168 弟子への説明
訓練を開始してから二週間後の朝。
訓練場に移動して、今まさに訓練を開始しようとしていると、俺の長距離通話用魔道具が作動した。
『ヴェルナー、聞こえるか?』
俺は近くにいる大王とグイド猊下に一言断ってから、長距離通話用魔道具に語りかける。
「……父上。珍しいですね。どうされましたか?」
俺の父であるレナード・シュトライト辺境伯の声だ。
実際に言葉を交わしたのは三年ぶりだろうか。
『忙しいゆえ、簡潔に伝える。帝国が我が領に向けて兵を動かしている』
「父上、それは私の助けが必要と言うことでしょうか?」
父の真意がわからない。
『そなたの力は必要としておらぬ。国境線を守るのは常のこと。いつも通り対処するだけだ」
「ならばなぜ、連絡を?」
『そなたの師、大賢者殿が、次に侵攻があれば必ずヴェルナーに伝えろとおっしゃられたからだ』
「それは一体、どうして?」
『知らぬ。たしかに伝えたぞ』
父が会話を打ち切ろうとするので、俺は慌てて止める。
「お待ちを。ケイ先生はいつそうおっしゃられたのです?」
『三日前だ』
「三日前ですか。ずいぶんと直近ですね」
『なにか情報を知ったのだろう。私は忙しい。そなたはそなたがすべきだと思うことをするがよい』
そう言って通話が切れた。
ケイ先生が俺に伝えろと言ったのならば、状況はわかる。
ガラテア帝国の侵攻は、ケイ先生の本体の封印を破るためのものだ。
少なくとも、ケイ先生はそう考えているのだ。
ならば俺がすべきことは一つしかない。
「大王、猊下。申し訳ありませんが、実家に帰らねばならなくなりました」
「それはどうして……」
グイド猊下は理由を尋ねようとしたが、
「……それがよかろうな」
大王がそういって頷いた。大王はケイ先生から事情を聞いているのだろう。
「ふむ。そうか。訓練を役立てるときが来たか」
大王の答えで、グイド猊下も状況を察してくれたらしい。
グイド猊下は魔導師としても超一流だ。
古竜の王宮を訪ねたケイ先生が本体ではないことすら気付いていてもおかしくない。
そして、俺と父の会話と大王の反応で、ケイ先生の本体の場所まで推測したのだろう。
「あの、お師さま……」
ロッテは、戸惑った様子で、鞘に納められたラメットの剣を握っている。
「ああ、ロッテ。それにコラリーも。とりあえず、俺は辺境伯家領に向かわねばならなくなった」
「私も同行いたします」
「……私も」
俺は少し考える。
問題は、ケイ先生が得た情報が正しいのかどうか、である。
「ここで考えていても仕方ないか」
「お師さま」
「そうだな。付いてくるかどうか決める前に、教えなければならないことがある」
情報はなるべく開示するべきなのだ。
事態を知らなければ、簡単に罠にはまる。
例えば、ケイ先生が自ら封じられていると知らなければ、敵がケイ先生を閉じ込めたと誤解するかもしれない。
そう、敵の手の者が、ロッテとコロリー、ハティを騙そうとするかもしれない。
敵の罠にはまらないためには知識が必要なのだ。
もちろん、情報を与えないことで漏れることを防ぐというのも有効な防衛手段ではある。
だが、敵が動いているということは、ある程度、情報は漏れていると考えるべきだ。
この状況で、情報を出し惜しみするなど、敵に塩を与えるようなものである。
「大王と猊下はご存じかもしれませんが……」
そう前置きすることで、大王とグイド猊下にも聞いておいて欲しいと伝える。
この場に居るのは俺、ロッテ、コラリー、ハティ、大王とグイド猊下、それにユルングだ。
全員、知っておくべきことだ。
「まず、この前訪れたケイ先生は本物ではありません」
「え? それは一体――」
驚くロッテの疑問の声を手で制して、俺は説明を続けた。
古竜の王宮を訪れたケイ先生は擬体であること。
本体は神の手から逃れるため、辺境伯領に封印されていること。
そして、恐らく敵が、封印場所に気がついたらしいと、ケイ先生が考えているらしいこと。
俺の説明をみんな静かに聞いていた。
「ということで、ロッテ、コラリー。俺に付いてくるならば、ケイ先生の封印を守って戦うことになる」
「もちろん戦います!」
「……うん」
そう答えることは予想通りだ。
「そして、封印が破られた場合は、ケイ先生を殺すために戦うことになる」
「「…………」」
「ロッテとコラリーはまだ訓練の途中だ。ここで訓練を続けるのもありだろう。逃げとは思わん」
その言葉は俺の本心ではない。
本当は封印に何かあれば、ロッテとコラリーにはいて欲しい。
たった二週間しか訓練できていないが、ロッテは驚異的に強くなった。
コラリーも充分強い。
戦力として頼りになる。
だが、訓練を続ければ、より強くなるのも間違いない。
そして、強くなればなるほど、生存可能性も高まるのだ。
「ロッテ、コラリー。俺だけで戦力は充分だ。ハティには送って貰わないと困ってしまうが」
「もちろん、ハティは一緒に行くのじゃ」
「ありがとう。ロッテとコラリーは、好きにしなさい」
いつ戦場に出るのか、それを決めるのはロッテとコラリー自身であるべきなのだ。





