第九話 鎮魂の炎
「はあ……すっかり暗くなっちゃったな」
月明かりの照らす滅びた町の中心で横たわりながら、私はぼんやりと呟く。
ゴブリンキング──ゴブリアスとの戦闘が終わった後、私はひたすら残党狩りに終始した。
キングとその配下はスキルによって繋がっているから、当然統率者の喪失は他のゴブリン達に瞬く間に広がる。
その結果、何が起こるかというと……残党による総力戦。死に物狂いの復讐劇だ。
いや、復讐っていうと少し違うのかな。FBFの設定だと、キングを倒した敵を仕留めた者にはそれ相応の加護が悪魔よりもたらされ、次代のキングとしてより強い力を得られるっていう感じだった気がする。
まあ、正直、細かい設定はどうでもいい。大事なのは、お陰で周辺にある他の町や村に被害をもたらすことなく、ゴブリンの群れが一掃出来たこと。
そして……もはや数えるのも億劫なほどのゴブリンを相手にし続けたことで、私はもう一歩も動けないくらい疲れ果てたこと。
村を出てから時間が経ち過ぎて、確実に家族や村のみんなに迷惑をかけているであろうことだ。
「疲れたけど、早く帰らなきゃ……でも、その前にもうひと仕事」
体を起こした私は、人とゴブリンの死体が所構わず散らばり、物音一つしなくなった町を見渡す。
……この町をこのまま放置すれば、死体に無数の怨念が宿り、悪魔の加護を受けてアンデッドの巣窟になってしまうだろう。
理不尽な襲撃で命を落とし、おまけに死んだ後もその魂まで穢されるなんてこと、あってはいけない。
だから、この町を去る前に、この町の全てを浄化して消し去らなきゃいけない。それが、ゴブリンキングを仕留めた私の責任だ。
「《レクイエムフレア》」
掌に、小さな炎を灯す。
死者にのみ有効な、聖なる炎の魔法。
悪しき魂を焼き滅ぼし、無辜の魂を女神の御許に送る、そんな力だ。
「…………」
地面に落とした小さな種火は、ゴブリン達の死骸を焼き付くしながら一瞬にして町を覆い、並び立つ家々や横たわる遺体を優しく包み込む。
ゆっくりと、その怨念を溶かすように焼かれていく人々に、私は言葉に出来ない息苦しさを覚えた。
「私がもっと強かったら、この人達のことも守れたのかな……」
こんなの、何の意味もないことは分かってる。たとえどれだけ強くたって、この世界で起こる悲劇を全部食い止めるなんて不可能だ。私と同じくらい強いプレイヤーが何百人といたゲームの中でさえ、犠牲を無くすなんて無理だったんだから。
それでも……どうしても、考えてしまう。
燃えていく景色を、そこに残る僅かな生活感を見るだけで、どうしてもアーランド村を重ねてしまうから。
ここにも、あの場所と同じように日常があって……今回は、たまたまこの町が悲劇に襲われたっていうだけ。
一歩間違えば、今こうして燃えているのはアーランド村だったかもしれないんだから。
「……これはお返しします。お陰で、すごく……すごく、助かりました」
近くに横たわる母子の遺体の傍に、これまで振るってきた槍を添える。
この二人の持ち物ってことはあり得ないだろうけど、なんとなく、こうした方が良いと思ったからだ。
すると──どこからともなく、声が聞こえた。
『ありがとう、家族の仇を討ってくれて』
「えっ、あっ……」
気のせいだろうか。炎の中に、互いに身を寄せ合い笑顔を溢す、三人の親子が見える。
そのうちの一人……槍を携えた男性が、私にその槍を差し出した。
『お礼と言ってはなんだが、これは君に譲るよ。どうか君は、大切なものを守り抜けますように──』
町を包んでいた炎が、より一層強く吹き荒れる。
全てを呑み込み天へ昇る葬送の竜巻が、やがて消え去った後……そこに町があった痕跡すら失くなったその場所に、一本の槍が残されていた。
「…………」
掴み取ってみると、驚くほどに私の手に馴染む。
大人が持つに相応しい長さを持っていた柄は一回り小さくなり、穂先が炎のように真紅の色に染まっている。
軽く振ってみれば、星明かりに照らされた赤い金属が炎の斬閃を宙に描き、暗闇に瞬く。
「炎と……聖属性が付与された魔法の槍、かな? ……こんなの、初めて見た」
ゲーム的に言えば、これはクエスト達成の報酬ということなんだろう。
でも、この槍をそんな無粋な表現で表すことは、どうにも憚られた。
「ありがとうございます。大事にしますね」
空へ向かって頭を下げた私は、踵を返して帰路に就く。
これから先の身の振り方、そして何より……今日のこと、家族になんて言い訳しよう、と悩みながら。
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