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036 魔導具学部長の研究室

 ◇◇◇◇◇

 ヴェルナーが辺境伯の王都屋敷の離れ家を研究所にした日の夜のこと。

 賢者の学院の魔導具学部長の研究室では、魔導具学部長が一人で頭を抱えていた。


「クソがっ!」


 魔導具学部長は怒りにまかせて、壁にインク壺を投げつける。

 当然、壺は砕けてインクが飛び散った。



 魔導具学部長も一流の魔導具学者だ。

 だというのに、助教に過ぎなかったヴェルナーの研究ノートの解読すら終わっていない。


 本来の研究ノートは別にあり、適当にでたらめを書いているのでは? と思ったこともあった。

 だが、少しずつ解読が進んできたのだ。

 何をするための魔導具なのかが、判明しつつあった。


 ということは、つまり研究ノートは本物だ。

 本物の研究ノートを手にしたというのに、理解できない。

 未だにわからない部分が九割を占めている。

 ヴェルナーが残していった部品類もどう使えばいいのかすらわからない。


 それは魔導具学部長のプライドをひどく傷付けた。


「あいつら……」


 魔導具学部長の脳裏に浮かぶのは、定時で帰って行った助教たちのことだ。


「俺より先に帰りやがって……。この開発が終わったらクビにしてやる」


 最近では魔導具学部長は常にいらついていた。

 そのため、助教や准教授、院生たちへの態度がますます理不尽になりつつあった。

 手が出ることも、一日に一回や二回ではない。


 だから、研究所全体の士気は著しく低い。



 ◇◇◇◇


 そのころ、魔導具学部長の研究室メンバーは酒場にやってきていた。

 定時で強引に上がって、酒を飲みながら学部長の悪口をいうのが、彼らの日課だ。


「自分もわからねーくせに、怒鳴りつけるとかひどいと思いません?」

「ほんとにな。学者としてはヴェルナー先生の方が数倍上ってことを、自覚して欲しいよな」

「嫉妬して、追放している場合かっての。それで開発出来なくなるとか、馬鹿なんじゃねーか?」

「俺、明日からしばらく休みますわ」

「あ、俺もそうしようかな。理不尽に殴られるのはもう我慢ならん」


 魔導具学部長の指導下にある者たちは、ストライキに入ることを決めた。

 だが、それを魔導具学部長が知ることはなかった。


 ◇◇◇◇


 魔導具学部長は追い詰められていた。

 学院長からは嫌味を言われ、ゲラルド商会からは脅されている。


 魔導具学部長は家にも帰らず、ヴェルナーの残した物の解読作業を続けていた。

 その作業は深夜に及ぶ。


 卒業研究の時期はとっくに終わっている。

 春休みの時期に入っているので周囲の研究室には残っている者はいない。

 職員たちもとっくに帰っている。


 ――コト


 だというのに、入り口から音がした。

「む? 誰だ?」

 助教たちの誰かが、心を入れ替えて、手伝いに来たのかもしれない。


「お前ら、さっさと作業に戻れ! ふん!」


 お礼も言わず、音のした方に目を向けることもなく魔導具学部長は吐き捨てた。


「さっさと……」

「さっさとするのはお前だ」

「なに!?」


 知らない声が聞こえて、魔導具学部長は慌てて振り向く。

 だが、視界が一瞬で暗くなる。


「なに? なんだ! おい――」

「黙れ」


 首にひんやりとした金属の感触があった。


「騒いだら殺す。わかったらうなずけ」

「――」


 魔導具学部長は何度も何度もうなずいた。

 なにが起こったのかわからない。

 だが、逆らったら殺される。それは魔導具学部長にもわかった。


 静かになった魔導具学部長は手足を縛られる。

 そして嗅いだことのない臭いがしたと思ったら、意識を失った。



 ………………

 …………

 ……


「……おい、さっさと起きろ!」

 怒鳴られると同時に水をかけられ、魔導具学部長は目を覚ます。


「……こ、ここは?」

「質問の許可を出したか? 口を開くな」


 魔導具学部長は薄暗い部屋の中にいた。

 固定された椅子に座った状態だ。

 足は椅子の足に縛られていて少しも動かせない。

 腕も背もたれの後ろで縛られている。こちらも全く動かせなかった。


 そして、目の前には全身黒づくめで、覆面をした人物がいる。

 その人物の手には何に使うかわからない、だが、恐ろしい造形の刃物らしきものが握られていた。


「ご……」

「あ?」


 問いかけようとしたら殺気の籠もった目に睨まれた。

 魔導具学部長は口をつぐんだ。


 魔導具学部長は彼らを強盗だと判断した。

 お金などない。そうアピールしたかった。

 だが口を開くなと言われているので、それも出来ない。


 数分後、部屋の中に一人の恰幅のいい男が入って来た。

 知っている男だ。


 学院長と、魔導具学部長に低姿勢で接待し続け、お金を貸してくれた商人。

 つまりゲラルド商会の商会長、ゲラルド本人だ。

 ヴェルナーをクビにするようにとそそのかした人物でもある。


「ゲラルドさん! 助けてくれ! こいつが、私に……」


 助けてくれと声を出した魔導具学部長に、ゲラルドは冷たい目を向ける。


「つくづく失望させられましたよ、先生」


 その態度は、これまでの卑屈なぐらい低姿勢なものとは全く違った。


「な、なにを」

「私は、魔導具を完成させろと言いましたよね?」

「魔導具の開発は難し――」


 反論しようとした瞬間、黒づくめの男に顔を殴られた。

 魔導具学部長は一瞬なにが起こったのかわからなかった。

 殴ることはよくあったが、殴られたことはなかったからだ。


「お前、私のことを舐めているだろう?」


 ゲラルドは魔導具学部長が見たことのないほど冷たい、ごみを見るような表情を浮かべている。

 そして魔導具学部長の髪を鷲掴みにした。

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