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170 兄グスタフ

 城を見て、ハティは尻尾を揺らした。


「あれが主さまの実家なのじゃな」

「そうだよ。俺は王都暮らしが長いが、生まれたのはあの城だ」

「へ~。そうなのじゃな~」


 興味深そうにハティは城を眺めている。

 俺の案内なしに城までまっすぐ飛んでこれたのは、大王が先導してくれたからだ。

 大王は、王として人族の基本的な勢力図も把握しているのだろう。


「主さま、里帰りは何年ぶりなのかや?」

「五年ぶりかも。父に会ったのは三年ぶりだけど、会ったのは王都だからね」


 辺境伯である父は、たまに王都にやってくるのだ。


「主さま。このまま降りてよいのかや?」


 城の上で滞空しながらハティが尋ねてくる。


「先に俺が降りるよ。驚かせるし。中庭上空に移動してくれ」


 辺境伯家の城は、小高い丘の上にある。

 高くて分厚い城壁に囲まれていて、その中には複数の井戸や畑などもある。

 万を超す兵が寝起きする宿舎もあり、長期戦にも耐えられるようになっている。


 ここが辺境伯家の本城であるのは間違いない。

 だが、軍事的な機能に特化した城だ。

 城壁の上には巨大なバリスタが備えられている。


「そうじゃな! あれに攻撃されたら痛いのじゃ!」

「攻撃されることはないと信じたいけど」


 まだ攻撃してきていない古竜に、こちらから攻撃を仕掛けるなど、愚か者のすることである。

 辺境伯自ら、どのような用でこられたのか、古竜に丁寧にお伺いを立てるのが正しい振る舞いだ。


「とはいえ、怯えた兵士が暴発することがありえないとは言えないし。俺から降りるよ、呼んだら来てくれ」

「わかったのじゃ」

「大王もよろしくお願いいたします」

「わかっておる」

「ロッテとコラリーは、見ていなさい。高所から飛び降りることもあるかもしれないしな」

「わかりました!」

「……見てる」


 そして俺はハティの背から飛び降りた。

 その昔、ケイ先生にワイバーンの背から突き落とされたことがあった。

 それを思い出して懐かしい気持ちになる。


 俺は数瞬、自由落下を楽しんだ後、重力魔法を駆使して、落下速度を緩める。

 そして、城の中庭に無事降り立った。


 たちまち槍を構えた十人ほどの兵たちに囲まれた。


「や、槍を向ける無礼をお許しください! 一体どのような御用でしょうか!」


 若い隊長らしき人物が震える声で誰何してくる。

 どうやら巨大な竜が上空にいることには気付いていたらしい。

 そしてその背から人間が降りてきたのだ。


 警戒しなければいけないし、竜の使いに無礼な振る舞いをして怒らせても困る。

 だからこそ、槍を向けながらも低姿勢なのだ。


「急に来てすまない。俺はヴェルナー・シュトライトだ」

「ヴェルナー・シュトライト? さま? シュトライト? ってまさか」


 若い隊長は混乱しているようだ。

 俺は辺境伯家で何か役職を持っているわけではないし、五年ほど実家に帰っていない。

 兵士が顔を知らなくても仕方がないことだ。


「父上、辺境伯閣下はいらっしゃるか?」

「父上はいないぞ」


 背後から太い声で話しかけられた。


「兄上、お久しぶりです」


 そこにいたのは俺の長兄グスタフである。

 ローム子爵ビルギットの二歳下の弟で、俺の三歳上の兄だ。

 姉ビルギットが政治と外交を担当しているのに対し、兄グスタフは軍事を担当している。


 兄は手で合図して、俺に向けられた槍を下げさせる。


「弟だ。騒がせてすまないな」

「いえ!」


 兄は兵士たちに一言謝った後、俺を不機嫌そうに睨み付ける。



「……ヴェルナーか? 相変わらず弱そうだな」

「私は軍人ではありませんから」

「……お前もシュトライトなのだ。鍛えろ」


 最後にあったのは五年前。まだ十五歳のときだ。

 多少身長も伸びている。

 兄は一族の中でも身長が高い。

 そのうえ暇さえあれば軍事教練で体を鍛えているので、横幅もでかい。

 脂肪ではなく、筋肉ででかいのだ。


「それに来るなら事前に連絡しろ。お前ももう二十歳なんだ。常識を学べ」


 耳が痛いが、俺にも言い分がある。


「今朝、私がすべきと思うことをしろと、父上はおっしゃいましたから」

「…………父上から帝国が攻めてきていることを聞いたのか?」

「もちろん聞いていますが……兄上?」


 なぜか兄は複雑な表情を浮かべて俺をじっと見つめた。


「お前も……ついに……シュトライトとしての自覚が芽生えたか」


 そういうと俺の肩をバシっと叩いた。

 正直痛い。兄は見た目通り力も強いのだ。


「兄上。もしかして、俺が軍属になるために戻ってきたと誤解していませんか?」

「そこまでは思っていない。非常時に手伝おうと考えただけで、大いなる進歩だ」


 やはり俺が帝国軍との戦いに手を貸すためにやってきたと誤解しているらしい。

 誤解は、早めに解いておいたほうがいい。


「そもそも――」

「積もる話は、父上が戻ってからにしよう」

「そうですね。父上はいまどちらに?」

「ん? どこにいようと、なにをしていようと、血相変えてこちらに走ってきているに違いない」


 そういって、兄は上空を指さした。


「巨大な竜が二頭。上空に来たのだ。父上が駆けつけぬわけがあるまい」

「それはそうですね」

「それにしても、お前は竜に乗ってきたのか? どうやったのだ?」

「仲良くなって……」

「……お前には竜騎士の才能があるぞ。我がシュトライト家軍でも竜騎士はいつでも募集中だ」


 兄からは俺を軍属にしたいという思いが伝わってくる。


「それはまあ置いといて、兄上」

「なんだ?」

「上に飛んでいる竜に降りてもらっても?」

「…………無茶を言うな。大きすぎるだろう」

「大丈夫です。竜たちは小さくなれますから」

「………………お前は何を言っている?」


 小さくなれる竜の存在はあまり知られていないのだ。


「このぐらいまで、小さくなれる竜もいるのです」


 俺は手で小さくなったハティの大体の大きさを示した。


「そんなに小さくなれるのか? それならば構わぬが……」

「ありがとうございます」


 俺は上空に手を振って合図をする。

 すぐにハティと大王がゆっくりと降下しはじめた。


「兄上、あの竜たちは古竜の大王とその娘です」

「……は? 何を?」

「そして、その背にはラメット王国の第一王女殿下が乗っています」

「ああ、お前の弟子になったという、……いや、待て。それこそ、前もって連絡をだな……」

「それは、すみません。ですが、王族を迎えるための儀礼的なあれこれは必要ないので」

「いや、要求されても無理だが」


 そこにハティと大王が降りてきた。

 練兵も行えるぐらい広い中庭も、ハティたちにとっては狭い。


「大王。申し訳ありませんが小さくなって頂けませんか? 人族の城は小さいのです」

「うむ!」


 大王はしゅるしゅると小さくなった。

 ハティも背からロッテとコラリーが降ろすと、小さくなった。

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