171 父レナード
俺は大王とハティが小さくなったタイミングで、
「陛下。私の兄グスタフです。辺境伯家の軍を率いております」
「おお、そなたが、ヴェルナー卿の兄か。うむうむ。いい面構えだ」
「グスタフ・シュトライトにございます。陛下のご尊顔を拝し……」
兄は緊張した様子で大王に挨拶する。
「グスタフ卿、朕は古竜の君主、大王ではあるのだが、人族ではない。王としての儀礼は不要ぞ」
「しかし」
「兄上、大王がこうおっしゃっておられるのですから。それに大王にふさわしい儀礼など、どちらにしろ用意できないでしょう?」
俺がそういうと、兄に凄い目でにらまられた。
兄は「お前が事前に連絡しなかったせいだろうが!」と言いたいのだろう。
だが、事前に連絡などしたら、本当に準備を始めてしまう。
敵への対応に忙しいにもかかわらずだ。
だからこそ、俺は敢えて何も言わなかった。
準備不足が当然の状況を作り出したのだ。
「そうですね。ええっと、兄上、俺の従者として色々と助けてくれているハティです」
「従者?」
「はい、ハティは大王陛下の娘、王女殿下でもあるのですが。そしてこっちが俺の弟子であるコラリーとロッテです」
「弟子とな?」
俺はハティとロッテを従者と弟子として紹介することにした。
だから敢えて、シャルロット・シャンタル・ラメットとフルネームでは紹介しない。
「はい、王女殿下たちはそれぞれ、私の従者、弟子として来ていますから。そのように」
「……ヴェルナーの兄、グスタフです。いつも弟がお世話になっております」
兄は丁寧にハティとロッテ、コラリーに等しく頭を下げた。
「主さまの兄上なのじゃな! うんうん、利発そうな顔をしているのじゃ!」
「ありがとうございます」
「弟子のロッテです。よろしくお願いいたします」
「……コラリー。よろしく」
互いに自己紹介を終えると、兄は俺たちを建物の中へと案内してくれる。
「辺境伯もすぐ参りますので」
「父上は街の方ですか?」
この城から徒歩で数時間、皇国の中心に歩いたところに、辺境伯家の別の城がある。
そちらは平野部に建てられて平城で本城よりも広い。
広い城下町を囲う形で城壁が建てられている城塞都市だ。
経済と政治の中心はその平城になる。
それでも、この城を本城と定めているのは、国境線の守護が辺境伯家の役割だという自負ゆえだ。
「そうだ。……父上は兵站を重視されているからな」
物資は街の方にある平城から運ばれることになっている。
その輸送方法について色々決めることがあるのだろう。
「主さまの兄上。敵はいつ頃、攻めてくるのじゃ?」
「わかりませぬが……そう遠くないとは思います。冬ですから」
「冬だと早くなるのかや?」
「寒いですから。敵もあまり時間を掛けたくないでしょう」
「なるほどなのじゃ!」
そして俺たちは応接室へと通された。
お茶を運んできてくれた侍従が退室するのを確認して、俺は尋ねる。
「兄上、この部屋の防諜は?」
敢えて、砕けた口調で話すことで、儀礼は必要ないと改めて兄に報せる。
「もちろん防諜に抜かりはないが、何を話す気だ?」
「兄上は、俺の師匠ケイ先生について、父上から何か聞いていない?」
「いや、特には聞いてないな」
「そっか」
「なんだ?」
「いや、父上が言っていないならば、兄上に話して良いのか俺には判断できないってことさ」
そういうと、兄の目が鋭くなった。
「聞かれても答えられないから、俺には聞かないでくれ。聞くなら父上に頼む」
「……わかった。だが、お前が来たのはケイ先生がらみか?」
「そうなるね」
すると、兄は大きなため息をついた。
「……我がシュトライト家を手伝いに来てくれたのではないのか」
「すまないけど、まあ結果的に手伝いもなるかもしれないし」
「ヴェルナー。そなたは大賢者の弟子であるまえに、辺境伯家の一員であり、皇国の貴族なのだぞ」
「兄上。その前に俺は人族だよ」
俺には人族としてやることがあるのだ。
ケイ先生の封印を守らなければ、人族が滅亡しかねない。
「お前はなにを……いや、いい」
一族の中でも特に真面目な兄は小言を言おうとしてやめたようだ。
そんな兄に、俺は心の中で詫びておく。
しばらくして部屋の扉ノックされて、開かれた。
入ってきたのはシュトライト辺境伯である父レナードだった。
「父上、お久しぶりです」
俺が立ち上がると、ロッテとコラリーも立ち上がる。
ハティと大王は座ったままだ。
「ん。大きくなったな。それより……」
「ええ、こちらは」
俺は皆を父に紹介した。
もちろん、王に対する儀礼などは必要ないと伝えておく。
それでも父は大王、ハティ、ロッテに対してひざをついて頭を下げた。
改めて大王から必要ないと重ねて言われて、父はやっと納得したようだった。
互いに自己紹介を済ませた後、俺は父に断って、結界発生装置を使った。
防諜がしっかりしているらしいので、必要ないと思うが念のためだ。
「これで、外に音も光も漏れません」
「そこまで念入りにするということは……」
「父上の後推測通り、訪れた理由はケイ先生の件なのですが」
「……ここにいる皆様は知っているのだな?」
「兄上以外は」
「そうか。グスタフも聞いておきなさい。戦いの中、いつ私が死ぬかわからぬゆえな」
父がそういうと兄は黙ったまま頷いた。
どうやら、兄には話して良いらしい。
俺は簡単に省略しつつ兄に説明した。
ケイ先生がどうやら神に選ばれ、大魔王になりつつあること。
そのケイ先生の身柄は、辺境伯家領にあり、ガラテア帝国の進軍の目的はそれであること。
それを守るために俺たちが来たこと。
兄は静かにそれを聞いていた。





