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135 帰還

4章開始です

 (さきの)大王、ハティの祖母、ユルングの母の遺体を燃やした後、その灰を集めた。

 前大王の遺体は大きく、灰だけでもかなりの量になる。

 その灰を俺は魔法の鞄(マジック・バック)に収納した。


 その後、俺たちは古竜の王宮に戻るため、ハティの背に乗った。

 結界発生装置が作る結界に包まれ、深いレミ湖の湖底から、ゆっくりと湖面へと浮上していく。


 いつも元気なハティも静かだ。同じ結界の中、すぐ近くを飛ぶ大王も口を開かない。

 ハティも大王も、まっすぐ凍り付いた湖面を見つめている。


 ロッテことシャルロットとコラリーも何も言わない。

 ユルングは眠らずに、母の灰が入った魔法の鞄に抱きついていた。


 湖面に近づくにつれ、周囲が明るくなっていく。


「もう朝か」


 時計がないし、日の光も届いていなかったので、朝になったことに気付かなかった。


「まあ、色々やったものな」


 封印を調べたり、大王とハティが封印を新たに施そうとした。

 それに、シャンタルや前大王と戦った。

 朝になっていても何も不思議はない。


 そして、ハティと大王は、そのまま飛んで、結界で押す形で湖面を覆う氷を砕いて破った。


「行きと帰りで二箇所も穴を開けてしまったな」

「レミ湖周辺の人間たちが、驚くのじゃあ! な、主さま!」


 ハティは場を明るくしようとしているのか、元気に言う。


「りゃあぁ~」


 そのとき、ユルングが東の空を見て鳴いた。

 レミ湖を囲む山、その東の山間から赤い太陽が昇りつつあった。


 ハティと大王は朝日に向かって加速していく。

 高度を高くとって、勢いよく古竜の王宮へと飛んでいった。



 元気に飛ぶハティの背の上で、俺は自分の全身を確かめる。

 右手の指と右の前腕の骨である橈骨と尺骨が折れているのだ。


 折れた骨のずれた部分を、無理矢理まっすぐにする。

 とても痛い。歯を食いしばって他の者に気付かれないように気をつける。


「りゃあ?」

 俺を見てユルングが心配そうに鳴いた。


「大丈夫だよ。ユルングは寝ていなさい」

「りゃ」


 俺は無事だった左腕でユルングを撫でた。


(とりあえず応急処置はこれでいいかな)


 骨が折れたことにより、発熱がはじまっている。

 だが、なんとかなるだろう。


「ロッテとコラリーは、怪我してないか?」


 全く怪我をしていないように見えるが、念のために俺は尋ねた。


「大丈夫です。ちょっと擦り傷を負いましたが、それだけです」

「……大丈夫。無傷」

「ならよかった」


 前大王との戦闘時に結界内にいたコラリーはともかく、ロッテは前線で戦った。

 それなのに無傷というのはやはり尋常ではない。


「ハティ。怪我は大丈夫か?」

「大丈夫なのじゃ! まあ、おばあさまの攻撃で無傷ではないのじゃが……古竜ゆえな」

「ヴェルナー卿、ご案じ召されるな、古竜は多少怪我をしたところでなんともないのだ」


 近くを飛ぶ大王も平気なようだ。

 大王もハティもかなり激しく戦い、全身が傷だらけになっている。

 人ならば、全治数か月だ。


「この程度、放っておいても治るが、古竜には治癒術士もおるゆえ、何の心配も無い」

「そうでしたか、それならば良かったです」

「治癒術士を呼ぶゆえ、あとでヴェルナー卿にも治療を受けて頂こう」

「ありがとうございます。助かります。ですが、私の怪我は軽症なので」

「ふむ?」


 大王はいぶかしげに俺の腕辺りを見た。

 どうやら、気付いているらしい。だが何も言わなかった。


 俺も怪我しているとは言え、重症度がもっとも高いのは大王で、次に高いのはハティである。

 俺の治療は後回しにすべきことなのは間違いない。



 大王とハティは、怪我を全く感じさせない力強い飛行を続けた。

 湖底を出発してから、一時間ほど経って、古竜の王宮に到着する。


「ヴェルナー卿、母の葬儀を執り行う前に、色々と準備があるゆえ……客室で休んでいてくれぬか?」

「わかりました。ご配慮感謝いたします」

「ヴェルナー卿には、しばらく滞在してもらいたい」

「それは、よろしいのですか?」


 俺としてはありがたい。

 古竜の魔道技術についても知りたいと思っていたのだ。

 それに、シャンタルについても色々と聞きたいことがある。


 だが、古竜の王宮は機密情報の宝庫だ。

 部外者である俺が長居して良いのだろうか。


(ちん)もヴェルナー卿に教えを請いたいことがあるしな」

「私が大王に教えられることなど」

「謙遜は良い。それに朕もヴェルナー卿に教えられることもあるであろう」

「それに、妹と仲良くなりたいしな」


 そういって、大王はユルングを見る。

 俺が長居することは互いに利のあることらしい。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

「うむ。しばらくよろしく頼むぞ。王女殿下と、コラリー殿も、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、陛下」


 ロッテも大王に丁寧に挨拶していた。

 そして、コラリーは無言でちょこんと頭を下げた。


「主さま、折角だから一眠りするのじゃ! 人族は毎日眠らないといけないのじゃから!」

「それがよい。ヴェルナー卿たちだけでなく、ハティとユルングも眠るとよかろう」

「わらわは、立派な古竜ゆえ、寝なくても大丈夫なのじゃ!」


 ハティはぶんぶん尻尾を振るが、顔を見ると眠そうだと言うことがわかる。

 ハティは昨日から何度も高速移動をして、高度な魔法を使って結界を構築しようとした。

 そのうえ、戦闘したのだ。眠った方が良い。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 俺は大王にお礼を言う。

 一晩眠っていなかったので、俺自身も眠かった。

 俺は大人なので我慢できるが、子供のロッテやコラリーは眠った方が良いだろう。

 ロッテとコラリーは、湖底で仮眠を取ってはいたが、睡眠は足りていないはずだ。


 前大王の遺灰を、魔法の鞄から取り出して大王に渡す。


「……りゃぁ」

 灰を見てユルングが寂しそうに鳴いた。


「ユルング。寂しいであろうが……」

 大王は妹であるユルングを困った表情で見る。


「ヴェルナ―卿、ユルングを頼む」

「はい」


 そして、大王は歩いて行った。

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