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ジョン様の決意

「ジュリアマリアは、ここ3年程の記憶が抜け落ちているみたいです」

そうジョン様が私に報告して下さった時、その表情は一種の清々しさを感じさせるものだった。

狼狽える私の手を握って感謝しかないとおっしゃるジュリアマリア様の瞳にも、自分の希望もあるのか一切の曇りは見受けられない様に見える。



タンゴールヒは、成長すれば自分の生まれた群れを離れて、他の縄張りを持つタンゴールヒの群れの一員となる習性がある。

まだ年若かったあのタンゴールヒは、きっとこの3年以内に群れの所属を変更した個体だったのだろう。

だから、目覚めた時には仲間である筈のタンゴールヒがわからなかった。

非常に賢い生物である為に、ジェスチャーなのか言葉なのかはわからないが、仲間のタンゴールヒが敵意はない事を伝え、戸惑いながらもあのタンゴールヒは最終的にそれを受け入れたのだ。



「確かに記憶はかけがえのないものだと思います。しかし、命とは比べようもございません。本来なら、今こうして話す事すら出来ない筈なのです……本当に、たまたま、黒の魔女様が蘇生薬を仕上げたタイミングでジョナスお兄様が訪れていなければ、私は……」


スファレライトに涙が溢れて、光が乱反射する。

なんて、綺麗……

普段、ベリアル以外とは目を合わせない様にしているのに、その目映い煌めきに知らず吸い込まれる様に見惚れてしまう。


私が蘇生薬の副作用に衝撃を受けていても、本人とジョン様は既にそれを受け入れ、前を向いて歩こうとしている。

そうであるならば、今私がどうこう謝って自分の気持ちを楽にするより、これからこの二人の助けになれる事を考えた方がよっぽど建設的だ。


「……わかりました。この話は、一旦これで。今後の経過観察は掛かり付けのお医者様にしっかりとして頂いて下さい。その中で何かお困りの事があれば、私に何なりとお申し付け下さい」

「ありがとうございます、黒の魔女様」

二人が息ぴったりにそう御礼で締めくくったタイミングで、ジョン様のご両親が部屋に案内された。


再び丁寧な御礼をされ、お疲れの様なので是非お泊まりになって下さい、と勧められたのを、失礼のないように辞退する。

では夕餉だけでも、と言われてそれは受ける事にした。


その後、ジュリアマリア様は休息を取るようにこちらからお願いし、ご両親と共に退室して下さったので、残されたのはジョン様とベリアルだけになった。



ジョン様は、そのタイミングを待っていたかの様に話し出す。

「ジュリアマリアは、自分の身に起きた事件の事も忘れていました。そして、エリカ嬢の事も」

「そうですか……」

ジュリアマリア様の身に、ある事件が起きて以来塞ぎこむ様になり、それがきっかけでジョン様が私の家に来る事になったのだ。

「……正直、エリカ嬢とはもう関わって欲しくないのです。その為始めは、忘れているならそのままで良い、とも思いました」

「はい」

初回にジョン様が求めたのは、まさに記憶を失くす薬だったのだ。

結局、災いが転じてジョン様の望む通りに福と成した。


「しかし結局、私はジュリアマリアに起きた事を話す事にしました。……彼女を手に入れる為に」

「……」


ジョン様のご両親としては、ジョン様は同じ位の家柄の令嬢を嫁として迎え入れ、娘の様に可愛がっているジュリアマリア様も同じく同格かそれ以上の家柄の嫁に出すつもりだった。

小さな頃からジョン様もそのつもりで何人かの婚約者候補と会ってみたりしたものの、婚約者が確定するまでには至らなかった。

そして一方ジュリアマリア様は、デビュタント後も様々な縁談が舞い込んでいたものの、この国の王子達の婚約者がまだ未定という事もあり慎ましやかに過ごしていたが、お呼ばれされたお茶会にエリカ様がいたのをきっかけとして、様々な男性がいる場にも出掛ける様になった。

そんなある日、令嬢達のお茶会から帰宅する際、少なくとも同格以上の家柄には嫁に行けなくなる事件が起きた。


「両親もジュリアマリアを大事に思っており、事件によって傷付いた彼女を私が癒す事を最終的には許してくれました。そして先程、私は彼女に求婚をし、彼女はそれを受けました。……断れる筈ないのです。傷物と噂され、今回記憶喪失にまでなった彼女を娶る男なんて、いやしません。そう、彼女が思い込む様に言い含めましたから」


眉間を寄せて語るジョン様は、つらそうだった。

本当は、後悔しているのだろう。

両親の顔色を窺わずにジュリアマリア様にもっと早く求婚していれば良かったと。

そうしなかった為にジョン様が愛ではなく同情でジュリアマリア様と結婚する、と思われ続けるのだ。


「ジュリアマリアは、これから私がずっと守っていきます。愛されていると疑いようもない程、大切に。……ですが黒の魔女様、是非これからジュリアマリアと友人になって頂けませんか?」

「……そんな、恐れ多い事です」

「私は、ジュリアマリアは実は寂しかったのだと思いました。だからエリカ嬢との交友をやめさせられなかった」

「……」


ジュリアマリア様の身の上に起きた2つの事件。

それを、ジョン様はただの偶然とは思っていない様だ。

いつか一度だけ見た、暗く淀んだ瞳をさせながら言った。


「証拠さえあがれば……」




***




ルゴールデン家の晩餐を無事に恙無く抜け出して、ジョン様の出してくれたやたら乗り心地の良い馬車と籠で自宅までたどり着いた。

真っ暗な山の中を歩かせてしまう事になり、ひたすら恐縮する。

しかし、自宅にたどり着いた時にはやはり心がホッとした。


結局、ジョン様の印鑑を預かったままになってしまったのが気になったが、「預けさせて下さい。記憶はなくても、ジュリアマリアはあの香を大変気に入ったみたいなのです。また、黒の魔女様も何か困った事がございましたらご連絡下さい」と本人のご厚意により返却は急がないで良くなった。


既に寝入ってしまったベリアルを抱っこしてベッドの上にそっとおろす。

夜遅くてもベリアルが私より先に寝てしまう事は殆んどないので珍しい。

鼻先や髭がピクピクと動いたのを愛しく感じながら、自分もベッドに潜った。

一度ルゴールデン家で寝たものの、他人との食事という今までに経験した事のないイベントにより、極度に緊張していたらしい。

何を考えるでもなく、あっという間に眠りについた。




***




翌日。

午前中は薬の精製、午後は街へ薬を卸しに行く予定だった。

昨日のうちに帰宅出来たお陰で、殆んどの材料が無駄にならずに済んだのはラッキーであった。


公爵令嬢であるベアトリーチェ様へ綴った手紙への返事はなく、催淫剤以外の薬に手をつける。


強化薬と毛染めだ。


強化薬は、ドーピングの様なもの。

筋肉の能力を一時的に向上させるが、その効果は一時間だ。

毛染めは、そのままの意味で毛の色を変更する。

イメージする事で任意の色を再現出来るらしいが、一度でも使用してしまうと二度と元の髪色には戻らず、また定着した色を再び毛染めを使用し変更する事は出来ない。



「……ベリアル、お願いがあるのだけど」

椅子の上でぐだっと寝ていたベリアルは、首を起こして応えてくれる。

『ん?何だ?』

「……王都に行って欲しいの」

『調べてくれば良い?』

「ごめんね、危険な事を任せてしまって……」

『いいや、全く問題ないよ。王都にも沢山の猫がうろついてるみたいだし、黒猫一匹増えたところで危険な事なんてないさ。正確な情報掴んできてあげるから、待ってて』

「ありがとう、ベリアル。仮に情報がなくても、必ず1ヶ月以内に一度帰ってきてね」

『わかった。悪いんだけど、今回は4本位貰えるかな?』

「良いよ、準備するね」


ベリアルが一時でもいないのは、私が心細くて仕方ない。

ベリアル専用のリュックに魔力増強薬を4本入れ、ベリアルの無事を祈って鼻先にキスをした。

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