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034 オイゲン商会と乾燥パン

 俺は商会長に丁寧に挨拶する。


「ああ、オイゲンさん、お邪魔してるよ」

「言ってくだされば、商品を持って参上いたしましたのに……」

「いやいや、そこまでしてくれなくても大丈夫だよ。散歩のついでだし」


 オイゲンは今まで相手してくれていた店員に向かって言う。


「ありがとう。ヴェルナー卿のことは私が……」

「はい! 失礼します」

「ありがとう」


 店員は丁寧にお辞儀して、部屋から出て行った。

 その店員に俺もお礼を言っておく。


 店員が去ると、オイゲンが少し心配そうに尋ねてくる。


「失礼はありませんでしたか?」

「とても良くしてくれたよ。本当にありがたい」

「それならば良かったです」

「うっかりこの恰好で来てしまったのだが……」

「我が商会においでになるときに、ヴェルナー卿が恰好を気にする必要は全くありません」


 大真面目にオイゲンはそんなことを言う。


「それはありがたいが、この恰好だというのに、ぞんざいに扱われなかったことに驚いているよ」

「立派な人物が、立派な恰好をしているとは限りませんからね」

「そういうものか」

「はい」


 オイゲン商会がこの国最大の商会になった理由が、少しだけわかった気がする。


 そして、オイゲンはにこやかに俺が購入する商品をチラリと見る。


「荒野から、王都に拠点をお移しになられたのですか?」


 魔導具の材料だけを買い付けていたのなら、ただの補給の可能性がある。

 だがベッドまで買っているなら、引っ越してきたと考えるのが自然だ。


「ご推察の通り。荒野の拠点は引き払って王都に戻って来た」

「ちなみに、新しい拠点はどちらに?」

「実家の庭だよ」

「それは……おめでとうございます」


 オイゲンは父と兄が反対しているという事情を知っているのだ。

 だから、実家の庭に拠点を移したと言うことは、その反対がなくなったとオイゲンは判断したのだろう。


「まあ、色々あったんだよ」

「そうでしたか。なにはともあれ、よかったですね」


 俺がぼかすと、オイゲンは詳しく聞いてこない。

 俺があまり説明したくなさそうだから、聞かないのだ。

 それに、俺から聞かなくても、自分たちで調べられるということなのだろう。


「そうだ、代金を払っていなかったな」

「来月のロイヤリティ料金から引いておきましょうか?」

「じゃあ、それで頼む」

「かしこまりました」


 俺は請求書にサインする。

 無事、売買契約が締結されたので、俺は荷物を鞄の中に入れていく。


 俺の鞄は魔法の鞄(マジック・バッグ)だ。

 俺が五年前に開発した便利な魔導具である。

 外からみても普通の鞄なのだが、中に入れられる容量がものすごく大きい。

 しかも、入れたものの重さも感じなくなる。


「……その鞄、すごいのじゃ。どうなっているのかや?」

「ああ、これか」


 今までずっと無言だったハティが耳元でささやいてくる。


「ああ、ちょっと待て。オイゲンさん」

「どうしました?」


 俺はハティについて軽くオイゲンに紹介した。

 これからオイゲンとは会うこともあるだろう。

 そのたびに、ずっと無言を通すのはハティもしんどいと思ったからだ。


「なんと、話せると」

「よろしくなのじゃ!」


 ハティの紹介が終わったので、俺は鞄に荷物をいれる作業に戻る。


「よいしょっと」


 俺がベッドを小さめの鞄に入れているのを見て、ハティが目を丸くする。


「これは魔法の鞄(マジック・バッグ)といって、俺が開発した魔導具だぞ」

「すごいものを作ったのじゃなぁ」

「まあ、俺の最高傑作のひとつと言ってもいいかもしれない」

「本当にお見事です。我らに売っていただけるならば、いくらでも出しますのに」

「すまないが、師匠から売るなって言われているんだ」

「残念です」


 師匠から売るなと言われているので販売はしていない。

 ティル皇子と皇太子に師匠、あとは実家にいくつか献上したぐらいだ。

 皇太子は特に気に入ったらしく、十個ほど献上してある。



 ベッドや魔導具の材料を全部魔法の鞄に入れると、帰途につく。

 オイゲンはお土産をくれて、店の外まで見送ってくれた。


「可愛いおっちゃんだったのじゃ~」

「ハティは何でも可愛いっていうよな」

「人間は皆可愛いのじゃ」

「……まあ、猫も可愛いからな」


 人間が老猫を可愛いと思うのと多分同じだ、と思う。


「あ、乾燥パンが売っているのじゃ! 主さま。乾燥パンじゃぞ!」

「そうだな」


 乾燥パンは別に珍しい商品ではない。


「ほわぁ……乾燥パンが売っているのじゃぁ……」


 ハティは俺の肩の上で、よだれをたらしていた。


「乾燥パンじゃないパンの方が美味しくないか?」

「乾燥パンじゃないパンも美味しいのじゃ。でも乾燥パンも美味しいのじゃ」


 そういって、俺をチラチラと見る。

 俺に乾燥パンを買って欲しいのだろう。


「乾燥パン、そんなに好きなら買ってやろうか?」

「ええ!? いいのかや!」


 ハティは大げさに仰け反って驚いてみせる。


「いいぞ」

「主さまは、本当に主の鑑なのじゃ。すごいのじゃ~」


 そこまで喜んでもらえるなら、俺としても嬉しい。

 乾燥パンを多めに買っておく。

 乾燥パンは味はいまいちだが保存食。便利なのは間違いない。


「ほら、食べていいぞ」

「うまいのじゃ!」


 ハティは両手で抱えるように乾燥パンを持ってハムハムと食べていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悪いとかいう話では全くないのだけど、なんで竜の人化した女性は語尾が「のじゃ」率が高いのだろう。 原点となった作品でもあるのかな? 悪いという話ではないのよ。
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