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苦手な方はご注意ください。

レーゾンデートル〜偽善の執行者〜

作者: 猫藤涼水

小説ではなく台本です

 『レーゾンデートル 〜偽善の執行者〜』



○登場人物

●結城健吾(27)

 元自衛官の殺し屋。

●月島千夏(23)

 健吾の弟子。殺し屋。

●岸雄馬(33)

 来歴不明の殺し屋。

●柏木真結(24)

 ショットガン使いの殺し屋。




  暴力団事務所。

  制音された拳銃の銃声。

  空薬莢が転がる音。


健吾「始末した。こいつが最後だ」


  拳銃をリロードする音。


千夏「ふぃー、おつかれー!」

健吾「出るぞ、千夏」


 2人の足音。


千夏「あいあーい。ぱぱっと終わって良かったねー。ヤクザ屋さんは全滅したし、捕まってた女の人達も助けられたし、我々《天秤》は今日も正義を執行したのであります!」

健吾「そうだな」

千夏「ほーんとマジヤクザとか滅びればいいのにね。あんなんいたって何の役にも立たないっしょ。てか師匠も今日かなり熱入ってたじゃん! なんか師匠って女の子助ける時マジだよね? やっぱ男の人ってそういうシチュエーション燃えるんだ? ワンチャン狙ってたりすんの?」


  短い間。


千夏「ガチで無視するじゃん。ごめんって師匠〜」


  入口のドアを開ける音。足音。


千夏「てか後始末しなくていいの?」

健吾「他の構成員に任せろ。俺達には別の仕事がある」

千夏「もしかして休憩なし?」

健吾「そうだ。車に乗れ」

千夏「うちの体力死ぬってそれ」


  車に乗り込む2人。


健吾「移動中に休めるだろ」

千夏「その手があったか。いやー師匠いつも運転ありがとねー? ごっつぁんでーす」


  エンジンがかかる。発車。


千夏「んん〜! 疲れたぁ!」

健吾「ん? 何か落としたぞ」

千夏「あ、それ《天秤》のバッジ」

健吾「ああ。こんなバッジを作って、しかも構成員に持たせるなんてどうかしてる」

千夏「なんで?」

健吾「《天秤》は違法に悪人を殺して回る反社会的組織だ。戦闘中に死ぬ者もいれば警察に捕まる者もいる。所属を主張するバッジなんて持っていたら組織への手がかりになるだろ」

千夏「えー、かっこいいのに」

健吾「そんなバッジは捨てろ」

千夏「うちはヘマって死なないから大丈夫大丈夫」

健吾「持ってるだけで捕まったらどうする?」

千夏「見られないから大丈夫大丈夫。え、てか師匠バッジ捨てちゃったの?」

健吾「そもそも持ってないな。俺は厳密には構成員ではなく軍事アドバイザーだ」

千夏「じゃなんでうちらと一緒に殺し屋やってんの?」

健吾「成り行きだ」

千夏「ボランティアみたいなもん? えー師匠ただ働きさせられてんのウケるー! きゃはははは!」

健吾「お前の3倍もらってる」

千夏「え」

健吾「3倍だ」

千夏「……何それずるくない?」

健吾「それより移動中に弾薬の補充をしておけよ」

千夏「うーわ誤魔化した。ないわー」


  短い間。


千夏「うわほらすぐ喋んなくなるじゃんもー。ん、ちょ……後ろの荷物に……手が届かない……! あ、届いた」


  アタッシェケースを開ける音。


千夏「んしょ」


  カチャカチャと装填作業をする千夏。


千夏「てか次の仕事何? どこ行くの?」

健吾「……また聞いてなかったのか」

千夏「違うし。聞いたけど忘れたんだよ」

健吾「同じだ」

千夏「そんでどこ行くの?」

健吾「製薬会社の違法施設だ。この地下施設はオールインワンと呼ばれ、研究所、工場、住居などを兼ねる。ここで極秘に研究開発された薬品の資料を抹消することが今回の任務だ」

千夏「アンブレラ社じゃん! 研究員の部屋にかゆうま日記とか置いてあるってこれ! え、師匠このゲームやったことある?」

健吾「いや」

千夏「マジで? レオンとか超イケメンだよ?」

健吾「映画は観た」

千夏「あれ面白いよね!?」

健吾「いや」

千夏「嘘じゃん師匠映画見る目ないよ絶対」


  短い間。


千夏「すぐ喋んなくなるじゃん。それでそのt-ウィルスの資料をどうするって?」

健吾「ゾンビウィルスじゃない。身体機能に影響を与える薬品だ。DE76と呼ばれていて、接種すると五感や運動機能が強化される。施設内の実験データを削除し、保管してあるサンプルも爆薬で吹き飛ばす」

千夏「……それ2人でやるの?」

健吾「そうだ」

千夏「《天秤》ってブラックだよね。ていうか殺し屋の仕事じゃなくない!?」

健吾「そうでもない。この薬品は河原雄山という国会議員の指示と資金提供によって研究開発が進められている。完成間近で、すぐにでもブラックマーケットに出回ることになる。他国の軍隊にも流通し、強化兵士の研究に使われるだろう。稼ぎはこの国会議員とその一派の違法な資金源となり、次の悪事に使われる。『天秤』は悪人を殺して回る組織だ。悪人が金を得る手段も遮断する」

千夏「その河原って議員殺せばよくない?」

健吾「いずれはそうなるだろうが、まだ河原の周囲の勢力図が分からないそうだ。上層部はこの薬品から得られる利益を誰が吸うのか完全に把握してから一網打尽にする気なんだろう。薬品が出回る前に取り上げるのはそれまでの時間稼ぎだな。加えてこの件で慌てる議員が出ればそいつが河原派だ」

千夏「政治のこととかわかんないんだよねうち。……でもそっか、ちゃんと《天秤》の正義の執行なんだね」

健吾「……正義ね」

千夏「師匠には話したっけ? うち、ヤクザの娘だったんだあ」


  短い間。


千夏「9歳まで父親から虐待受けてたんだよね。ちょっとした失言とかお菓子こぼしたとかでボコボコにブン殴られてさ。だけどある日父親のいるヤクザの組織が壊滅したの。《天秤》がやったんだよ。助けてくれたんだって思った。そんでうち保護されて、《天秤》は正義の味方だって聞いたの。だからうちも入りたいってお願いしたんだぁ」


  短い間。


千夏「訓練とか大変だったけどさ、めっちゃ頑張ったし、師匠が来てからはライフルとかも使えるようになったじゃん? こんだけ頑張ったから今では《天秤》を手伝える。やっと《天秤》に恩を返せるし、やっと正義の執行ができる。うちめっちゃ嬉しいんだよね」


  短い間。


千夏「師匠こういう話興味ないよね。知ってた。でもさ、師匠も《天秤》に関わってるってことは正義の執行に共感してんでしょ? よくわかんない壺高値で売ってる詐欺師とか、人の臓器売ってるヤクザとか、母親の借金のカタに中学生の娘に身売りさせるクズとかさ、そういう悪者は殺さなきゃじゃん? ほら、師匠も女の子に酷いことするようなヤツは嫌いじゃん? うち、夢があってさ──」

健吾「そろそろ着くぞ」

千夏「……うん、おけ」

健吾「現場は地下深く、民間人もいない。この条件ならライフルも使える。準備しておけ」

千夏「はぁい」


  間。

  ザバザバと下水の流れる音。

  コツコツと2人の足音が響く。


千夏「下水道の中歩くとか聞いてないんだけど」

健吾「臭いは我慢しろ。ここの角を曲がれば違法施設オールインワンがある」

千夏「下水の先にある研究施設とかもう絶対アンブレラ社じゃん」

健吾「施設の入口を発見。突入するぞ。位置に着け」

千夏「あいあーい」


  金属の扉を少し開ける千夏。

  短い間。

  勢い良く金属の扉を蹴破る千夏。


千夏「カチコミじゃいおらぁ! ……ってあれ?」

健吾「これは……!」

千夏「何これ! 死体だらけじゃん!」

健吾「警戒しろ。先客がいるようだ」

千夏「アンブレラ社が作った化け物とかじゃないのそれ?」

健吾「かなり派手に撃たれてるな……頭を砕かれている死体まである」

千夏「グッロ」

健吾「見たところスラグショットによるものだな」

千夏「何それ?」

健吾「ショットガン用の弾薬のひとつだ。散弾ではなく大きな1発の弾頭を発射する。軍用の場合、本来は主にブリーチング……蝶番などを撃ってドアを破るのに使われる」

千夏「人間に撃つものじゃなくないそれ?」

健吾「弾痕や薬莢、足跡から見るに、侵入者は2人か……? ん? 死体の指についている粘液は何だ?」

千夏「うわほんとだキモ。え、てか2人ってマジなん?」

健吾「使用されている弾薬は4種類。12ゲージのショットシェルが2種に、5.56mmのライフル弾と50口径の拳銃弾。残された足跡は2つ。靴の規格にもよるが女物の靴跡は22から23cm、こっちの男物の靴跡は28cm以上はあるだろう。小柄な女性と大柄な男性が複数の銃で武装していると考えるのが妥当だ。血痕の乾き具合や死体の様子から推察すると過去90分以内にここを通ったようだ。ライフル弾による攻撃が激しいな。2人での襲撃である前提ならば軽機関銃でも使ったか?」

千夏「2人でこんなに殺す連中も変態だけど師匠の推理も変態クラスだよね」


  短い間。


千夏「ごめんて。でもこいつらなんでこんなとこにいるんだろ?」

健吾「……俺達と同じものが目的か?」

千夏「薬のデータ?」

健吾「そうだ。データの抹消ではなく奪うことが目的の可能性もある。急いでPCのあるオフィスかサーバールームを探すぞ」

千夏「りょ!」


  足早に移動する2人の足音。

  バンと扉を開ける音。


千夏「倉庫!」

健吾「もう少し静かに開けろ」


  バンと扉を開ける音。


千夏「仮眠室!」

健吾「ここに手がかりはないな」


  バンと扉を開ける音。


千夏「実験するっぽいところ!」

健吾「待て、PCがあるぞ」

千夏「中身見てみよ! うちに任せて!」


  カタカタとPCを操作する音。


千夏「サーバーに繋がってないやこれ。混ぜるな危険の薬を混ぜた研究員の日記が書いてあるだけでDEなんとかって薬のデータは入ってないよ」

健吾「ダメか。次を探すぞ」


  バンと扉を開ける音。


千夏「ここ!」


  バンと扉を開ける音。


千夏「ここ!!」


  バンと扉を開ける音。


千夏「ここぉ!!!」

健吾「お前警戒すべき第三者がいる施設でうるさいぞ」


  間。

  サーバールーム。

  静かに機械が動く音。

  雄馬の鼻歌。


雄馬「へっくし! サーバールーム寒っ」

健吾「動くな」

雄馬「あれ? 扉開ける音しなかったのに。すごいな」

健吾「千夏、入ってこい」


  ドアを開く千夏。


千夏「あいあーい」


  段々と近付いてくる足音。


健吾「武器を床に置け」

雄馬「…………」


  ゴトリと軽機関銃を床に置く雄馬。


健吾「拳銃もだ」

雄馬「拳銃は持っていませんよ」

健吾「デザートイーグル.50AE。実戦向きの銃じゃない。趣味か?」

雄馬「……はあ」


  拳銃を取り出し床に置く雄馬。


健吾「後ろに5歩下がれ。手は頭の後ろだ」


  ゆっくりとした足音。


健吾「千夏、銃を回収してアンロードしろ。終わったらこいつの持ち物のチェックだ」

千夏「人使い荒ーい。うわこれ重っ。え何これ弾抜きどうやんの?」

健吾「コッキングハンドルを引いてから上部カバーを外せ。ラッチがある」

雄馬「可愛らしいお嬢さんですね」

千夏「え! 聞いた師匠!? うち可愛いって! あ、外れた。ほとんど弾入ってないやこれ」


  軽機関銃と拳銃を弾抜きする千夏。


健吾「90分足らずでこの規模の施設を殲滅するとは驚きだ。名前は?」

雄馬「蒲焼き太郎」


  健吾のアサルトライフルの銃声。


雄馬「偽名でよろしければお答えできます」

健吾「構わない。言え」

雄馬「岸雄馬といいます」

健吾「所属と襲撃の目的を言え」

雄馬「そう警戒しないでください。私は自衛官ですよ」

健吾「作り話が下手だな。作家には向かない」

雄馬「本当のことですよ。私は陸上自衛隊の特殊作戦群という秘密部隊にいるので、それこそ秘密でこんなことをしているんです。違法な薬品開発を取り締まり、危険な薬品であるDE76の実験データを削除する目的で来ました」


  ふん、と鼻を鳴らす健吾。


健吾「お前は嘘をつく相手を間違えた。千夏、こいつの持ち物をチェックしろ」

千夏「あーい。……はーいちょっとボディチェック失礼しますねお客様ぁ。えーとマガジンとお菓子の袋と……」

健吾「お前の足元にあるPC。データを抜き取る目的で接続しているとしか思えん。そして……こちらの方がずさんだな。隠し事の多い部隊を名乗れば派手に嘘をつけると思ったか? 特殊作戦群が国内の製薬企業相手に攻撃を? 笑わせるな。そもそも特戦は秘密部隊ではないし、お前のように軽率に所属を明かしたりしない」

千夏「あ、USBあった。絶対実験データ入ってんじゃん」

雄馬「あーまあ無理筋だったかあ。作家もダメだけど役者もできねえなこりゃ。つーか詳しいね」

健吾「古巣だからな」

千夏「え! 師匠そうなの!? 師匠特殊……特殊なんとかなの!? あ、奪ったマガジンはその辺捨てとくね」


  ガチャガチャと拳銃のマガジンが床に落ちる音。


雄馬「……元特殊作戦群で裏社会の住人? じゃああんた結城健吾か」

健吾「!」

千夏「うわ、正解だ!」

雄馬「ふーん? そしたらあんたら《天秤》の連中かあ。あのバカ丸出しのね! はいはい!」

千夏「はあ!? バカ丸出し?」

健吾「物知りだな。お前の相棒もそうなのか? ショットガンを持った女だ」

雄馬「そちらもそちらで物知りで」

健吾「女はどこにいる?」

雄馬「帰っちゃった」


  ドアを開く真結。


真結「雄馬さぁん、お薬のサンプルありましたよぉ。あらお客さん?」

健吾「お前は嘘をつけない呪いにでもかかっているのか?」

雄馬「いやーほんとタイミングでしょー」

千夏「お姉さーん、銃捨てて-。そっから動かないでねー!」

真結「嫌でーす」

千夏「!」


  千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


千夏「サーバーの陰に隠れた!」

健吾「仕留めろ。お前は動くなよ」

雄馬「わかってるってば」

千夏「あんにゃろどこに──」


  ショットガンの銃声が2回連続する。


千夏「どぅわ! あっぶな! 反撃反撃!」


  千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「あははは! 撃ち返してきたぁ!」


  ショットガンの銃声が2発続く。


健吾「おいショットガンの女! 攻撃をやめろ! この男を殺すぞ!」

雄馬「あの子そういうの聞かないと思うけど」


  コツンと金属音。


千夏「やば! グレネード!」

健吾「遮蔽に身を隠せ!」

雄馬「はーい」


  破片手榴弾が爆発する。


千夏「うひゃあ、うち生きてる……!」

健吾「千夏!」

千夏「え?」

雄馬「渾身の右ストレーット!」


  打撃音。


千夏「ぶっ!?」

雄馬「そらっ!」


  打撃音。


千夏「ぐうっ!」

健吾「!」

雄馬「おっと! お弟子さんに当たっちゃうよ?」

健吾「この距離でか?」


  健吾のアサルトライフルの銃声が2発続く。


雄馬「うわちょ、ほんとに撃ったよこの人!」


  ステップで後退する雄馬。


千夏「顔面モロいったぁ……師匠、USB取られた!」

雄馬「ふふーん」

健吾「俺が撃つ」


  健吾のアサルトライフルのバースト射撃。


雄馬「当たらないよーん」


  ショットガンの銃声が3発続く。


健吾「っ!」

真結「追いかけさせませんよぉ?」


  ショットガンをリロードする音。


雄馬「真結ちゃん頼んだよー」

真結「はぁい、真結ちゃんがんばりまーす。後でご褒美くださいね?」


  ショットガンの銃声が3発続く。


健吾「邪魔な女だ」


  健吾のアサルトライフルをリロードする音。


千夏「うー、鼻血が口に入ってきもぢわるい」

健吾「気にしてる場合じゃなさそうだぞ」

千夏「んぇ?」


  ショットガンの銃声が2発続く。

  続けて3発。


真結「あは! いつまで隠れてるんですかぁ?」


  ショットガンの銃声が3発続く。

  続けて5発。


千夏「え、なんか無限にショットガン撃ってくんだけど!」

健吾「クアッドロードしながら撃ってるんだろう。火力が凄まじい」

千夏「わっといずクアッドロード!」

健吾「一度に4発ずつ素早く装填している」

千夏「ずるじゃん!」

雄馬「ちょっとぉ! マガジンバラバラじゃん! 誰こんなテキトーに捨てたの!?」

健吾「岸雄馬に銃を拾わせるな!」

千夏「あい!」


  2丁のアサルトライフルのバースト射撃。


雄馬「残念間に合っちゃいました!」


  雄馬の拳銃をリロードする音。


雄馬「ああ、渋いねこの音」


  雄馬の拳銃のスライドを操作する音。


雄馬「これで2対2だねえ。殺しちゃうよーん」

真結「やっぱり人数多い方が楽しいですよね!」


  ショットガンの銃声が2発続く。雄馬の拳銃の銃声が3発続く。

  健吾のアサルトライフルの銃声が2発続く。千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


雄馬「あー、銃声気持ち良い!」

真結「あははは! 撃ち合いたーのしい!」


  銃声が続く中、ショットガンをリロードする音。


雄馬「おらおらどうしたあ!?」


  雄馬の拳銃の銃声が3発続く。


真結「そろそろ血飛沫見せてくれてもいいんですよぉ?」


  ショットガンの銃声が2発続く。

  ショットガンをリロードする音。

  ショットガンの銃声が2発続く。


千夏「やば、やっば! ……師匠! こいつら、強いよ!」

雄馬「嬉しいこと言ってくれるねえ……けど」


  千夏のアサルトライフルのバースト射撃。千夏のアサルトライフルがホールドオープンする音。


千夏「んあー! 弾切れ!」

健吾「カバーする」


  千夏のアサルトライフルをリロードする音。健吾のアサルトライフルのバースト射撃。千夏のアサルトライフルのボルト閉鎖音。


千夏「おけ!」

健吾「リロードする」

千夏「援護任せて!」


  健吾のアサルトライフルをリロードする音。千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


健吾「復帰した」

千夏「りょ!」

真結「そっちもそっちで連携ちゃんとしてるんですねぇ」

雄馬「強い言われたのは熱いけど、これじゃ攻め切れないしジリ貧だよねえ」


  健吾のアサルトライフルの銃声が2発続く。


雄馬「痛っ! ははっ今のかすったぁ!」

真結「大丈夫です?」


  ショットガンをリロードする音。

  ショットガンの銃声が2発続く。


雄馬「さすが元特殊作戦群は違うねえ。どうやって攻略しようか……あ、良いこと思い付いた……ふふん」


  間。

  2丁のアサルトライフルのバースト射撃。

  千夏のアサルトライフルをリロードする音。


健吾「反撃が止んだ」

千夏「でも倒してないくね? 弾切れ?」

健吾「何かおかしい。……後ろだ!」

雄馬「あ、バレたぁ?」


  雄馬の拳銃の銃声が2発続く。


健吾「!」

千夏「うわあ!?」

健吾「反撃する!」


  健吾のアサルトライフルのバースト射撃。


健吾「どこに消えた?」

雄馬「んじゃ次こっちね」


  雄馬の拳銃の銃声。


健吾「ぐ!」

千夏「師匠!?」

健吾「左から? 人間の移動速度じゃない」

雄馬「はあ? 今の直撃してないの? ラグってんのかな?」

千夏「どこだこら! 隠れてないで出てこい!」

雄馬「はいよーん」


  雄馬の拳銃の銃声が2発続く。


千夏「うわ!? え!? どこから!?」

健吾「何故こんなに速く移動できるんだ……?」

雄馬「俺ばっか気にしてていいのー?」

健吾「!」


  ショットガンの銃声。


健吾「どうやって接近したんだ!?」

真結「あは! 銃口ずらされたの初めて! 近くで見るとかっこいい顔してるんですね。初めまして!」

千夏「師匠に触んな!」


  打撃音。


千夏「あがっ!?」

真結「邪魔しないでもらえます? あら、でもあなたも可愛い! 鼻血出てるのえっろいですね!」

雄馬「近接戦闘俺も混ぜて-! オラァッ!」


  打撃音。


健吾「ぐぅっ! くそ!」

雄馬「急に強くなってビビったぁ?」


  健吾の拳銃の銃声が3発続く。


雄馬「お、ハンドガン抜くの速っ」


  健吾の拳銃の銃声が2発続く。ヒュッとナイフが空を切る音。


雄馬「おわっ! え!? ハンドガンとナイフ同時に使ってんの!? まあ俺には敵わないけど、さぁっ!」


  強い打撃音。メキメキと骨の軋む音。


健吾「ぐ! か……はぁ!?」

千夏「師匠!」

真結「よそ見しないで?」

千夏「やば──」


  真結にぱしっと腕を取られ、壁に叩きつけられる千夏。


千夏「ぐわ!? ……こ、の、離せ!」

真結「だめですよぉ。はあ、見れば見るほど可愛い顔。私と良いことしませんかぁ?」

千夏「あ、あんたそっちなの?」

真結「まさか! 私はぁ……どっちも、ですよ?」

雄馬「あのさ真結ちゃんさあ、さっき死体で死ぬほど遊んだじゃん。それで満足できなかったん?」

真結「お人形遊びとはまた違った良さがあるんですよう」

雄馬「勘弁してよまた時間かかるじゃん」

健吾「悠長な……!」


  健吾の拳銃の銃声が2発続く。


雄馬「うわちょ!」


  走る足音。健吾の拳銃の銃声が3発続く。


雄馬「危ないって!」

健吾「千夏!」


  健吾が真結を突き飛ばす打撃音。


真結「きゃ!」


  がしゃんと真結がぶつかる。


千夏「ありがと師匠!」

健吾「走れ! スモーク!」


  コツンと金属音。ブシューと煙の出る音。

  2人の走る足音。

  2丁のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「逃がしませんよぉ!」


  ショットガンの銃声が3発続く。


雄馬「ああ、真結ちゃん待って待って」

真結「ん? はい、真結ちゃん待ちます!」

雄馬「せっかくだから遊んでいこ」

真結「?」


  間。

  通路。

  2人が走る音。息切れしている健吾と千夏。


千夏「師匠、あいつら何!?」

健吾「わからない。……いや、ひとりは心当たりがある」

千夏「どっち?」

健吾「女の方だ。ワンピースの上から弾薬帯を巻きつけたショットガン使い……しかも死体でお人形遊びが趣味ならパーティガールと呼ばれる殺し屋だろう」

千夏「うわ、聞いたことある! 完全に頭いかれてるサイコパスのネクロフィリアじゃん! え、てことはその辺の死体の指とかについてるキモい液体って……うち触っちゃったんだけど」

健吾「それより……連中追ってくる気配がないな」

千夏「マジじゃん。どうするの?」

健吾「任務を放棄するわけにはいかない。背景を洗うことは諦めて連中を殺す。その後DE76のデータを改めて抹消する」

千夏「ハードル高いってそれ。なんかあいつら急に強くなったし……あれ一体どういうこと?」

健吾「……まさかとは思うが、DE76のサンプルを投与した?」

千夏「バトッてる最中に?」

健吾「普通なら考えられないが……あの2人に常識が通用するとも思えない」

雄馬「(放送)ピンポーン! 大正解!」

健吾「!」

千夏「岸雄馬!」

雄馬「(放送)いやあ、よく効くお薬だよ。注射した瞬間から違いが出てたね。俺めっちゃ速くなってたっしょ! 目も耳も超良くなってんだよ」

健吾「管理室から館内放送か? 見られているな。監視カメラを破壊する」


  健吾のアサルトライフルの銃声。


雄馬「(放送)はいそしたらゲームを始めまーす! ただ今そちらに我らが残虐天使、柏木真結ちゃんが向かっておりまーす! ルールは簡単! 真結ちゃんの攻撃から逃れて施設を脱出するか見事俺達をブチ殺せれば勝利! 敗北のペナルティはその命でーす! あ、死んだら真結ちゃんにエロいことしてもらえるから体験したい人は死んでみてね」

健吾「カンに障る連中だ。移動するぞ」

千夏「りょ!」


  2人の足音。


千夏「管理室行く感じ?」

健吾「最終的にはそのつもりだ」

雄馬「(放送)え、何俺襲われんの? 怖!」

千夏「うざ! あ、てか聞かれてんじゃんそういえば!」

健吾「構うな。承知の上だ」

千夏「いいの?」

健吾「会話を封じられる方が面倒だ。カメラを破壊しながら動け」

千夏「あいあーい! さっそくひとつ!」


  千夏のアサルトライフルの銃声。


雄馬「(放送)ちょい! 目潰しは格闘技とかでも反則なんだぞ? 勘弁してくれよもう。こんなことするヤツには──」

真結「お仕置きが必要ですよね?」


  ショットガンの銃声が2発連続する。


千夏「うわ! 出たよパーティガール!」

雄馬「応戦しろ!」


  2丁のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「あは! 必死になっちゃって可愛い!」


  ショットガンの銃声。


雄馬「(放送)さあ今戦いの火蓋が切って落とされました! 赤コーナー、《天秤》の2人組、逃げ回る逃げ回る! 青コーナー、柏木真結選手、ショットガンを手に追い立てる! さながら獲物と狩人のようだ! 人狩りいこうぜぇ!」

真結「もがき苦しむ姿、楽しませてくださいね! たっぷり焦らしてからイかせてあげますから!」


  ショットガンの銃声が2発続く。

  ショットガンをリロードする音。

  ショットガンの銃声が3発続く。


千夏「危なっ! 2対1とは思えないんだけど!?」

健吾「敵は身体能力や感覚機能が強化されている。敵の知覚を上回る必要があるな。二手に別れて意識を分散させるぞ」

千夏「りょ!」

真結「あら?」

雄馬「(放送)おっとここで《天秤》チーム二手に別れる作戦に出た! 柏木選手はどちらを追うのかあっ! おっと、申し遅れました。実況解説は私、岸雄馬が──」


  健吾のアサルトライフルの銃声。


雄馬「(放送)あ! ちょっと今見てたのにそのカメラ!」

真結「どーちーらーにーしーよーうーかーなー」

健吾「こっちだパーティガール! 相手をしてやる!」


  健吾のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「魅力的なお誘いだけどぉ……今日は女の子の気分ですね!」

千夏「うちぃ!?」

真結「私と遊びましょう!」


  ショットガンの銃声が2発続く。


雄馬「(放送)柏木選手の選択は、あー、えー……名前何つーんだこの子? ああ何でもいいや女の子ね女の子! 放置される結城健吾選手は手持ち無沙汰かあ!? フラれちゃったねえ。俺が代わりに相手してあげようか?」


  健吾のアサルトライフルの銃声。


雄馬「(放送)……返事の代わりにカメラ壊すのやめない?」


  間。

  千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「あはは! どこ狙ってるんですかぁ?」

千夏「あーもう!」


  千夏のアサルトライフルをリロードする音。


真結「なるべく長く耐えてくださいね? 死んだ後はいくらでも楽しめるけど、生きてるうちにしかできないこともたくさんあるので!」


  ショットガンの銃声が2発続く。


千夏「絶対変なこと考えてんじゃんそれ!」

真結「そうですよ! あなたの鼻血に濡れる顔を見た時からカラダが火照ってうずいて仕方ないんです! あなたが悪いんですからね!」

千夏「ガチの変態じゃん」

真結「はう……早く痛みに喘ぐ声が聞きたい……嗜虐心をくすぐる悲鳴をあげてほしい……!」

千夏「いや、え……?」

真結「血と涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せてほしい……! ねえ、腕の骨にスラグ撃ち込まれたらあなたはどんな顔するんですか!? カラダの中にショットガン突っ込まれて撃たれたことってありますぅ!? どこまで弾が貫通するか見てみましょうよ! 男の人のなんか比べ物にならないくらいの刺激ですよ! 安心してください、私が全部体験させてあげますから! あはははは!」

千夏「怖い怖い怖い怖い! 性癖歪んでるとかそういうレベルじゃないじゃん! 生まれてくる世界間違ってるって!」

真結「死んだ後は文字通り骨の髄までしゃぶって楽しみ尽くしてあげる! ああもう考えただけでどうにかなっちゃいそう!」

雄馬「(放送)真結ちゃん真結ちゃん、止まって止まって。やりすぎだからこれ。いやこれ人選ミスったな俺が行くべきだったわ」

真結「心配しなくてもお仕事はきっちりこなしますよぉ。《天秤》なんかに踊らされてる哀れな子羊ちゃん、ちゃぁんとあの世へ送って救済してあげます」

千夏「はぁ? 何それどゆこと?」

真結「知らないまま死んだ方が幸せだと思いますけどぉ?」

千夏「バカにすんなし。言っとくけどうちら《天秤》は悪人を裁く正義の執行者。あんたらみたいな何も考えてないただの殺し屋とは違う」

真結「あは! 雄馬さんから聞いた通り。本当にこんな感じなんですね、《天秤》の構成員って」

千夏「は? 岸雄馬が《天秤》を知ってんの……?」

雄馬「(放送)ああ、全然知ってるよ。つかこれもう実況でも解説でもねえな。殺し合ってくれないと困るわ俺」

真結「真実を知れる方が幸せなのかなぁ? 知った時の顔も見てみたいし、言っちゃおうかなぁ?」

千夏「何? 何の話してんのあんた? 意味わかんないんだけど」

真結「あはは。正義の殺し屋は、どちらかというとあなたじゃなくて……私達。って話ですよ」


  間。


千夏「ぷっ、あははっ。何それ。めっちゃ無理あんじゃん」

真結「そんなことありませんよぉ」

千夏「だってあんたのやってることって今のところ虐殺とお人形遊びだよ? 普段は違うわけ?」

真結「いいえ。お仕事はいつも楽しんでやってますよ」

千夏「だったら全然正義じゃないじゃん」

真結「殺しを楽しんでるからですか? 標的が誰でも?」

千夏「何? 悪人を裁いてるって言いたいの?」

真結「そうですよ。私達は悪人を裁いてるんです……あなた達と違ってね」

千夏「うちの標的はいつでも悪人だし」

真結「その標的はあなたが決めたわけじゃない」

千夏「は?」

真結「言われた通りに殺してるだけですよね? だから標的に偏りがあることに気付けないんですよ」

千夏「偏り……?」

雄馬「(放送)真結ちゃんさあ、そろそろ休憩終わりにしない? なんかカメラめっちゃ壊されてんだよね」

真結「あら、それはごめんなさい! 時間かけすぎちゃいましたね。それじゃあ……」


  ショットガンをリロードする音。


真結「そろそろ終わりにしましょうか」


  ショットガンの銃声。


千夏「くっ、ああもうっ! 意味わかんないこと言うくせに最後まで話さないわけ!?」

真結「だって早く片付けないといけないらしいですし?」

千夏「あっそ。ところでなんであんたが勝つ前提で話進んでんの?」


  千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「逆に訊きますけど勝てる見込みあります? 今の私のスピードに着いて来られ──」


  千夏がバンと扉を開く。

  千夏の走る足音。


真結「……逃がしませんよぉ?」


  真結の走る足音。

  ショットガンの銃声。


千夏「危なっ! マジで足速いじゃん!」

真結「威勢の良いことを言うわりに逃げ腰なんですね?」


  ショットガンの銃声が2発続く。


千夏「何とでも言えばぁ?」


  ガシャンと棚が倒れ、シャーレや試験管が割れる。

  プラスチックのボトルが床に落ちて中身がこぼれる。


真結「時間稼ぎにもなりませんよ」

千夏「なら追い付いて見せなよ」


  千夏の走る足音。

  千夏がバンと扉を開く音。


真結「あは! できないとでも思ってるんで──ケホッ! っ!?」

千夏「隙あり!」


  千夏のアサルトライフルのバースト射撃。


真結「んぅ!」

千夏「この状態で回避行動取れるとかヤバすぎでしょ。肩抉っただけとかマジ?」

真結「ケホッゴホッ……い、息が……!」

雄馬「(放送)真結ちゃん床! 薬品とか消毒液とかめっちゃ混ざってる!」

千夏「やば、カメラ壊してなかった!」


  千夏のアサルトライフルの銃声。


真結「う……ケホッ……! 次亜塩素酸ナトリウムに……ポリ酸化アルミニウム……! 塩素ガスか! ゴホッゴホッ……!」

雄馬「(放送)はあ? お前逃げ回ってたのガスの影響から逃れるため!? 思ったより頭回る感じなんだ!?」

千夏「そんで廊下からあんたの後ろに回り込むためね」

真結「!?」

千夏「さよなら!」

真結「しまっ……」

雄馬「(放送)ここで俺の出番」


  照明が一斉に落とされるバチンという音。

  千夏のアサルトライフルの銃声。


千夏「は!? 明かりが……!」


  ショットガンの銃声。


千夏「う!? くっそ生きてんの!? 腕が……!」

真結「ぜぇ、はぁ……やってくれますね……! ケホッ……!」


  ショットガンの銃声が2発続く。


千夏「ちょ、頭かすめたんだけど! 見えてんの!?」


  千夏の走る足音。


真結「勝った気でいました? 残念でしたね!」


  ショットガンの銃声。


千夏「やっば、暗くて走りづらい……! なんであんた平気なの!?」

雄馬「(放送)DE76って便利なもんでさあ、身体機能やら感覚機能やら何でも強化してくれんのよね。光彩の伸縮速度もその中のひとつってことよ」

千夏「はあ!? それって──」

雄馬「(放送)そう。こっちは急に暗くなっても明るくなってもすぐ目が慣れるってことね。だからそっちが暗闇に慣れ始めた頃にこうやって……!」


  照明が一斉に点けられるバチンという音。


千夏「う!?」

雄馬「(放送)ああ眩しかった? ごめんねー?」

真結「どうしたんですかぁ? せっかく明るくなったのに足取りがおぼつかないですよ?」


  ショットガンの銃声が2発続く。


千夏「痛っ! また腕ぇ! ……大ピンチなんですけど! てか師匠どこ!? 二手に別れて挟み撃ちとかすんじゃなかったの!?」

真結「見捨てられたんじゃないですかぁ?」

千夏「んなわけあるか!」

真結「何をしているにせよ、もう間に合いませんけどね……!」

千夏「あ、やばっ、この辺遮蔽物何もない!」

真結「あは! これで終わりですね! 大丈夫、あなたの師匠もすぐにそっちに逝きますから!」

健吾「それはどうかな?」

真結「!」


  健吾のアサルトライフルの銃声が2発続く。


真結「くっ……!」

千夏「師匠! 遅いんですけど!?」

健吾「走れ。こっちだ」


  2人の走る足音。


雄馬「(放送)あーあーカメラのないルートばっか走りやがってもう。真結ちゃん気を付けて。こっちで追えてないよ」

真結「あの子の血の跡を追えるから大丈夫ですよ。絶対ブッ殺しますからぁ」


  ショットガンの銃声が4発続く。

  ショットガンをリロードする音。

  ショットガンの銃声が6発続く。


健吾「めちゃくちゃに撃ってくるが精度が落ちているな。足もふらついている。何かしたか?」

千夏「塩素ガス吸わせた」

健吾「よくやった。お前の怪我は?」

千夏「左腕に2発もらった。多分普通のショットガンの弾」

健吾「応急処置の必要があるが……今は走り続けろ」

千夏「りょ!」

雄馬「(放送)どうも〜、照明の岸です〜。ちょっと機材チェックしますね〜」


  バチン、バチンと照明がオンオフされる。


千夏「ちょお! 電気点けたり消されたり! 目がヤバいこれ!」

健吾「俺のベルトを掴んで離れずにいろ」

千夏「ベ、ベルト? わかった!」


  2人の走る足音。

  ショットガンの銃声が3発続く。


真結「ああ、もう、当たらない! ていうかどうして普通に走れてるんですかあの2人!?」

雄馬「(放送)は? え、何それ走れてんの? どゆこと? 照明ちゃんと消えてる?」

真結「消えてますよ! チカチカうざいくらいに!」

雄馬「(放送)俺達の見てない間にお薬注射しちゃったかこりゃ? ……いや、サーバールームのカメラは生きてる。どうなってんだこれ?」

千夏「師匠どうしてまともに走れてんの!?」

健吾「明るさは関係ない。施設内の構造を見て覚えた」

千夏「そんなことできんの!?」

健吾「自衛隊員や軍人が夜間に活動する場合、いつでも暗視装置やライトが使えるわけではない。特戦も地図情報や現場そのものを見た記憶を頼りに動く訓練をしている」

千夏「すごすぎじゃね?」

雄馬「(放送)ほとんどチートじゃんそれ。うわこれ俺が管理室にいる意味ほぼなくなったじゃん」

真結「関係ない。関係ないんですよそんなのは! 撃てば死ぬのは変わらないんですから!」


  ショットガンの銃声が4発続く。


千夏「マジで当たんないじゃんショットガン」

健吾「この部屋に逃げ込むぞ。急げ」


  バンと勢い良くドアを開ける健吾。

  2人の走る足音。


健吾「伏せろ」

千夏「え、きゃっ!?」

真結「どこに逃げようと必ずブッ殺し──」


  プラスチック爆薬が爆発する。

  間。

  パラパラと細かな瓦礫が床に落ちる。天井の照明器具が外れて床に落ちるガシャンという音。


千夏「……は? え?」

雄馬「(放送)……爆薬なんて持ってきてたの? 真結ちゃん、生きてる?」

健吾「期待するだけ無駄だ。敵の死亡を確認」

千夏「な、なんでうち生きて……?」

健吾「混乱しているのか? 落ち着け。俺達は柱の陰に隠れて爆風から逃れた」

千夏「え、ああ、う、うん。……え? てか師匠爆弾持ってたの……?」

健吾「DE76のサンプルを爆薬で吹き飛ばすと言ったろ。そのために持ち込んだC4をここで使った。……腕を出せ。止血する」

千夏「あ、う、うん」


  健吾がバックパックをガサゴソと漁り止血帯を取り出す。


雄馬「(放送)ふはは……うわマジか。マジで真結ちゃんに勝つとか。まあでも頭に血ぃ上ってたもんな真結ちゃん」


  千夏の腕に止血帯を巻き付けるシュルシュルとした音。


雄馬「(放送)んじゃ次は大将戦だなあ。いいよ俺ここで待ってるから。ゆっくりおいでよ」

健吾「見えていないだろうから教えてやるが、ここからサーバールームは近い。お前が残した荷物は回収できないぞ」

雄馬「(放送)別に逃げたりしないって。俺はあんたらに話があるんだわ。……厳密にはお弟子さんの方に」

健吾「?」

千夏「うち?」

雄馬「(放送)そうそう。真結ちゃんを追い詰めた機転は賞賛に値する。マジで最強天才ガール」

健吾「立て。移動するぞ」

千夏「あ、う、うん」


  千夏が立ち上がり、2人の足音。


雄馬「(放送)そんなあなたにご褒美です! まあ真結ちゃんにトドメ刺したのは師匠の方だったけど、そこはサービスってことで」

千夏「全然意味分かんないんだけど。てかあんた仲間が死んだのになんでそんな平気な顔して──」

雄馬「(放送)真結ちゃんの話の続き、聞きたくない?」

千夏「!」

雄馬「(放送)《天秤》の正体……興味あるでしょ」

千夏「《天秤》は正義の執行者。あんた達みたいなただの殺し屋じゃない」

雄馬「(放送)まあそう教えられたもんね。でも実態は違う」

千夏「うちらが裁いてきたのは悪人ばっかり」

雄馬「(放送)2019年5月2日。悪徳宗教法人『聖魂の会』会長、吉田利夫。自宅で焼身自殺に見せかけて殺害」

千夏「……は?」

雄馬「(放送)《聖魂の会》はよくわかんない壺とか売ってる詐欺師だったんだけど、とある国会議員との結び付きがあったんだよな。佐々木昇太ってヤツ。佐々木は《聖魂の会》の組織票によって国会議員としての議席を獲得できてたけど、吉田の死によって事情が変わり選挙で受かることはなくなった」

千夏「待って。確かに3年前よくわかんないカルトみたいな組織の会長を《天秤》が殺した。そいつの名前が吉田だったはず。でもなんで政治家の名前が出てくんの? 何の話をしてんの?」

雄馬「(放送)んで佐々木は党内でわりとでかち派閥の重要なポジションにいたんだけど、それを快く思わないヤツもいたんだよな。同党内、別派閥の重鎮、山岡征士郎。こいつらは環境問題での……ああ、まあこういう話はわかんないよねお弟子さん」

千夏「回りくどいんだけど」

雄馬「(放送)もっと簡単に言うから聞いてよ。どうせ歩いてるうちは暇でしょ」


  短い間。


雄馬「(放送)2020年8月21日。指定暴力団、朱雀会系幹部11人の殺害。人の臓器とか売ってたこのヤーさん達も政治家とつるんでてさ、藤村って国会議員なんだけど、この事件がきっかけで暴力団との関係がバレて辞職。得したのは対立していた政党の山岡征士郎。あ、ここでも名前が出てきたね山岡征士郎!」

千夏「『天秤』がそのヤクザを殺すのを私も手伝ったけど……山岡? 誰なの?」

雄馬「(放送)2021年9月19日。これまた指定暴力団の睡蓮会系幹部8人と直系組織ひとつ。借金背負わせたオバチャンの娘に身売りとかさせてたんだよね。まだ中学生なのにさ。んで例の如く癒着してた国会議員がいて……まあ名前なんてどうでもいいよね。どうせこの事件のせいで失脚してんだから。……そんで、得をしたのが──」

千夏「……山岡征士郎?」

雄馬「(放送)大正解! 《天秤》の産みの親にして出資者にして事実上のボス、山岡征士郎議員です! パチパチパチパチ! ドンドンパフパフ-!」

千夏「はぁ!? そんな議員知らないんですけど!」

雄馬「(放送)そりゃまあ政治家なんだから殺し屋との接点なんて隠すでしょ。あ、ちなみに今俺達がいる違法施設オールインワンに資金提供してる河原雄山って国会議員ももちろん山岡征士郎の敵だよ。だからあんたら《天秤》がここに来てるのはまあ納得なんだよね」

千夏「河原雄山って……師匠が言ってたヤツ……?」

雄馬「(放送)はいじゃあ結論! ……《天秤》は正義の執行者なんかじゃない。悪徳議員、山岡征士郎の都合の良い手足でした! 構成員は洗脳されて騙されて《天秤》の偽善の執行者となって今日も馬車馬のように働かされているのでーす!」

千夏「嘘だ! デタラメ言ってもうちは騙されないし!」

雄馬「(放送)まあいつまでもマイクとスピーカー越しに話すのもなんだし、そろそろ顔付き合わせて話そうか」

健吾「この部屋だ。突入するぞ」

千夏「デタラメ言ったって認めさせてやる……!」


  バンと勢い良く扉が開く。

  2人の足音。

  短い間。


雄馬「いらっしゃーい。……偽善の執行者達」


  ゆっくりとした2人の足音。


千夏「顔を向き合わせて話すんじゃなかったの? うちらに見えてんのは部屋に張り巡らされたワイヤーだけなんだけど。あんたどこにいんの?」

雄馬「いきなり撃たれちゃ困るもん。あ、そのワイヤーは触ったら爆発する系のトラップだから気を付けてね」

千夏「臆病なうえに卑怯じゃん」

雄馬「うちの真結ちゃん爆殺されたのもう忘れちゃった? てか真正面から撃たれるなら死んでも納得できる感じ? 俺無理だわそれ。時と場合によって命なんていくらでも安くなるけど、自分自身の命はいつでも高価だからね」

千夏「…………」

健吾「お前が最後俺達に殺される結果は変わらない」

雄馬「どうかな? もしかしたら誰も死なないかもよ? まあ俺的にはひとり死ぬかなとは思ってるけど」

千夏「死ぬのはあんた」

雄馬「あーごめん俺お師匠さんのこと言ってたんだわ」

健吾「作家にも役者にもなれそうにないが、ジョークのセンスは認めてやろう。芸人になるのはどうだ?」

雄馬「マジで? ツボ浅いね」

千夏「師匠だけが死ぬのも意味不なんですけど」

雄馬「ああ、そりゃ簡単だよ。君には俺の仲間になってもらうから」

千夏「……は?」

健吾「前言撤回だ。芸人になるのも諦めろ」

雄馬「別に冗談じゃないんですけどー?」

千夏「何をどうしたらうちがあんたの仲間になるわけ?」

雄馬「自ら望んでそうするさ。だって君は正義の執行者になりたいんでしょ?」

千夏「あんたの殺しに正義があんの?」

雄馬「あるさ。少なくとも《天秤》よりは」

千夏「あんたの話なんか信じてない」

雄馬「じゃあ信じてもらえるようにしよう」


  コツンと金属音。


健吾「これは……?」

千夏「『天秤』のバッジ?」

雄馬「そう。俺、元は《天秤》にいたんだよね」

千夏「はあ!?」

健吾「バッジひとつでは信憑性に欠けるな」

雄馬「こんなので証拠になるとは俺も思ってないけどさ、少なくとも判断材料にはなるでしょ」

千夏「仮にあんたが元《天秤》だとして、だから何?」

雄馬「まあそう焦らずさ。信じてもらえるようにするって言ったでしょ? 君名前何ていうの?」


  短い間。


雄馬「ああ、じゃあ俺の話の続きね。俺が《天秤》に入ったのは16の頃でさあ、親が《天秤》に殺されたのがきっかけだったんだよね」

千夏「あんたの親が裁かれるべき悪だったんでしょ」

雄馬「悪者だったのはまあ間違いないかな。武器商人だったし。……《天秤》は保護って名目で俺を拉致して、洗脳教育と戦闘訓練を施した」

千夏「洗脳? 毒親から助けてもらって何言ってんの?」

雄馬「まあ洗脳されてる側からしたらそう思うよね」

千夏「うちは洗脳なんてされてない」

雄馬「君、《天秤》を外側から見たことある?」

千夏「……それは──」

雄馬「《天秤》の構成員って大半は親を《天秤》に殺されてるじゃん? たぶん君もだよね?」

千夏「…………」

雄馬「だよねそうなるよね。そんで『君を救った我々《天秤》は正義の味方なんだ!』って教えられた。衣食住を与えられ、《天秤》の武勇伝を聞かされて、《天秤》の敵がどんな巨悪か教え込まれた。やがて君は《天秤》に憧れ、《天秤》からの仕事の打診に快く返事した。恩を返すために」

千夏「恩を返したいと思うのは当然のことじゃん」

雄馬「それ端から見たらどう見えるかな? 衣食住や恩を人質に取ってる状態だよね? 親のいない子供に対して一組織の殺しを正当化する教育を施して狭い世界に押し込んでるだけじゃない? それ生まれた時から戦いしか知らないタリバンの戦闘員と何が違うの? しかも親を殺した組織がそんなことしてるってがっつりマッチポンプじゃん」

千夏「……ち、違う。《天秤》はそんなことは……」

雄馬「思い当たる節があるって反応だね」

健吾「おい、敵の言葉を鵜呑みにするな。どんな会話をしようと勝手だが最後は殺すだけだ」

千夏「でも師匠!」

健吾「背景にある事情や思想など関係ない。殺しは殺しでしかないし、仕事は仕事でしかない」

千夏「そんなの……でもうちは《天秤》の正義の執行を……」

雄馬「あれぇ? お弟子さんに対してそんなんでいいのかな?」

健吾「口はよく回るな。お前に向いているのはどうやら詐欺師だったようだ。来世はそうするといい」

雄馬「別に嘘吐いてるわけじゃないんだけどな。だからこそお弟子さんは今あたふたしてるんだし」

健吾「敵に動揺を見せるなと教えたはずだが」

千夏「つけ込まれる隙になるから……。わかってる。うちは動揺なんてしてない」

雄馬「大丈夫そ? だいぶ無理あるけどそれ」

千夏「うるさい……」

雄馬「あはははは! あ、そう。そんじゃ話続けていいよね? 《天秤》に親を殺された子供達だって別に全員が全員仕事の打診を承諾したわけじゃない。『お前も鬼にならないか?』って言われて君は首を縦に振っちゃったけど、横に振った子もいる。そいつら……どうなった?」

千夏「……え?」

雄馬「いつの間にかどっか行っちゃったでしょ」

千夏「でもそれは、よそに引き取られたとか……学校の寮に入ったとか……」

雄馬「真に受けてんの?」

千夏「……っ」

雄馬「俺《天秤》から一緒に仕事をしないかって言われた時、本当は嫌だったんだよね。殺しとかだるいじゃん。でも断ったら恩知らずって言われそうだったし、誰のおかげで生活できてんだって話になるから断れなくてさあ……それに俺だって目的や誇りを持って生きたかった。まあ身体は丈夫だったから訓練には耐えられたし、殺しの才能があって優遇もされたんだけどさ。気付いたら面倒だった殺しも別に抵抗なくなってたし。……でもある日、見ちゃったんだよね」

千夏「……何を?」

雄馬「《天秤》本部の食堂で一緒に飯食ってて仲良くなったガキンチョの死体。そいつの親、俺が殺したからちょっと気になってて時たま世話してたんだよね。14歳のデブだったんだけどさ、まあ愛嬌のあるヤツでゲームとか詳しいの。地下の焼却炉で死んでてさあ……マジでビビったわ」

千夏「嘘だ! 《天秤》の構成員にならなかった孤児は今でもちゃんと生きて──」

雄馬「でもそいつらと一切連絡取れてないじゃん」

千夏「っ!」

雄馬「図星じゃん。歳離れてるとはいえわりと仲良くしてたガキが燃えるゴミになってるのを目撃した俺の気持ち想像できる? まあ最悪な気分なわけよ。そら常日頃からご高説賜ってる我らが《天秤》様だけどさ? どう見てもこんなん正義の味方のすることじゃねえじゃん? それまでもうっすらとそんな気はしてたけど、こんなん言い逃れようもねえじゃん? 俺は思い知ったんだよ。こいつらはガキを洗脳して使いやすくて都合の良い殺し屋に仕立て上げてるだけだってな」

千夏「そんなことする意味ない……じゃあ《天秤》は何のために人殺しなんかしてんの!? やる意味ないじゃん!」

雄馬「同じことを思った俺は調べに調べた。《天秤》の殺しの傾向。金の流れ。殺しで得をした人物。表社会、裏社会。政治に経済。……そんで辿り着いたのが……」

千夏「……山岡……征士郎」

雄馬「そういうこと。《天秤》は自分を正義の執行者だと思い込まされてるただの殺し屋が寄り集まった組織なんだよ。政治家子飼の殺し屋組織なんだよ」

千夏「そんな……」

雄馬「崇高な思想だと信じ込まされていたものはハリボテだった。思想のために殺し殺される、価値のある人生を歩めていたと思っていたが偽りだった。山岡征士郎っていう答えに辿り着いた時思ったんだ……ああ、俺達の命やっすいなあ……ってさ。で、同時に思ったんだよな。安くない命って何だ? って」

健吾「命の価値など幻想だ」

雄馬「そうでもないさ。人は誇りのために死ねる。けどこの日本を見たらどうだよ? 悪徳議員に騙されて手を汚し浪費されるだけの安い命。ブラック企業で人間としての尊厳を破壊されて使い潰される命。言葉遊びで簡単に善悪がひっくり返る司法に意味もなく罰せられる安い人権。……俺達の命の価値を下げてるのは腐敗した政治なんだよ」

健吾「随分と話が飛躍したな。自分の言葉に酔ってるヤツの特徴だ。気持ちが良いか?」

雄馬「話が飛んでるのはわかるけどね。でも山岡征士郎っていう答えに辿り着くまでに必然的に目にすることになった政治関連の情報を見てたらこういう考えにもなるんだよ。政治のレベルが低いんじゃない。腐敗してるんだ。そのせいで人々の命の価値はどんどん下がる。外国に目を向けてもそれは明白だろ? 現代になってまでずさんな偽旗作戦をやって他国を侵略しようとした国見てみ? 腐った政治家に独裁させた結果がこれだよ。何の訓練もしてない一般人にモシンナガンなんて持たせて、砲撃がバンバン飛んでくる戦場に送ってる。紙切れ一枚家に届いた人達がぽんぽん死んでいく。命安くなったねえ? 別に全ての戦争の原因が政治の腐敗とは言わないけど、こんなバカみたいな戦争の原因はどう見たってそうだろ」

健吾「最後の一時くらいは気持ち良く過ごさせてやろうと思ったが、そろそろ話が長いな」

雄馬「じゃあ結論出そうか。お弟子さん……俺の仲間になって正義の執行者になろうよ。まずは俺達を騙して使い潰した《天秤》とボスである山岡征士郎を殺す。そして腐敗した政界財界を叩き直すんだ」

千夏「……うちは……」

健吾「下らん。耳を貸すな。俺達は仕事をこなすだけだ。腐敗した政治など殺しでどうにかなるようなものでもないだろう」

雄馬「なるさ。人の行動は報酬と罰によってコントロールできる。政界財界にまともな罰がないからこんなに腐敗するんだ。不正を働く不届き者に正しく死を与え続ければ世界は変わる! あの世界は家同士お友達同士の繋がりでできてる。バカをやっても仲間内でかばい合うし、金で解決もできる。それをぶち壊すんだ。咎人に正しく死を与え続ければいい。バカをやって仲間内でかばっても俺達が裁いて殺す。金で解決しても俺達が裁いて殺す。その恐怖は噂となり、やがて神話になる。悪さをすれば罰を受けると思い知る。そうなれば誰も迂闊なことはできなくなるんだよ! そして腐敗のない世界が始まる! 命の価値がどんどん上がっていくんだ!」

健吾「子供の理想論だな」

雄馬「さあ、俺と一緒に正義を執行しよう」

千夏「うちは……でも……」

健吾「敵の言葉に耳を貸すな。行動を操られているぞ。俺が教えたことを思い出せ」

千夏「師匠に、教わったこと……っ! そうだよ! 師匠だ! 師匠は頭が良い! 《天秤》が悪いことしてんなら師匠が気付かないわけない! だから、あんたの言ってることはデタラメだ岸雄馬!」

雄馬「あっははは! それ本気で言ってんの? 結城健吾の経歴を知らないわけでもないだろうに」

千夏「師匠が元自衛官なのは知ってる。それが何なの? どんな過去があったって師匠は今《天秤》に関わってる! 《天秤》の正義の執行に共感してる証拠じゃん!」

雄馬「あー、師匠のこと何も知らないんだあ?」

千夏「え?」

雄馬「俺、《天秤》を抜けてから情報を頼りに生きてきたんだよね。裏社会の有名人もたくさん知ってる。……もちろん、君のお師匠様のこともね」

千夏「あんたが師匠の何を知ってんの?」

雄馬「なんで君の師匠は自衛官辞めて殺し屋やってんの?」

千夏「……それは」

雄馬「俺は知ってるけど」

健吾「バカな。知り得るはずがない」

雄馬「誰にも話してないもんね? でも調べれば想像くらいはできる」

千夏「何? 何なの? 何の話してんの!?」

雄馬「君の師匠は《天秤》の正義の執行なんか興味ないんだよ。私怨で殺し屋やってんだもん」

千夏「何……言ってんの?」

雄馬「だから私怨で殺し屋やってんの。でもそれだけだと生活できないから《天秤》の軍事アドバイザー引き受けたんでしょ?」

千夏「そんなわけない! 師匠だって《天秤》のことは悪く思ってない! そうだよね師匠!?」

健吾「俺はプロだ。仕事をこなすだけだ」

千夏「こういうこと聞きたいんじゃない!」

健吾「……お前の言う通り、俺は《天秤》の思想に共感している」

雄馬「ダウト」

千夏「あんたは黙ってて!」

雄馬「だって実際ダウトなんだもん。ねえもっかい聞くけどさ、結城健吾が自衛官辞めた理由知ってる?」

千夏「だから、それは……」

雄馬「結城健吾はかなり特殊な経歴の持ち主だよ。自衛隊に入隊したのは18の頃。高等工科学校を卒業した直後だよね。ここまでは普通だけど……合ってる?」

健吾「無駄話はいい。姿を現せ」

雄馬「この学校って自衛官の学校だから卒業すると陸曹教育隊? とかいうのに入るらしいんだけど、結城健吾は普通科連隊ってところにいたことになってる。でもその当時の記録を見ても連隊のどこにも結城健吾はいない。これって所属を秘密にしないといけない部隊にいるってことだよね。つまりこの時点で君のお師匠様は特殊作戦群ないしその隊員を秘密裏に養成する部隊にいたんじゃないかな。入隊直後にそんなところに送られるなんて、ものすごい化け物だよね」

千夏「……特殊、作戦? それ、さっき言ってたヤツ……」

雄馬「君のお師匠様は裏社会では有名なんだよ。なんか元自衛官のクソ強い殺し屋がいるっぽいぞ。しかも女売ってたり強姦してるヤツばっか殺して回ってるらしいぞって噂になってた。そら皆それ以上は詳しく調べるのは難しかったっぽいけど、結城健吾は2年前に《天秤》の軍事アドバイザーになった。俺としては調べざるを得ないよね。だけど困ったことに自衛隊入隊後の情報はとにかく隠蔽と改竄の雨嵐で何もわからない。……だから俺は自衛隊じゃなくて結城健吾の人間関係を調べた」

健吾「!」

千夏「師匠……?」

雄馬「お師匠様さぁ、高校に入る前から付き合ってた子いたでしょ? 幼馴染みの響香ちゃん」

健吾「それ以上口を開くな」

雄馬「でも3年前に死んじゃってんだよね。かわいそ」

健吾「黙れ」

雄馬「ちょうどその頃から元自衛官の殺し屋の噂が広まり出した。さっきも言った通り、女に悪さをする連中ばかりを狙って殺してる。はは、ねえお師匠様、彼女さんの死因って何?」

健吾「黙れ……」

雄馬「あ、なんかレイプされてそのまま殺されちゃったんだっけ? 日本を守る自衛官なのに10年も付き合った彼女ひとり守れないのってどんな気分?」

健吾「黙れ! 殺すぞ社会のゴミが!」


  雄馬の拳銃の銃声。

  間。


雄馬「ああ、ほら。敵の言葉に耳を貸すから隙ができちゃった」

健吾「……っ! ぐぅ……!」

千夏「師匠!!」

雄馬「ああ。あははは。やっと顔出せるよ。やあどうも。元気してた?」

健吾「貴様……」

千夏「岸雄馬ァ!!」

雄馬「あはははは。威勢良く銃向けるわりに撃たないじゃん。だから顔出せたんだけどね俺」

健吾「どけ。俺が撃──」


  雄馬の拳銃の銃声が2発続く。


健吾「ぐあっ……!」

雄馬「お手々潰しちゃった」

千夏「この……!」

雄馬「撃つの? まあでもそんな感じはしないよね……ほら、震えてる」

千夏「う……」

雄馬「もうわかるだろ? 君のお師匠様は彼女をレイプされて殺されたから闇落ちしちゃっただけ。強姦魔や類似する犯罪者に私怨をぶつけてるだけで、別に正義なんてどうでもいいんだよ。だから《天秤》の正体に興味なんてなかったし、仮に正体に気付いていてもどうでもよかった」

健吾「撃て……岸雄馬を、殺せ……」

千夏「師匠……」

雄馬「《天秤》に正義はない。そんなところにいたって命の無駄だ。強化状態の真結ちゃんを出し抜く実力があって、正義に燃えてもいる君は《天秤》になんている意味はないんだよ」

千夏「うちは……でも……」

雄馬「俺と一緒においでよ。正義の執行者になろう」

健吾「敵の言葉に……耳を貸すな……!」

雄馬「ねえ君……名前は何ていうの?」


  間。


千夏「……うちは、月島千夏。正義の執行者」

健吾「……千夏!」

雄馬「ははは。歓迎するよ千夏ちゃん。悪さをすれば必ず裁かれる世界を作るんだ。さあ、神話を紡ごう」

千夏「わかってる」

雄馬「それじゃあ正義の執行者としての初仕事だ。私怨で何人も殺してる殺人鬼がいるんだ……そいつを殺してくれるかな?」

健吾「悪趣味な……」

雄馬「殺人鬼の名前は結城健吾。正義の執行者としての千夏ちゃんの最初の獲物だよ。あ、千夏ちゃん腕怪我してるんだ。片手で撃てる?」

千夏「拳銃あるから大丈夫」

雄馬「そっかそっか。……じゃあ、頼むよ」

千夏「ん」

健吾「……くそ」

雄馬「さようなら、結城健吾。正義の執行者を育ててくれてありがとう」


  千夏の拳銃の銃声。

  間。


健吾「……?」

雄馬「……ぁ、が……ぁ?」


  雄馬がどさりと倒れる。


千夏「師匠。うち、夢があるんだ」

健吾「……千夏?」

千夏「《天秤》は元から潰すつもりだったんだ。山岡征士郎も殺す気だった」

健吾「知っていたのか……?」

千夏「うん。師匠が《天秤》に来る少し前に気付いたの」

雄馬「くそ……芝居を打ってたのか……! こ、殺してやる……!」

千夏「小物は黙ってろ」


  千夏の拳銃の銃声が2発続く。


雄馬「ぐあっ! ぐぅっ……!」

千夏「師匠、止血するね」


  千夏がガサゴソとバックパックを漁り止血帯を取り出す。


千夏「師匠が《天秤》に来るまでのうちは弱くて、まともに戦えなかった。《天秤》の悪行を止めるだけの力はなかった。どうしようもないと思ってた」


  千夏が健吾にシュルシュルと止血帯を巻き付ける。


千夏「でも師匠が来たことでうちは考えが変わったの。師匠に鍛えられればうちは強くなれると思った。それに師匠が《天秤》の思想に思い入れがないことにも気付いてた。お金のためだって。それって、報酬を出せばきっと《天秤》潰しに協力してくれるってことだよね」

健吾「俺を雇うつもりなのか?」

千夏「そう。うちは《天秤》に裁きを下す」

健吾「いいのか? お前は正義にこだわっていた。このやり方は司法を通さない私刑だ」

千夏「いいんだよ。誰にだってエゴがある。うちの思う正義はルールを守ってちゃ貫けない。誰に悪と罵られようとかまわない。……師匠、うちの夢はね、偽善の執行者になることなんだ」

健吾「偽善の……執行者」

千夏「手伝ってくれる?」

健吾「……俺は、仕事をこなすだけだ」

千夏「そう言うと思った。報酬はたんまり」

健吾「報酬以上の仕事を約束しよう」

雄馬「《天秤》を……壊滅させるなら、俺と、同じだろうが……。どうして、俺を……拒む?」

千夏「あんたの思想は子供っぽい。美学を感じない。うちはうちの思う偽善を執行する。あんたの手足になるつもりはない」

雄馬「ははは……どうせお前も、同じ穴の狢だ……最後には、他の悪に殺されて終わるんだ」

千夏「知ってる。後悔なんてしない」

健吾「千夏……」

千夏「これがうちの存在理由。偽善の執行者としての第一歩」


  千夏の拳銃の銃声。

  空薬莢が転がる音。


〜fin〜

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