164 訓練の後
頭を下げる俺を見て、ハティが首をかしげた。
「どうしたのかや? じいちゃんに頭なんか下げて」
どうやらハティはグイド猊下のことをじいちゃんと呼んでいるらしい。
だが、血縁関係があるわけではない。
基本的にハティは長老衆のことをじいちゃんばあちゃんと呼んでいることが多いのだ。
「グイド猊下には、本当に色々と教えてもらったからな」
「ふむ~。そうなのかや? 主さまに教えられるとは、じいちゃんも大したものなのじゃ」
「本当に凄いよ」
「ほー」
ハティは気のない返事をしながら俺の肩に乗った。
「ハティ、二人の特訓、どうだった?」
「うん。二人とも頑張っていたのじゃ。ロッテも速く動けるようになったし、コラリーの魔法の威力も上がっていたのじゃ」
「なるほどなるほど」
そしてハティは声を顰めて言う。
「コラリーは力加減ができないのかや?」
「危ない場面があったか?」
「あったのじゃ。ハティが止めたから怪我しなかったのじゃが……」
訓練場に行く前、ハティにはロッテに攻撃が当たりそうなら防いで欲しいとお願いしていた。
「ありがとう。止めた後は?」
「もちろん、ハティは危ないから少し威力を落とせといったのじゃ。でも、コラリーは威力を落とさずに、むしろ威力あげたのじゃ……」
ハティは心配そうな表情を浮かべている。
コラリーがロッテに含むところがあるから、意地悪をしているとはハティは思っていない。
単に力加減が下手すぎることを心配しているらしい。
「ごめん、説明が足りていなかったな」
「む?」
ハティは首をかしげている。
前回二人で訓練をさせたとき、ハティは古竜の王宮に戻っていた。
だから、ロッテが勇者だと、ハティはまだ知らない。
そして、勇者だから、ギリギリに追い込むと成長することもまだ知らないのだ。
「コラリーの攻撃の仕方は俺の指示なんだ」
「なんと? 危険なのじゃ」
「ハティに説明しなかったのは俺のミスだ。あとでしっかり説明させてもらうよ」
「わかったのじゃ」
「よし、今は二人を部屋まで運ぼうか」
「任せるのじゃ!」
いまだに汗だくで横たわっているコラリーを、俺は抱き上げる。
「……歩ける」
「そうか?」
俺はコラリーを床に降ろした。
「……ヴェルナー。私と特訓」
「今はだめ」
「……」
「休むときは休まないと」
「……わかった」
「ロッテもだよ」
素振りをはじめようとしていたロッテに釘を刺す。
「は、はい!」
そして、俺たちはゆっくりと客室に向かって歩いて行く。
古竜の王宮は広いので、しばらく歩く。
部屋に着くと、ロッテとコラリーを風呂に送り出して、俺はハティとお話しする。
「さて、ハティ。これは大王とグイド猊下とケイ先生しか知らないことなんだが」
「ほむ?」「りゃむ?」
俺が声を潜めて言うと、ハティとユルングが首をかしげた。
「ロッテは勇者だ」
「…………む?」「む」
「ロッテも知らないことだから、内緒にな」
「そ、そうじゃったのか……!」「りゃ……!」
どうやら、ハティは気付かなかったらしい。
大王やグイド猊下はロッテが勇者だと見抜いたが、それは古竜の中でも特別なことなのだろう。
「そうなんだ。それでだな、どうやら勇者というのは――」
「ほうほう」「りゃむりゃむ」
俺はハティに勇者は生命の危機を感じるまで追い込まれると一気に成長するらしいと言うことを教える。
ハティの横では、ハティの真似をするかのように真剣な表情で頷きながら、ユルングが聞いていた。
どうやらユルングは古竜の真似をするのが好きなのかも知れない。
「ユルングも内緒だよ」
「りゃあ!」
「だからこそ、コラリーにはギリギリを攻めてくれるよう頼んであるんだ」
「? コラリーは勇者だと知っているのかや?」「りゃ?」
「……コラリーは知らないな」
「どうしてなのじゃ? ロッテに教えないのはわかるのじゃが……」
ロッテに教えない理由は単純だ。
勇者という存在は、世界を救う存在なのだ。
まだ世界を双肩に担うには、ロッテは若く未熟すぎる。
勇者だと教えたら、そのプレッシャーで押しつぶされてしまうかも知れない。
「コラリーは……嘘をつくのが苦手だろうし」
「ふむー」
「だから、ハティもユルングも内緒にしてくれ」
「わかったのじゃ!」「りゃ!」
ハティは尻尾を揺らす。
「ハティもロッテを鍛える手伝いをするのじゃ!」
「ああ、頼むよ」
そんなことを話していると、ロッテとコラリーが風呂から上がってくる。
入れ替わる形で、俺とユルング、ハティは風呂に入った。
「入浴は今日二回目か?」
「そうかもしれぬのじゃー」「りゃー」
湯船に入ると、ハティとユルングは器用に泳ぐ。
「風呂に入った方がゆっくり眠れるし」
「りゃむ!」
「ユルング、お風呂のお湯を飲むんじゃないの」
「りゃ~」
「あとで、お水飲もうね」
「りゃむ」
その後、俺たちがお風呂から上がると、ロッテとコラリーはもう眠っていた。
訓練でとても疲れたのだろう。
俺はユルングにお水とご飯を食べさせてから、眠りについた。