく表現したに違いない。
……第一王子様は、化け物の姿をしているのだ、と。




