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163 訓練場

「ケイ先生を倒すには、まだ足りないと思いますが……」


 俺がそう呟くと、

「卿は師を殺す方法を何の躊躇いもなく考えられるのだな」

 少し寂しそうにグイド猊下が言う。

 それは、俺を責めているのではなく、むしろ同情しているかのような口調だった。


「躊躇いがないわけではありませんが……。万が一、大魔王になることがあれば、倒さねばなりませんし」


 そうしなければ、ケイ先生が苦しみ続けることになる。

 俺たちを含めた人族も滅びるだろうし、古竜にも大きな被害が出るだろう。


「卿は強いな。人族はこういうとき、目をつぶり耳を覆うものが多いと思っていた」


 望まぬ未来が訪れるか訪れないかわからないとき、口にせず思考にものぼらせず、起きないことにするのが楽だろう。


「考えなければ、起こらないならば、考えませんが……」


 実際には俺の考えなどに関わりなく、起こるときは起こるし起こらないときは起こらない。

 神にとって、俺の考えなどどうでも良いのだ。


「ならば、起こったときに備えるのは当然です。それに」

「それに?」

「実際に手を下すことになるのは、恐らくロッテです。師である私が狼狽してどうなるのでしょう?」


 万が一、ケイ先生が大魔王になるようなことがあれば、ロッテはきっと動揺する。

 そのとき、冷徹に振る舞うのが、ケイ先生の唯一存命している直弟子であり、ロッテの師である俺の義務だ。

 ロッテの前では、大魔王たるケイ先生を救うことが絶対に正しいことであると振る舞わなければならない。


「……そうであるな。師がうろたえていれば、弟子も動揺するであろうし」


 そして、グイド猊下は俺の目をまっすぐにみた。


「卿は正しい」

「……ありがとうございます」

「うむ」


 グイド猊下は、元気づけようとするかのようにパシパシと俺の肩を叩く。


「さてさて! 卿の弟子に作った物を見せに行こうではないか!」「りゃ!」


 空気を変えるためか、グイド猊下の声は明るかった。

 ユルングも元気に鳴いている。


「そうですね。テストが終わらないと完成とは言えませんし」「りゃむ」


 俺は魔法の鞄(マジック・バッグ)に成果物を入れていく。


「お、それがかの高名な魔法の鞄であるな? 見せてくれぬか?」

「もちろん構いません」


 俺は魔法の鞄をグイド猊下に手渡した。


「お~」「りゃ~~」

「どうでしょう?」


 魔法の鞄は中の空間をいじって、容量を拡大し、重い物を入れても重くならなくした鞄である。


「さすがは、天才と名高いヴェルナー卿。見事なものだ」

「ありがとうございます。ですが技術的にはさほど特殊なことをしているわけではありませんが」

「いや充分特殊だ。そのうえ、その技術の使い方が凄い。わしでは万年考えても思いつかぬ」


 そして、グイド猊下はガハハと笑った。


「勉強になった、ありがとう」

「いえ」


 俺はグイド猊下から魔法の鞄を受け取った。

 グイド猊下は、ロッテたちのいる訓練場に向かってゆっくりと飛びながら、呟くように言う。


「包み隠さず言うと、古竜の方が基本的な技術は人族より上だと思っておる」

「私もそう思います」

「だが、人族には稀に時代を変えうる天才が生まれる。五千年前の大賢者の弟子。当代の大賢者、聖女。そして卿」

「私はそのような方々に並ぶようなものではありません」

「謙遜するでない……いや、言っても詮なきことか……」


 後半は小さな声でささやいた。


「なんのことでしょう?」

「なんでもない」


 グイド猊下は優しい目で俺を見ていた。


 その後、グイド猊下に訓練場へと案内してもらった。

 訓練場は、作業室の二倍ぐらい広かった。

 巨大な古竜が訓練するのだから、当然広さが必要なのだ。


 そんな広い訓練場の真ん中で、ロッテとコラリーが寝ていた。

 汗だくで、床に横たわり、荒い息をしている。


「大丈夫か?」

「あ、お師さま、お見苦しいところを」

「……だいじょうぶ」


 ロッテは慌てて立ち上がり、コラリーは床に横たわったまま返事をする。

 寝ているコラリーのうえに、ユルングが「りゃあ~」と鳴きながら飛んでいく。

 ユルングと入れ替わるように、二人の近くにいたハティが俺の前に飛んでくる。


「さっきまで二人とも激しい訓練をしたいたのじゃ」

「そうか。ハティもお疲れさま、ありがとう」

「ハティは何もしてないのじゃ!」


 二人の様子を見たグイド猊下は、ゆっくりと飛んで二人の頭を撫でる。


「王女殿下もコラリー殿もお疲れのようであるな」


 撫でた後、そういって俺の方を見て微笑んだ。

 グイド猊下は単に撫でたわけではなく、魔力の流れを見たのだろう。


「そうですね、性能テストは後日の方がよいかもしれません」

「ではそうするか」

「わざわざ、ご足労をおかけしましたのに」

「いや、気にするな! 万全の状態でなければ、テストの意味が無いゆえな」


 そういうと、グイド猊下は去っていった。

 その背に俺は頭を下げる。

 一緒に作業した時間は数時間にすぎない。

 だが非常に多くのことを教えてもらったと思う。

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