電話ボックスの女
この話は友人が子供の頃、地面に血が落ちていて後で電話ボックスの中で殺人事件が起きていたと言う話を聞いて思いついた話です。
今は携帯電話が普及して、誰も彼もが携帯を持っているが。
俺が子供の時は電話ボックスやタバコ屋の側に公衆電話が置いてあった。
携帯電話なんて未来から来た猫が持っている糸電話ぐらいだったな。
あの日は寒い朝だった。
学校に行く道の途中に電話ボックスがあって。
その電話ボックスは公園の入口近くに設置されていた。
その横を何時も通っている。
俺はその日寝坊して慌てて学校に向かうが。
その日はいつものと違っていて電話ボックスの周りに青いシートがかけられていて。
警察官や鑑識の人達が忙しそうに働いている。
「ぼく今日はこの道は通れないよ」
お父さんぐらいの年のお巡りさんが俺に言った。
「? ……あ……はい」
俺は頷きクルリと横道に入り走る。
小学生だった俺はその道を迂回するしかなかった。
俺達の小学校は木造の校舎で随分古い。
回り道をすると20分余計にかかる。
お陰で完全に遅刻して先生に叱られたが。
電話ボックスと警官の事を話すと直ぐに許してもらえた。
担任の先生は理科の教師で遅刻をしたり忘れ物をすると。
薄気味の悪い標本室の掃除を命じるのだ。
蛇やカエルや蟯虫やらの標本や骸骨やらが置いてある。
その部屋は夏でもひんやりとして薄暗く気味が悪かった。
『桜の木の下に死体が埋まっている』
じゃないがクラスメイトとの怪談話では必ずその標本室の事が上がる。
曰く、誰かの視線を感じただの。
曰く、女の泣き声が聞こえただの。
俺の家は代々祓い屋で。
もっとも女の方が霊力が強いため、家業を継ぐのは姉に決まっていた。
だからあまり家の事を人に話さなかった。
俺もみえる方だったが。そこには何もいない。
俺は内心馬鹿にしながら友達との怪談話を楽しんでいた。
ばーちゃんにもらったお守りは強力で、そこらの悪霊を寄せ付けなかったから。
昔から幽霊が怖いと思った事が無い。
しかし殺人犯は別だ。
今日は学校中がざわざわと落ち着きがなく。
『おい。知っているか?』
てっちゃんが興奮して俺に聞く。
『ああ。殺人事件があったんだろう』
俺はランドセルから教科書を取り出して机に突っ込む。
昔はみんな男の子は黒いランドセル、女の子は赤いランドセルだった。
今みたいにカラフルじゃなかった。
『公園の横にある電話ボックスで高校生のお姉さんが殺されたんだって』
義明の声が響く。
子供の頃の義明の声はウィーン少年合唱団に入れるぐらいの美声だった。
本当に良く響いた。
『三つ編みのおねえさんらしい』
明恵がおずおずと話している。
明恵がこのクラスで一番可愛かった。
密かに明恵に片思いしている男子が数名いた(ませガキ共め‼)
『あ……わたしその人知っているかも~。白ユリ団地に住んでて~。三つ編みを解いて、私服になったら大人っぽくなるお姉さんをよく公園で見かけたわ~。制服と私服で随分印象が違うから口元のホクロに気が付かなかったら絶対別人だって思うわ~』
情報通のナオミが答える。
そう言えばナオミは白ユリ団地の近くに住んでいたな。
親が喫茶店オーナーをしていた。
『電話ボックスは血まみれで……』
『お腹を裂かれていたんだって』
『怖いわ~~』
『お巡りさんがたくさんいたね』
『犯人はまだ捕まっていないんだろ』
他の同級生の声も興奮している。
『勘弁してくれよ。僕塾へ行くのに、あの電話ボックスの横を通るのに……』
義男が泣き言を言う。
『あたしだってお使いであの電話ボックスの横を通るのよ』
明恵はもう半泣きだ。
明恵は怖がりで【こっくりさん】なんか絶対にやらない。
『口裂け女も怖いけど……』
ナオミが髪をくるくると指に巻く。
ナオミの髪は天パーで割と長かった。
俺が子供の時は『口裂け女』やら『トイレの花子さん』やら『人面犬』が子供達の噂話に出てきた。
『口裂け女なんていないけど、人殺しはいるんだよ‼️』
てっちゃんが怒ったように喚く。
てっちゃんは寺生まれだが、霊感ゼロなんだよな~~~(笑)
『犯人はとっくに遠くに逃げてるさ』
てっちゃんは委員長と話す。
『いや直ぐに警察に捕まるさ』
学級委員長の佐々木くんが賢げにてっちゃんに言った。
あっちのグループ、こっちのグループでひそひそと交わされる会話と悲鳴。
ガラリと戸を開けて先生が入ってきた。
「はい。はい。お前ら静かにしろ。今日の授業は午前中だけだ。給食食ったら集団下校だ。嫌な事件が起きた。親が迎えに来てもらえる人は迎えに来てもらえ。職員室の電話を使うことを許す」
瘦せて眼鏡をかけて神経質そうな担任の先生はそう言うと直ぐに教室を出ていった。
午後から職員会議で忙しいらしい。
後で聞いた話によると、先生は結婚するんだとか。
相手は大きな会社の社長令嬢で。
新婚旅行はハワイだそうだ。
結婚式の準備で忙しい中、とんだ厄介ごとだ。
子供だった俺は普段あまり好きでは無い先生だったが、気の毒に思った事を覚えている。
担任の鈴木先生を好きでは無かったのは、好きな子があの先生をハンサムだと言っていたからだ。
次の日。俺は見た。
何時ものように集団登校で俺は黄色い旗を持ってみんなの前を歩いていた。
例の電話ボックスの横を通りかかった時気が付いた。
電話ボックスの中に女がいた。
生きた人ではない。
電話ボックスはまだ青いシートに包まれていたが、俺は女の姿を見る事が出来た。
「どうした? たっちゃん? ああ。流石に怖いか」
幼馴染のてっちゃんが聞く。
「うん」
俺は曖昧に答える。
まさか正直に幽霊が居ると答えられない。
ばーちゃんにも『構うな』と言われている。
下手に触ると祟るからと。
「皆走るぞ‼」
みんなも気味が悪かったのだろう、走りながら電話ボックスの横を通り過ぎた。
みんなも怖かったのだろう。文句も言わずに走る。
結局その電話ボックスは撤去され、公園の反対側の入り口に色違いの電話ボックスが設置された。
あの赤い電話ボックスがあった所にあの女はいない。
地縛霊では無かった。
その代わり、血まみれの女は地面を這っていた。
腰までの長い髪、赤い爪・白いワンピースは血まみれで、顔は分からない。
少しずつ少しずつ移動している。
最初のうちは驚いたが、別に悪さをするようでも無いし。
ばあちゃんに言うと、ほっとけとのことだった。
害は無いし、依頼も無かったから、金にならない仕事はしない主義のばーちゃんだったな。
祓い屋としての能力と性格の良さは正比例ではないとばーちゃんと姉を見て思ったものだ。
最初のうちは驚いたり、怖がったりしたが。
月日が経つと風景の一部と化した。
殺された女の母親が公園で、ブランコに乗って子守唄を歌っていた。
と、ナオミが言っていた。
ソビエト地方に伝わる子守唄で。
悲し気な声で歌っていたと。
殺された女には父親はいなくて。
噂では外国人おそらくソビエト辺りの人では無いかと噂されていた、とナオミが喋る。
どうやら喫茶店の客のお喋りを聞いていたみたいだ。
お前は何処のスパイだよ。
俺は心の中でツッコミを入れる。
お使いの帰り、俺もそのおばさんに会った。
ブランコに乗って小さい声で歌っている。
綺麗な人だったが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「おばさん……その歌は子守唄なの?」
俺は思わず声をかけていた。
「そうよ。あの子の父親が教えてくれたの……」
「なんか……怖い歌だね……」
「そうね。でも知っている? 子守唄は怖い歌が多いのよ」
おばさんはそう言うとブランコから立ち上がり、笑った。
「もう暗くなるから坊やも早くおかえりなさい」
「うん。じゃあね~」
その後おばさんは白ユリ団地を引っ越していった。
一年して俺達はその小学校を卒業した。
中学・高校は小学校とは逆の方向にあったので、小学校の方を通ることはなかった。
大学は東京の大学に入った。
大学を卒業すると東京の会社に就職した。
数年たって、幼馴染みのてっちゃんから同窓会があると電話があった。
有給休暇と盆休みを利用して1週間休みを取った。
俺は久しぶりに故郷に帰った。
ばーちゃんと姉ちゃんは相変わらず元気で。
子供の頃より街は随分様変わりして都会的になっている。
都会的と言えば随分良い様に聞こえるが。
個性を失うことだと、俺は思っている。
居酒屋で久しぶりに皆が集まり、当たり前の事だが皆大人になっていた。
益々綺麗になっていた明恵や相変わらずのホラー好きの義男。
おしゃべりで騒がしいナオミ。
太っていた奴や痩せた奴。
みんなそれぞれの人生を歩んできていた。
俺のように県外に行っている奴や、出産で来れない女子を除いて大体20人ほど集まっていた。
「あ~‼ 知ってる~? あたしたちが通った木造の校舎今年中に取り壊されるんだって~」
「えっ? まだあったのかよ。とっくの昔に取り壊されていると思っていたよ」
俺は答え。お喋りなナオミを見る。こいつ昔っから変に情報通だったな。
間延びした話し方もそのまんまだ。
「ああ。そう言えばあの電話ボックスの殺人犯捕まったのか?」
ふと俺は言った。
「あっ‼ そう言えばそんな事件もあったな」
てっちゃんは坊主頭を撫でながら笑う。
こいつ寺を継いだんだが、相変わらず霊感ゼロなんだぜ。
「んん~捕まったって話聞かないから捕まってないんじゃないの~?」
ナオミも知らないらしい。
「嫌なこと思い出させないでよ」
明恵は相変わらず臆病だ。
実はこの明恵こそ俺の初恋の相手で2年前に他の男と結婚している。
さっきまでナオミに姑が孫はまだかとうるさくて困ると愚痴っていた。
初恋は実らないって本当だな。
「小学校に行ってみないか? 二次会に行く前に」
「今から~? かなり暗いわよ~」
「コンビニで懐中電灯を買えばいい」
居酒屋の隣にコンビニが出来ていた。
昔は八百屋だったのに。
「肝試しも兼ねてさ」
「この年で肝試し? 義男は相変わらずムー民だね」
俺は義男を見て笑う。
義男はオカルト雑誌の愛読者だ。
大学が一緒だったんだが、オカルト研究部を作ってたな。
俺はオカルト研究部の幽霊部員だったが。
バイトで忙しかったが、ごくたまに部に出ていた。
よく廃墟巡りをしたもんだ。
全く幽霊のいない心霊スポットだったな。
念のため、俺はばーちゃんが作ってくれたお守りをいつも身に付けている。
大学を卒業して俺は東京に残り、義男は地元に帰って父親の建設会社に就職した。
「俺達はパス。実はこないだの休みの日に小学校に行ってるんだ。旧校舎お別れ会があってな」
学級委員長の佐々木や他の同級生はもう小学校に行っていた。
「えっ? 俺知らないぞ」
俺は佐々木を見た。
こいつ昔は優等生だったが、親が離婚してぐれていた時期があった。
今は結婚して3歳の娘がいると話していたな。
さっきから嫁と娘の写真をみんなに見せている。
嫁も娘も可愛かった。
(どちくしょう~~~~‼ どうせ俺は独身だよ‼)
「地元に残っている奴だけでしたからな。校長が渋って日曜日の午後から2時間だけ許可をもらった。何せ急だったから、取り壊し。それで連絡できなかったんだ。すまん」
来れる奴だけで行ったが、地元に居る奴はかなり集まっていたそうだ。
結局ほとんどの奴は二次会に行く事になり。
俺とてっちゃんとナオミと明恵と義男の5人だけが行く事になった。
「流石に表門は締まっているな」
「こっちこっち」
義男が手招きする。
実は義男は小学校の取り壊しを行う建築会社は義男の親父の会社で裏門の鍵を持っていた。
「裏門を少し広げてトラックや機材を搬入できるようにするんだ」
その下調べで裏門の鍵を持っているんだよと笑う。
「明日から本格的な取り壊しが始まるんだ。今日が最後のお別れになる」
「ああ~。そう言えばうちらの担任だった~鈴木先生今この小学校で校長してるって知ってた~?」
お喋り好きのナオミは相変わらず喋り続ける。
肝試しが台無しだ。少し五月蠅い。
「そうなのか? 全く知らなかった」
俺はてっちゃんを見る。
「は--俺も知らなんだ」
「あたしは知ってた。お姉ちゃんの子供が今年小学校に入って、ナイスミドルになってたて。そう言えば今年から小学校の校長先生が鈴木先生になって。旧校舎の取り壊しも鈴木先生の意向らしいわね」
明恵には6歳上のお姉さんがいたな。もう小学生の子供がいるのか。
「ふ~~~ん」
俺はなんかもやもやする。
ガキ臭い嫉妬だと分かっているが。
鈴木先生禿げろ‼
と呪いを送る。
「まあ。古くなってたし」
てっちゃんが答える。
「お陰で俺の会社が儲かるから鈴木先生さまさまだよ♡」
「あ~‼ 見えてきた~‼」
角を曲がると小学校が見えてきた。
小学校の周りも随分様変わりしていて、マンションや住宅街が並んでいる。
昔は田んぼばかりだったのに。
新しい校舎は全く馴染みが無く。
旧校舎は白い塀で囲まれていた。
ぞくり
俺は鳥肌が立った。
何かいる。
しかもやばい奴だ。
俺は胸ポケットに触れてばーちゃんのお守りを確かめる。
「暗いわね」
明恵は懐中電灯のスイッチを入れる。
「うん。もう電気は切ってあるんだ。取り壊すだけだからね」
5本の懐中電灯の光が校舎を照らす。
「あれ~? 誰かいるのかしら~? 明かりが見えたわ~」
ナオミがしきりに校舎を見つめる。
「えっ? 本当か。俺らと同じに肝試しに来ている奴がいるのか?」
義男も懐中電灯の明かりを左右に動かして人影を探す。
近所の悪ガキが忍び込んだのか?
窓ガラスは外されているから簡単に侵入できた?
でも塀の出入口には鍵がかかっている。
梯子でも使ったか?
「この前廃墟で火事があった、浮浪者の老婆が焼け死んだが。火事でも起こされたらたまらない。とっちめてやる‼」
「そうだな」
てっちゃんが指を鳴らす。
おいおい。
お前空手3段だろ。下手に相手に怪我させたら、訴えられるぞ。
「そうよ‼ そうよ‼ 許せないわ‼」
明恵が叫ぶ。
「おい。まて」
4人が走り出す。
待て待て待て‼
おかしい。
4人はこんな性格だったか?
明恵は怖がりだ。そもそも肝試しに来る事自体有り得ない。
ナオミは太っていて足が遅く、小学校の運動会ではいつもびりで……
今は80㎏はありそうなのにチーター並みに早い。
義男だってそんなに運動神経良くなかった。
小学・中学・高校・大学とてっちゃん並みに付き合いは長いが。
俺が追い付けないのはおかしい。
てっちゃんは……まあ運動神経は良かったが、瞬間湯沸かし器に見えて用心深い。
まるで4人とも何かに操られているみたいだ。
操られている。
ぞわぞわと肌に鳥肌が立つ。
ふと、電話ボックスの女の事を思い出す。
電話ボックスがあった所にも学校にいく道にもあの女は居なかった。
だから……
成仏したのだと思っていた。
あの女は這っていた。
幽霊になってまで這って、どこへ行こうとしていたんだ?
自分を殺した奴の所か?
酷い殺され方をしていたと聞く。
カエルの解剖のように腹を裂かれて。
怖いのはどっちだ?
幽霊か?
それとも何食わぬ顔をして暮らしている人殺しか?
俺は寒気が止まらなかった。
殺人犯はまだ捕まっていない。
「お~~い。みんな何処に居るんだ~~~?」
俺は皆を探して暗い旧校舎の中を歩く。
ほとんどの物が運び出されて旧校舎はがらんとしている。
それがかえって不気味だった。
とても昔を懐かしむフインキではない。
職員室の前を通りかかった時。
「誰だ‼」
中から初老の男が出てきてた。
男は懐中電灯のを俺に向ける。
俺も懐中電灯を男に向ける。
互いに睨み合い。先に言葉を発したのは俺だった。
「鈴木先生?」
年を取っていたが、その顔には若かったころの面影がある。
「君は……?」
「あ~~覚えていないと思いますが俺神矢竜二と言います。鈴木先生は15年前に担任の先生でした」
鈴木先生は記憶を探っていたが思い出せないようだ。
仕方ない。
あの頃の俺は大人しい生徒だったから(単に猫をかぶっていただけだが)
「それより義男や森村を見ませんでしたか?」
「君以外にもここに居るのか?」
「ああ……はい。この校舎が取り壊されると聞いてみんなで見に来たんです」
「全く。困ったものだ。大方肝試しに来たんだろう」
鈴木先生はため息をついた。
図星である。
俺は笑って誤魔化した。
「この間も高校生が忍び込んでタバコを吸っていたよ。火事でも起こされたら堪らないからね。説教して追い返したよ」
「そう言えば廃墟で火事があって老婆が死んだとか」
「良く知っているね。地元の新聞の隅っこに載っていた様な記事だったのに……」
「義男が言っていたんですよ」
「義男? ああ本山義男か?」
俺は頷き。
「こっちには来なかったんですね? だったら……2階かな?」
俺は天井を見て耳をすませる。
人の気配はない。
「あっ?」
「どうしました? 鈴木先生?」
「あっ……いや……何でもない。子守唄が聞こえたような……」
「そうですか? 俺には何も聞こえませんが?」
俺は風の音じゃ無いですかと答える。
そしてふとあの人が歌っていた子守唄を思い出す。
狼に赤ん坊が攫われると言う子守唄を……
バキバキバキ‼
突然二階から何かを壊すような音がした。
「美津子……あの女‼ 取り戻しに来たのか‼」
いきなり鈴木先生が走り出した。
俺も鈴木先生の後を追い、階段を駆け上がる。
二階も下と同じで窓とドアが外されている。
暗い廊下に標本室から懐中電灯の光が漏れている。
皆がそこにいた。
だが……4人とも円を描くように床に倒れている。
皆手が血だらけで爪が剥げている者もいる。
壁に穴が開いていた。
壁の板を引きはがしたのだろう。引っかいたりした跡や、蹴っ飛ばした足跡や血だらけの手形が付いている。
「おい大丈夫か‼ てっちゃん‼ 明恵‼ 義男‼ ナオミ‼」
俺はみんなの肩を揺する。
すうすうと皆眠っている。
俺はホッとして放心状態の鈴木先生に救急車を呼んでくれと頼むが、鈴木先生はじつと4人が倒れている円の中心を見ている。
俺は鈴木先生の視線を辿る。
そこには……
懐中電灯の光に照らされた小さなガラス瓶の中にホルマリン漬けにされた者がいた。
胎児?
とても小さい。
「美津子が悪いんだ……降ろせって言ったのに。産むと言い張って……それにあの婆。美津子の日記を見つけて。私の所に来やがったから……」
__ だから……殺したの? __
いきなり懐中電灯の光が消えた。
ひたひたひた
暗闇に女の足が見えた。
白いワンピースは腹の所が裂かれていて、血塗れだ。
長い髪が風もないのにゆらゆら揺れて。
口元にホクロがある。
あの公園で子守唄を歌っていたあの人に似ている。
よく見ればその顔は幼くようやく綻びかけた花のつぼみを思わせた。
不思議だった。
恐らく彼女は殺されて、電話ボックスの場所から動けない呪縛霊となって居たはずだ。
だが這いずって旧校舎まで来た。
奪われた我が子を取り戻すために。
彼女はホルマリン漬けの胎児に手を伸ばす。
ー おぎゃーおぎゃー ー
胎児は可愛い赤ん坊になって彼女の腕の中で泣く。
でもすぐに泣き止み、彼女の胸に甘えるように顔を擦り付けた。
彼女は聖母のように微笑み異国の言葉で子守唄を歌う。
あの人が歌っていた子守唄。
暖かい光が辺りを包む。
そして彼女は、赤子と共に消えた。
成仏したのか?
いつの間にか辺りは懐中電灯の光に照らされている。
倒れている4人と呆然と立ち尽くす俺。
夢を見ていたのか?
「ん……」
「大丈夫か‼ てっちゃん‼」
俺はてっちゃんに駆け寄り肩を揺する。
ガツン‼
俺は後頭部を殴られてもんどりうつ。
鈴木校長先生……
いや。殺人犯に殴られたのだ。
頭が痛くて動けない。
やばいやばいやばいやばい‼
本能は早く立ち上がれと命令するが、体は全く言うことを聞かない。
「な……何をする……」
無様に床に転がる俺を冷たく見下ろしながら鈴木は笑う。
「何をするだと。決まっているだろ。いらぬことを知られたから消えてもらうだけだ」
この男の事が嫌いだった。
そうだ。時々この男は冷たい目で皆を見下ろしていたからだ。
虫けらを見る目だ。
「大体あの婆も悪いんだ。娘の遺品を整理していたら、本のブックカバーに私と付き合っていた事を綴った日記と写真が隠されていたと。今更だ。過去の亡霊が私の出世の邪魔をするな……」
鈴木はブツブツと喋る。
目の焦点が合っていない。
「まさか……あの老婆の火事は……」
辛うじて声を絞り出して尋ねた。
「そうさ。私が殺した」
鈴木が歪に笑う。
「あの婆『自首しろ』だの『娘の墓に謝れ』だの『孫を返せ』だの。うざかったよ」
鈴木は床下から赤いポリタンクを取り出す。
蓋を取りバシャバシャと俺達にかける。
鼻につく臭い。
ガソリンだ。
旧校舎を火事にして証拠を消すつもりだったんだ‼
「さようなら。煙草を咎めたことを逆恨みした高校生が仕返しに放火し、それに巻き込まれた哀れな我が教え子たちよ」
鈴木はマッチを擦りそれを俺たちに投げ捨てる。
マッチは床に落ち燃え上がる。
はずだった。
マッチの火が消えた。
「えっ?」
鈴木は消えたマッチを凝視するが。
再び気を取りもどしてマッチを擦った。
やはりマッチは消える。
___ 許さない。お前は私から娘と孫を奪った ___
あの人の声だ。
「ひぃあっ……」
鈴木の後ろから焼け爛れた手が伸び。
抱きつくように鈴木の腹を弄る。
「わ……私は科学者だ……幽霊なんか信じない‼ 消えろ‼ 幻‼ お前はもう死んでいるんだ‼」
__ あの子は腹を裂かれた。お前も同じ苦痛を味わえ‼ ___
焼け爛れた手がずぶずぶと鈴木の腹に食い込む。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ‼」
ぼたぼたと床に鈴木の内臓が落ちる。
埃塗れの床が血で染まる。
ぐるんと鈴木は白目をむいた。
鈴木は死んだ。
殺した女に復讐されたのだ。
「竜二……大丈夫か?」
てっちゃんの声が聞こえた。
「みんな……何時から気が付いていたんだ?」
俺は頭を押さえながら尋ねる。
くそ‼ 血が出ている。
「意識はあったんだ……ただ体が動かなかった」
てっちゃんが俺を担ぐ。
「とりあえずここを出よう」
かすれた声で義男が立ち上がる。
ナオミと明恵もよろよろと立ち上げる。
みんなガソリン臭い。
「先生がこんな人だったなんて……」
明恵が唇を嚙みしめポロポロと涙をこぼす。
ナオミが黙って明恵を抱きしめる。
明恵の初恋は鈴木だったからな。
ショックは大きい。
「「「「「……」」」」」
皆は冷たく鈴木の死体を一瞥すると旧校舎を出た。
ぼうっ‼
いきなり校舎が光り。
紅蓮の炎が校舎を舐める。
闇の中炎に包まれた校舎が浮かび上がる。
まるで火炎地獄の様だ。
皆は茫然とその炎を眺めた。
炎の中からあの子守唄が聞こえ、俺の意識はぷつんと切れた。
「幽霊が殺人を?」
俺の病室を尋ねた二人の刑事が困った顔をする。
まあそうだろう。俺だって正気を疑う。
俺は鈴木に殴られて頭蓋骨にヒビが入っていて入院している。(とほほ……アタマイタイ)
後の4人は爪が剝がれただけで通院だ。
「他のみんなは何て言ってるんですか?」
刑事はため息をついた。
「他の4人も君と同じだった。旧校舎に近付くと体が勝手に動いて標本室の壁を壊して中からホルマリン漬けの胎児が入った瓶を取り出したら糸が切れた人形のように倒れたと、しかし意識はあって君と鈴木校長とのやり取りは聞いていたと言うんだ」
「でっ? 焼け跡からあの胎児の遺体は出たんですか?」
「旧校舎は全焼でね。あったとしてもあの瓦礫の中から探すのは手間がかかる。それに鈴木校長の遺体はほとんど骨でね。まるで火葬された様だったよ。おかしな話だ。火事が起きて直ぐに消防車は駆け付けた。火葬場で何時間も焼いたようにはならないんだが」
「つまり鈴木が15年前の殺人の証拠は残っていなかったんですか?」
俺はため息をつく。
「いや。宇都宮はるが警察に娘の日記と写真を送っていたんだ。恐らく鈴木に見せたのはダミーだったんだろう」
40代ぐらいの刑事が答える。
「君は鈴木校長が何故胎児を残していたかわかるかな? 普通なら快楽殺人者の記念なんだが」
若い刑事が俺に尋ねた。
「鈴木は理科の先生です。自分の事を科学者と呼んでいました。恐らく捜査技術に興味があったんでしょう。あの胎児と自分が親子関係にあると証明できる時代が来るかもと夢想していたのかも知れません。あるいは、安いお金で親子鑑定が出来る時代が来ると……その時の為に取って置いたんだと思います」
「実際彼は死んでしまったから真実は闇の中なんだがね」
「そうですね。殺人者の心理何て知りたくもないですが……」
二人は頭を下げて出ていった。
俺は退院して東京に戻った。
ばあちゃんのお守りはボロボロになっていて中の念を込めた石は砕けていた。
母親の執念か?
二人の母親の幽霊のせいなんだろうな。
まあ。俺はばーちゃんに新しいお守りを貰ったけれど。
あれから休みの日に図書館に行ってあの子守唄を調べた。
___ 眠れ 眠れ 眠れ ___
___ ベッドの端に寝てはいけない ___
___ さもないと小さな灰色狼がやって来て ___
___ お前の脇腹をくわえて ___
___ 森の中に連れて行き ___
___ 柳の根元に埋めてしまう ___
パタンと俺は本を閉じた。
そして……三人の冥福を祈る。
~ 完 ~
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2020/2/17 『小説家になろう』 どんC
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~ 人物紹介 ~
★ 俺
神矢竜二。主人公。25歳 男
家が祓い屋をしている。幽霊が視える。ただのサラリーマン。
ばーちゃん(神矢うめ・70歳)は凄い霊能者。ただし性格はよろしくない。
家は姉(神矢恵梨香・27歳)が継ぐ。
子供の頃、電話ボックスで殺された女を視る。
初めの設定では先生になって自分が通っていた学校に勤務する事になり電話ボックスの女(幽霊)と遭遇する事になる。殺人事件の目撃者になるはずだった。地獄先生ぬ~〇~になりそこなった男。
担任こそが地獄先生だった(笑)
★ てっちゃん
森村鉄男。主人公の同級生。実家の寺を継いでいる。
霊感ゼロ。性格はいい方。主人公とは幼馴染。
★ 明恵
旧姓 南明恵主人公の同級生。美人。
主人公の初恋の相手。現在は結婚していて姑の『孫はまだか~』攻撃に辟易している。
★ ナオミ
主人公と同級生。実家を継いで喫茶店を経営している。
お喋り好き。運動神経はよろしくない。このところお腹が出てきて妊婦と間違われるのが悩み。
実は主人公を好きだった。主人公は幽霊には敏感だったが、恋には鈍感だった。
★ 義男
本山義男主人公の幼馴染みの一人。腐れ縁。
オカルト大好きな【ムー民】である。彼も霊感ゼロで主人公とよく心霊スポットに行くが、全部外れである。親の建築会社に入社している。ゆくゆくは会社社長か?
★ 佐々木
佐々木明学級委員長だった。親が離婚したため、ぐれていた頃があった。
今は落ち着いて結婚して子持。愛娘の唯ちゃんの写真をいつも持ち歩いている。
★ 鈴木先生
鈴木智章主人公が小学生の時の担任。
若い頃はハンサムだった。
今は主人公が通っていた小学校の校長になっている。
★ 電話ボックスの女
宇都宮美津子享年17歳
腰までの長い髪を三つ編みにして眼鏡をかけていた。
口元にホクロがある。
私服だと大人っぽく見える。電話ボックスの中で殺される。
幽霊になり這いずって十年以上かけて小学校旧校舎にやって来る。
鈴木に奪われた我が子を取り返す。
★ 火事で死んだ老婆
宇都宮はる(うつのみやはる)享年50歳
美津子の母親。娘が殺され犯人が分からぬまま失意の日々を過ごす。
白ユリ団地を出た後は、各地で家政婦をしていた。
若い頃は凄い美人でロシア人の旦那とは大恋愛だったが、交通事故で旦那は亡くなる。
娘の愛読書を手にとってブックカバーに写真と日記が隠されていて鈴木の犯行に気が付く。
最後までお読みいただきありがとうございます。