聖女は夢のお告げで未来の旦那様を知る
聖女ミレーヌは夢を見る。
神そのもののようなまばゆい光が彼女の夢に現れた。
「聖女ミレーヌよ……神託を授けましょう……」
神は言った。
「夏の夜……あなたは司祭ヴィクトールと結ばれます……」
ミレーヌは目を開ける。
朝になっていた。
ミレーヌは真っ青な顔で飛び起き、震える手で頭を抱える。
「は?え?そんな……!」
何もかもが信じられない、修道院の夏の朝。
「司祭様と結ばれる……!?そんな馬鹿な……!」
しかも、この神託を件の司祭に告げなければならない。それが聖女の決められた日課だった。
このセナヴィル国では、「神託」と呼ばれる予知夢を見る乙女を〝聖女〟とし、その神託を司祭に届ける習わしがあった。
ミレーヌは幼少の頃から予知夢を見た。田舎暮らしの彼女だったがその噂は瞬く間に都まで広がり、彼女はこの修道院に聖女として招き入れられたのだ。それ以来、彼女は予知夢で国の危機を救い続けた。夢の内容は大概が国や世界情勢のことだったので、今日のような極めて個人的な内容を見たのはミレーヌにも初めてのことだった。
「聖女。今日の神託を言い給え」
ミレーヌは首をすくめて目の前の司祭、ヴィクトールを見つめた。
彼がこの修道院を束ねる修道院長だ。セナヴィル国の教義では女性の修道長は認められておらず、男性修道院も女性修道院もトップは男性と決められているのである。
年齢はミレーヌより10歳年上の28歳。亡国イルマシェ王家の血筋を引く、黒髪にどこか鋭い視線を持つ高貴な雰囲気の男。修道女たちからは密かな熱視線を浴びせられているが、彼は立場をわきまえているので色恋沙汰など全く起こしたことがない。神に誓いを立てているので結婚歴もない。彼は絵に描いたように真面目な男なのだ。
もし彼が結婚出来るとしたら司祭を辞めた時と決まっているが、それもあり得ない。司祭という地位は数々の選抜をくぐり抜けなければならず、とても難関だ。わざわざその地位を手放す方が稀だからである。
無論、聖女も。
聖女は予知夢を見る乙女でなければならないと決まっている。この地位を恋愛沙汰でわざわざ手放すのは、ミレーヌも本意ではない。死ぬまで国を救い続けるのが聖女だ。その代わり何不自由ない生活が保障されているのだから、途中で投げ出すつもりなど毛頭なかった。
「……聖女よ。どうした?」
ミレーヌは真っ青になって顔を上げた。
「君が予知夢を見ない日は今までなかっただろう。早く言うんだ」
ミレーヌは何も言えない。その様子を見て、今度はヴィクトールが青ざめる番だった。
「まさか君は……聖女ではなくなったのか!?」
ミレーヌは首を横にぶんぶんと振った。
「司祭様、そんなことは絶対にあり得ません!見ました、夢を……!」
「では早く話せ」
ミレーヌは歯を食いしばり、覚悟を決めた。
「うっ……あの、まずは筆記しないで、ただ聞いていただきたいんです。書いたら取り返しがつきませんので」
ヴィクトールはほっとした表情で頷いた。
「分かった、きっと重要な神託なのだな……聞こう」
ミレーヌは今度は真っ赤になり、覚悟を決めて言った。
「聖女は……夏の夜、司祭ヴィクトールと結ばれます」
祈りの間が、一気に静かになった。
「……は?」
間の抜けたヴィクトールの声が堂内に響き渡る。ミレーヌは震えた。
「す、すみません」
「……冗談だろ?」
「……」
「何かの間違いだ」
「……私もそう思いたいです」
二人はうつむき、互いに言葉を失う。
ミレーヌはちらりとヴィクトールを見上げる。
彼もまた真っ赤になっていた。
それを目の当たりにし、ミレーヌの心は沸騰する。
「で、ですから私──どうしたらいいか」
そう言った彼女に、ヴィクトールが額の汗をぬぐいながら視線を戻して来る。
彼は少し冷静さを取り戻そうとしたのか、こんなことを言った。
「私は司祭を辞す気はない。君も聖女を辞める気などないはずだ」
ミレーヌは力強く頷いた。
「神の御心は分かった。だがこればかりはどうにもならない」
やはり……と聖女は思う。
「どうせ我々は死ぬまでこの聖堂から出られないんだ。これからも、互いに今までと同じように暮らし続けよう。それだけだ」
二人の会話に少し、奇妙な空白が生まれる。
ミレーヌは先程の彼の言葉に、少し熱っぽい含みを感じた。
「死ぬまで……」
ミレーヌが探るようにそう呟くと、ヴィクトールは赤い耳を見せるようにぷいとそっぽを向いた。
「次の仕事がある。では、明日もいつも通りここで落ち会おう」
ミレーヌはぽかんと司祭の背中を見送りながら、あることに気がついた。
確かに、結婚などしなくても二人はこの聖堂の中で、死ぬまで共同生活を送るのだ。
(今までもこれからも、ある意味結婚同様、我々は契約によって住まいを同じくするのよね……)
ミレーヌは肩から少し力を抜いた。
(そうよ。あまり細かいことは気にせず、普段通りに暮らせばいいわ)
それにしても、ちょっと気になることがある。
(神託を聞いた司祭様、顔が真っ赤だった)
彼はきっとそういったことに免疫がなく、慌てただけなのだ。そうに違いない。二人とも、誰も愛さず生涯独身を貫くのだ。ミレーヌはそう自分に言い聞かせるが、突如降って湧いたある予感に急に緊張し出した。
(結婚制度は使えずとも、心の中では何を思っていても自由なのよね……)
聖女の心は、急にヴィクトールを意識し始める。
ミレーヌは、午後はいつもの日課である洗濯作業をした。
取り込んだものを部屋ごとに持ち運ぶ。ある籠を受け取って、ミレーヌは青ざめた。
司祭の洗濯物の入った籠だ。
(まさか……)
神の手が、こんなところにも及ぶと言うのか。ミレーヌは諦め半分、興味半分で司祭の居住棟に足を踏み入れた。
ノックをし、扉を開けるがそこにヴィクトールはいなかった。
(よかったぁ……気まずいし、早く行こうっと)
洗濯籠を部屋の隅に置き、踵を返そうとしたその時。
急に開け放たれた扉から、ヴィクトールその人が入って来たのだ。ミレーヌは彼の急な登場に、へなりとその場で腰を抜かした。
「……大丈夫か?」
いつもの冷静沈着な司祭の声。ミレーヌは意識し過ぎるのもいけないと思い、誤魔化すように笑った。
ヴィクトールはそれを見下ろし、少し悲しそうに言葉を落とした。
「……嫌だよな、やっぱり」
ミレーヌは叫び出しそうになるが、それを真っ赤になってこらえる。
「君が希望するなら、教皇庁に配置転換願いを出すことも考えている」
ミレーヌは固まった。
ヴィクトールがいなくなって、別の司祭が来ることになったら……
(──やっぱり、嫌だな)
ミレーヌは混乱する頭で考える。かつてこの修道院は女同士のいさかいが絶えなかったと言う。しかしヴィクトールが司祭に就任してから、誰も争うことはなくなったらしい。彼は組織政治に長け、出しゃばり過ぎず、クソ真面目で仕事の速い司祭であり、誰もが優秀な彼に嫌われたくない一心で頑張ったので、この平和な現状があるのだ。
ミレーヌが、聖女という特別待遇にも関わらず快く迎え入れられ平穏に暮らせているのは、彼という上司の影響も大きいのだ。何も知らない別の司祭にこの平穏な修道院をひっかき回されるのは、ミレーヌとしても避けたかった。
「それはやめてください。私、この修道院の司祭様が変わるのは嫌です」
ヴィクトールの方は予想と違う答えが返って来たようで、目を丸くしている。ミレーヌは自力で立ち上がった。
「……そうか?」
「はい。それに……」
ミレーヌは言いそうになった言葉をぐっと飲み込む。
(私にとってあなたは理想の上司ですし、好ましいとさえ──)
こんなことは言うべきではない。あっちの迷惑になったら困る。聖女は自重した。しかし。
「……それに?」
静かに次の言葉を促して来るヴィクトールに、ミレーヌはどぎまぎした。
「えーっと、上司が今変わるのは、みんなが困るだろうなーと……」
彼は少し寂し気に頷いた。
「確かに……みんなで力を合わせ、問題なく運営出来ている。自分の勝手な感情で均衡を崩したくないというのは、私も思うところだ」
まるでそう自分に言い聞かせているようだ。ミレーヌは何だか10も年上のこの男が急にいじらしく思えて来た。
「あの、司祭様」
ミレーヌは一生分の勇気を出す。
「司祭様は私のこと、どう思ってらっしゃいますか?」
ヴィクトールは面食らってから、顔を真っ赤にした。
「どうって……」
互いに下を向いたその時。
「司祭様?お客様がお見えです」
別の修道女が現れたので、ヴィクトールはそっちに顔を向けた。
「分かった。今行く」
ミレーヌがおっかなびっくり黙っていると、彼はすれ違いざまにさらりと言った。
「その質問には、多分死ぬ間際まで答えられない」
今度はミレーヌが顔を真っ赤にする番だった。
しばらくミレーヌの見る予知夢の内容は、国内外の政治のことに終始した。
ミレーヌはどこかほっとしながら、日常生活を送る。
毎朝顔を合わせるヴィクトールも、あれからまたいつもの司祭に戻って行った。
ただ、やはりお互いぎこちなくなったのは確かだ。
視線を合わせる時、二人は以前より互いに表情を探るようになっている。
聖女は寝入る間際、いつもその探るような彼の視線を思い出し、苦しい胸を押さえる。
ヴィクトールの、以前より慈愛に満ちた視線。話しかけて来る時の声色。やはり以前とは違う気がするのだ。
(きっと勘違いよ……意識し過ぎているだけ……)
そう言い聞かせるが、ミレーヌはもうずぶずぶと恋の沼に足を取られていた。
(神を信仰しているはずの二人が、神託に逆らって互いの気持ちを無視し合うのも不自然よ)
気持ちが抑え切れなくなって来ている。
(あなたを好きになったみたい、と言えたら……楽なんだろうけど)
ミレーヌはベッドから出て、夏の夜空を見上げた。
(神様、今こそあなたの言う夏の夜です。奇跡を起こしていただけますか?)
乙女の小さな祈り。
その祈りを星が見届けたかのように、外で物音がした。
ミレーヌは窓から外を見てぎょっとした。ヴィクトールが、ひとり修道院の庭を横切り歩いて行ったのだ。
気づけば、聖女は窓をまたぎ、裸足で草の上を踏みしめていた。
音もなく、月を見上げるヴィクトールに歩み寄る。
「……司祭様」
小さく声をかけると、ヴィクトールはおっかなびっくりこちらを振り返った。
「びっくりした……ミレーヌ、裸足で来たのか?」
ミレーヌは「聖女」と呼びかけられなかったことに、密かに心を震わせた。
「ヴィクトール様」
彼女があえてそう呼びかけると、彼は口を滑らしたことに気づいたらしく、月明かりの下で顔を赤くした。
「……何の用だ?」
「用なんて、ありません」
「そうか……」
「でも、あなたのことを考えると毎晩苦しくて……あなたと話がしたくなって」
ヴィクトールはうなだれる。
「……苦しいのは私も同じだ」
彼がようやく白状する。ミレーヌはほっとすると、彼におずおずと近づいて顔を上げた。
「神のいたずらとはよく言ったものだ。気持ちを抑え込んでいたのに、例の神託のせいで全てが水の泡になった」
ミレーヌはそれを聞くと、こらえ切れずに微笑んだ。
「ヴィクトール様が言いたくないのなら、言わなくていいです。私はあなたの苦しみを少しでも軽くしたいだけなんです」
ヴィクトールは彼女を真っすぐな瞳で見下ろした。
「……君に言っていないことがある」
ミレーヌは胸を押さえた。
「私が司祭になったいきさつだ」
ミレーヌは頷く。ヴィクトールは周囲を憚るように声を低くした。
「私は亡国イルマシェの王子だった。ここまでは皆知っての通りだが──実は私はそのせいで、ずっと命を狙われて来た」
ミレーヌは青ざめる。その出自は知っていたが、命を狙われていたことまでは知らなかった。
「だから司祭になった。司祭は結婚出来ず、子孫を残せない。その制約を自らに課したからこそ、私は政治と切り離された存在と周囲に認識され、生かされている。現に神職に就かなかった兄弟は暗殺され、もうこの世にいないんだ」
彼が司祭になったのは、決して生活手段や名誉欲のためではなかった。
──自分の命を守るため。
「私は君が思ってくれるような、信心深いとか、高尚とかいう類の人間じゃない。本当は、何かから逃げ回っているだけの人間だ。君のような神から選ばれた人間は、私から離れていた方がいい。あまり近づくと政争の巻き添えを食うぞ」
ミレーヌは彼の不幸な生い立ちを受け止める。
「そんな風に自分を卑下しないでください。私は……」
聖女は微笑んで、地面を指さした。
「ずっとあなたといますよ、ここに」
ヴィクトールはどうにか無表情を保とうと腐心したらしいが、出来ずに思わずはにかんだ。
本当に幸せそうな笑顔で。
「……ありがとう、ミレーヌ」
聖女はその笑顔に見とれた。
(司祭様のこんな笑顔、初めて見る)
その表情を毎日見たい、と聖女は夢見た。その表情で語りかけ、触って欲しいとすら。
しかし。
「……もう離れよう。互いに自制が効かなくなる前に」
二人はその夜、一度も触れ合うことはなかった。
それでも自室に戻ったミレーヌの心は、前よりずっと暖かく揉みほぐされていた。彼が苦しみを打ち明けてくれたことが、何よりも嬉しい。
聖女は心満たされ、久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。
その後、過酷な運命が待ち受けていることも知らず──
「イルマシェ王国が復活を果たします」
ミレーヌは衝撃的な神託に目を見開いた。
イルマシェ王国と言えば、ヴィクトールが王子だった国。今は他民族に滅ぼされ、彼は親族と共にこの国に亡命したのだ。その亡国が、復興すると言うのか。
朝の礼拝堂で待っていた彼は、その神託を聞くや顔を白くした。
「馬鹿な……そんなことが」
「ヴィクトール様のところには、そのような話は来ていませんか?」
「来ていない。親族にも、もう会っていないし……」
言いながら、司祭の表情が曇った。
「……イルマシェが復活するとなると、私はもうここにはいられなくなるかもしれないな」
礼拝堂に重苦しい空気が漂う。
そんな時。
礼拝堂の扉が勢いよく開かれる──
「司祭様!」
修道女たちが、真っ青になって飛び込んで来た。
「修道院に、どういうわけか王宮兵士が大挙してやって来ました!」
「ヴィクトール司祭をただちに拘束すると……!」
ミレーヌはそれを聞いて震え出す。ヴィクトールはその背中を支えた。
「分かった。今行く」
神様、とミレーヌは声に出さず叫ぶ。
ヴィクトールの背中が徐々に視界に小さくなって行くことに、彼女は耐えられなかった。
ミレーヌは走り出す。
「ま、待って下さい!」
その声に振り返ると、ヴィクトールは追いすがる聖女の両肩を掴み、低い声でこう囁いた。
「……私はまだ、君と結ばれていない」
ミレーヌはぽかんと彼を見つめる。
「だから必ず無事に帰って来る。死んだら神託が外れたことになる。そのようなことは今までにない。そうだろ?」
神託を、聖女の力を、何よりも信じているのはミレーヌではなく、彼だった。
ミレーヌは目をこすりながら頷いた。
「君は私の帰る場所を守ってくれ。頼んだよ」
二人の間には、口づけも贈り物も、甘い言葉すらも交わされたことがない。
あるのは、真摯な口約束と絡み合う視線のみ。
「……分かりました」
互いの瞳をじっと見つめ合ってから、彼は振り切るように修道院を去って行く。
遠くで扉の閉まる音がすると、ミレーヌはその場に崩れ落ちた。
それから一か月後の、ある朝。
突如修道院がセナヴィル国の兵士に占拠され、同時にヴィクトールが彼らを率いて帰って来た。
特にそのような神託はなかったので、ミレーヌは喜び勇んで玄関に駆けつけた。久しぶりに見るヴィクトールは少し痩せていたが、それ以外は元気そうだった。
「……司祭様」
久々の聖女の呼びかけに、ヴィクトールは兵士に囲まれながらも、あの幸せそうな微笑みを浮かべた。
しかしその口から出たのは、予想だにしない言葉だった。
「聖女よ。私は司祭を辞めなければならなくなった」
ずきんとミレーヌの心は痛んだ。
「……え……?」
「今からその理由を説明する」
ヴィクトールは兵士に言伝し、ミレーヌを礼拝堂へと連れて行った。
毎朝神託を記した礼拝堂で、二人は向かい合う。
「実は……私がイルマシェの王に据えられることが決まった」
ミレーヌは目を丸くする。
「……はい?」
「今、イルマシェの復活を吹聴し、他民族に利用されて方々に宣戦布告しまくっている馬鹿な末っ子王子がいてな」
「……」
「利用されやすい性質の愚か者なので厄介だと思っていたが、彼はあらゆる国の傀儡にされるため担ぎ出されているようだ。余りに危険過ぎるので、セナヴィル国から彼を鎮圧するよう要請が入った。そういうわけで親族と国とで協議し、現状一番年長者の王子である私を担ぎ上げ、セナヴィル国内に亡命政府を立ち上げることにしたんだ。馬鹿王子の建国だけは阻止しなければならない」
「……」
「ここはこれから亡命政府の要所となる。みんなには本当に迷惑をかけるが、必ずいつか出て行くから」
ミレーヌは理解が追いつかない。しかしじわじわと涙が溢れ出す。
「じゃあ……私はヴィクトール様ともう一緒にここで暮らせなくなるんですか?」
ヴィクトールはそう嘆く彼女をじっと見つめると、覚悟を決めてこう言った。
「もし、本当に君がそばにいてくれると言うならば……この争いが終わった暁には──君を、王妃に」
ミレーヌは更にぽかんとした。
「え?え?」
「その時は恐らく、私は司祭ではないだろうから」
「えぇっ!?」
「嫌ならいい。君を巻き込みたくない。けど、ミレーヌの顔を見てたら、どうしても自分勝手な気持ちを抑えられなくて」
「……」
「……ごめん」
ミレーヌは駆け出すと、ヴィクトールの首に抱きついてわんわんと泣く。
「私、嬉しいです。あなたがやっと自分勝手になれたことが……」
ヴィクトールは彼女の髪を撫でると、愛おしそうにその額に頬ずりをした。
数か月後。
ミレーヌはヴィクトールが戦地に赴く前日、彼の腕の中で予知夢を見る。
「司祭ヴィクトールは聖女の助けによって、イルマシェ王国の王となります」
聖女は、この時初めて夢の中で神に告げた。
「神様、ありがとうございます。私たちに、誰かを愛する勇気をくださって」
光はぐにゃりと曲がり、神々しい勝利の女神の形を作る。
「……行ってらっしゃい、私の可愛いミレーヌ」
ようやく形を現した予知夢の主はそう告げて輝きを増して行く。ミレーヌは夢の中で溢れる光に祈りを捧げた。
その後イルマシェへヴィクトールを送り出した彼女は、〝眠れる聖女〟として予言を伝令し続けた。その予言の的確さからイルマシェは奪還され、いつしかミレーヌは〝勝利の女神〟と謳われることとなる。
それから三年後、ミレーヌは何の前触れもなく夢を見なくなった。
聖女の任を解かれたミレーヌは王妃としてイルマシェ王国の若き王ヴィクトールに迎えられ、国の統治に奔走する忙しくも幸せな毎日を送っている。