第六話 蹂躙開始
今日も今日とて特訓しよう、と、森に入った私は、いつも以上に奥深くまでやって来ていた。
ここ最近、やたらとゴブリンの姿を見るのに、一度も襲われない。それがどうにも不気味で、ちゃんと調査するべきだと思ったからだ。
まあ、私はあくまで前世ゲーマー、今世ただの幼女だから、調査なんて言ってもあんまり捗らず、もう三日も経つんだけど。
「……よし、見付けた」
だから、今日はちょっと趣向を変えて、ゴブリンの後を尾行してみることにした。
思い切りスピードに任せて追い掛けるんじゃなくて、出来るだけ気配を消して、巣穴を探す。
それを見付け次第、私の手で討伐するのだ。
「どんどん奥まで行くなぁ……」
私に気付いていないのか、特に振り返ることもなく進んでいくゴブリン。
あまり進み過ぎると、時間までに家に帰れないなぁ……なんて、そんな呑気なことを思っていると。
「よぉ、嬢ちゃん。こんなところに一人だと危ないぜ?」
森の奥から、一体のゴブリンが現れた。
お父様と同じくらい大柄の体躯に、大きな棍棒を担いだゴブリン。この感じは、ゴブリンナイトかな?
そんなナイトに引き続き、たくさんのゴブリン達がどこからともなく現れて、私を取り囲んでいく。
「抵抗すんなよ、殺されたくなかったらな。タイラントベアを殺すくらいの力はあるらしいが、その程度じゃ俺には勝てん」
自信満々に宣告するゴブリンナイトと、下卑た笑みを浮かべてにじり寄ってくるゴブリン達。
ゴブリン達は見るからに手作りの槍で武装していて、刺されたら死ぬというよりはただただ痛そう。
でも、そんなゴブリン達の中に一匹だけ……明らかに、人の手で作られた槍を持ってる個体がいた。
「ねえ、その槍、どうやって手に入れたの?」
「あん? ……ああ、そんなもん、人間を殺して奪ったに決まってんだろ?」
なんてことないように、ゴブリンナイトが軽々しく言う。
……実際、なんてことないことなんだろう。
せっかく奪った槍を、何の抵抗もなく言葉すら喋れない下級ゴブリンに持たせるくらいだ。きっと、この程度の装備はこれまで何度も奪ってきてる。
そもそも……そうじゃなかったら、ゴブリンナイトなんて産まれない。
「そう……なら、容赦する必要なんてないね」
その瞬間、私はおもむろに突き付けられた槍の穂先を掴み取った。
「グギッ!?」
一匹だけ仲間より良い槍を持たせて貰ったことで、調子づいていたのか。他のゴブリンよりやや前のめりになっていたそいつを、槍ごと私の方に引っ張り込む。
バランスを崩し、私の目の前に転がるゴブリン。その首を踏んづけてへし折ると、槍を奪い取ってナイトへ突き付けた。
「あなた達全員……私が、"殺してあげる"」
「一匹仕留めたくらいで、調子に乗るな!! やれ、お前ら! 手足の一本や二本、捥いで構わん!!」
ナイトの指示で、ゴブリン達が一斉に私に群がって来る。
同士討ちすら気にしない、捨て身の特攻。でも、それに私が付き合ってあげる義理はない。
「《敏捷強化》」
スキルで強化したスピードに任せ、強引に包囲を突破する。
目標を失い、互いを傷つけ合うゴブリン達。そいつらを、私は纏めて槍でぶん殴る。
「《筋力強化》」
「グギャア!?」
槍本来の使い方と違う気はするけど、私は正式に槍の使い方を習ったことなんてないから、《槍術》のスキルだって持ってない。
それに……普通のゴブリンが相手なら、ステータスに任せて殴るだけでも、殺すには十分だ。
「やあぁ!!」
「グギィ!?」
「ギャッ!?」
私が槍を振り回す度、ゴブリン達が次々に死んでいく。
型も技も何もない、ただ素早さに任せて攻撃を回避し、力任せに殴り付ける。ただそれだけの、我ながら獣みたいな戦闘。
それだけで、私は一切傷を負うこともなく、ゴブリン達だけが一方的に命を散らし、血飛沫を上げて倒れていく。
「てめえ、あまり調子に乗るなぁぁぁ!!」
そしてついに、ゴブリンナイトが私に襲い掛かって来た。
極太の棍棒が力任せに振るわれ、私の頭上から地面を叩き割る。
でも、当たらない。根本的に、スピードが違いすぎる。
「この、ちょこまかちょこまかと……!! 動くんじゃねえ!!」
「そんなこと言われて、止まるわけないでしょ?」
動きながら、私は槍でナイトの足を突き刺す。
ただ、やっぱり上位個体となると体の頑丈さも違うみたいで、上手く刺さらない。体の表面を滑って、浅く傷付けるだけに終わった。
「っ……! ははっ、そんなナマクラで俺を殺せると思うなよ!? お前どれだけ足掻こうが、俺に勝てるわけが……」
「うるさい」
「グガッ!?」
跳び上がって槍の柄で側頭部を殴ると、ナイトは痛みによろけながらも怒りの形相で私を睨む。
やっぱり、単純なパワーだけならちゃんとナイトに通用してる。《身体超強化》まで使えば、殴るだけでも十分仕留められるだろう。
でも、それじゃあダメだ。こいつのボスであるゴブリンキングのレベルが分からない以上、身体スペックで殴るだけじゃ通じない可能性がある。
だから──ここで、こいつらを相手に練習して、武器スキルを一つ習得しておきたい。
「やあ……!」
ナイトの攻撃を躱して、その体を槍で突く。周囲に群がるゴブリン達をやり過ごし、一匹ずつ槍で突き刺し殺していく。
でも、やっぱり普通のゴブリンの体は貫けても、ゴブリンナイトの体は貫けない。
力は足りてる。加護も十分だから下地もある。
後は、私自身の意識と感覚、技術の問題だろう。
その壁を、ここで超えてみせる!
「グッ……この……!!」
悪いのはどこだろう?
単純に狙いどころ? 体重の乗せ方? それとも、魔力の使い方だろうか? 確かゲームでは、武器スキルでも魔力は消費してたはずだけど。
仮説を立て、実証し、それまでとの違いを検証し、次に繋げる。
細かく繰り返すトライ&エラーの積み重ねによって、私の槍も少しずつ、ナイトの体へと着実なダメージを刻めるように成長していく。
よし……これなら、いける!
「これで、どうだ!!」
踏み締めた足を起点に、体重と魔力を槍の穂先に集中。狙いを済ませて、ナイトの腹へと突き立てる。
その一撃は、間違いなくこれまでとは比較にならない速度と威力を伴って表皮を穿ち──ナイトの体を、貫いた。
「やった……!!」
ハッキリと伝わる手応えから、私は自分が《槍術》スキルを習得出来たことを確信する。
これで、私はようやく先に進める。
そんな達成感を覚えていると、その瞬間こそを待っていたとばかりに、ナイトは私の槍を掴み取った。
「グフッ……油断したな……これならお前も躱せまい……!! 《壊撃波》ぁ!!」
棍棒を振り被り、身動きの取れない私を仕留めようと、武器スキルによって放てるようになる"戦技"を行使するゴブリンナイト。
私を叩き潰そうと迫る圧倒的な暴力を前に、私は──笑った。
「お手本見せてくれてありがとう。《身体超強化》」
「なっ……!?」
これまで封印していたスキルを使い、身体能力を大幅に向上。力に任せて槍を振り回し、戦技発動途中のナイトを投げ飛ばす。
数体のゴブリンを巻き込みながら木に激突したナイトは、「カハッ」と息を吐きながら崩れ落ちる。
そこへ、私は真っ直ぐ槍を構えた。
「《スラスト》」
槍に魔力を纏わせ、前世で何度も目にした戦技の動きをイメージ。全力で解き放つ。
一瞬でナイトとの距離をゼロにした私は、突進の勢いをそのままにナイトの体を貫き、穂先から魔力を爆発させた。
「ガ……ハッ……!?」
胸に大きな風穴が空き、激しく吐血するゴブリンナイト。
この状態で即死しないなんて、どれだけ丈夫な体してるんだか。
「バカな……この俺が……だが、これで勝ったと、思うなよ……俺と同格のナイトは、まだ三体……キングも……俺より、遥かに……」
「情報提供ありがとう。全部私が殺しに行くから、一足先に地獄に落ちてね」
「グァ……!?」
トドメの一撃で頭を貫き、完全に絶命させる。
槍を引き抜き、軽く振って血を払った私は、周囲にいる生き残りのゴブリン達を睨み付けた。
「さて……次に死にたいのは誰かな?」
ゴブリンは、死を恐れず人を見ればすぐに襲い掛かって来る凶暴な魔物だ。でも、キングに率いられたゴブリンは知能が上がり、戦略的な行動を取れるようになる。
でも……それは逆に言えば、ただの死兵でしかなかったはずのゴブリンに、とある感情を与えることにも繋がる。
自分より圧倒的に格上の敵に恐怖し、巣に逃げ帰ろうとする防衛本能だ。
「グギャアァァ!!」
「ギャッ、ギャギャァ!!」
蜘蛛の子を散らすように、生き残りのゴブリン達が逃げていく。
狙い通りの展開を受けて、私はすぐさまゴブリン達の"追跡"を再開するのだった。
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