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第十話 暗躍の影

「……何? ゴブリアスが死んだ? 確かか?」


 とある屋敷の中で、一人の男が眉を顰める。

 その視線の先には黒い"影"のようなものが浮かび、男に口を開いていた。


「ああ、間違いない。千を超すゴブリンの群れは全滅し、鎮魂魔法で浄化までされた。あれでは、町の残骸を使った儀式すら出来ん」


「バカな……ゴブリアスの力は、既に魔王軍の部隊長レベルだったのだろう? あれを仕留めるとなれば、Aランク以上の高位冒険者の力が必要なはず。まして、ゴブリンの群れまで全滅させられるとなると……」


「ああ、相当に限られるだろう。それこそ、この国の切り札……Sランク冒険者レベルでなければ、な」


 影の言葉に、男は黙り込む。

 パルテノン王国が誇る最高戦力……Sランク冒険者。


 悪魔の力を得た魔物達や、その支配者たる"魔王"の脅威に人間が晒され続けて数百年。その最前線を自負するパルテノン王国では、対魔物の戦闘を専門とする"冒険者"達に様々な便宜を図ることで、防衛力を高めて来た。


 そんな冒険者の中でも最強格と言われるのが、世界でも五人しかいないSランク冒険者。そのうちの三人が、このパルテノン王国に属している。


 彼らであれば、万を超すゴブリンの軍勢にも単独で対処出来るだろうが……。


「いや……それはあり得ない。Sランクの三人の動向は、ずっと警戒していたんだ。万が一にも、ゴブリアスと鉢合わせるはずがない」


「ならば、何が原因だと?」


「……そうだな、可能性があるとすれば……元Aランク冒険者、《閃光》のグレイグか」


 十五年ほど前に起きた、魔王軍とパルテノン王国を中心とした人類連合軍との大激突。

 その激しい戦闘の中で活躍し、貴族の仲間入りを果たしたのがグレイグ・アーランドだ。


 家庭を持ったことで冒険者は引退したが、現役を続けていれば今頃はSランクにも到達していただろうと言われている。


「前線を退いて長い以上、当時よりも弱くなっているだろうと考えていたが、まさか強くなっているとは……それとも、息子の方か? 優秀だとは聞いているが……ふむ……」


 椅子に腰掛け、指で机を叩きながら思索に耽る。

 やがて考えを纏めた男は、それを確認するように影へと口を開いた。


「一度、アーランド家に探りを入れてみよう。ちょうど、社交の場も用意されているからな、連中も来るはずだ」


「ああ、それがいいだろう。くれぐれも、ゴブリアスのように仕掛け時を見誤ってしくじるなよ、君の立場は我々魔族にとっても有用だ」


「ああ、分かっているさ。問題はない」


「ならばいい。……ではな、我が友よ」


 そう告げて、影は姿を消す。

 最後に残された言葉に、男は笑みを溢した。


「友、か……果たして、本当にそう思われているのか。だが、使える内はそれでいい」


 手元の書類を眺めながら、男は呟く。


 人の身でありながら、その敵たる魔族に与する罪深さを知りつつも、なお。


「目的のためなら、なんだってしてみせよう。魔族と手を組むくらい、今更だ。大したことではない」

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