戦姫の見る夢
港は賑わいを見せていた。
今日は兵役を終えた戦士たちを載せた船が出港する日。
乗船を待つ男達の表情には疲れ果てた安堵が浮かんでいる。
少女は苦々しげな表情で船を眺めていた。
故郷を持たない少女は、この戦場でずっと戦ってきた。
彼女には帰る場所がない。
いや、この戦場が彼女の帰る場所なのだ。
サキ。
それが少女の名前。
その名を誰がつけたのかはサキは知らない。
物心ついた時から、少女はサキと呼ばれていた。
少女にはもうひとつの名前があった。
戦場で二つ名を付けられることは珍しいことではない。
戦場で敵の名前を知ることなどないからだ。
戦場に不似合いなほど可憐で、恐ろしく、鬼のように強い少女。
だから敵はサキのことを戦姫とも、戦鬼とも呼んだ。
サキは戦姫と呼ばれるのは不満だった。
むしろ戦鬼と呼ばれるほうを好んだ。
サキは一度だけ、本物の姫を見たことがある。
姫はある日、船に乗ってやってきた。
周りを兵士たちに守られていて警戒心もない、柔らかい存在。
あんな腕では敵は殺せない。
私はあんな存在ではない。
私はもっと硬い。
その気になれば簡単に姫を殺せると思った。
サキは想像の中で切っ先を喉に突きつける。
そうしなかった理由は、ただひとつ。
姫が敵の識別信号を発信していなかったから。
敵は殺す。それ以外は殺さない。
それが幼い頃から身につけたサキの行動原則だった。
戦いはサキから柔らかい感情を削ぎ取った。
相手に対する憐憫などは無用なもの。
相手がサキを殺すときに憐憫などは期待できないのだから。
余計な感情は死につながる。
敵味方を分けるのは識別信号だけ。
そうやって、サキは戦場で生き延びてきたのだ。
戦場はいつも土埃でどんよりと曇っている。
激しく降り続いた砲弾の雨が少し小止みになり、サキは昼になったことを気づいた。
今から1時間は、敵もそれほど撃ってこない。
お互い、ランチの時間だ。
サキは背中に背負ったバックから糧食を取り出して、ナイフで蓋を切利落とす。
右手は用心深く銃を持ったまま、そのまま左手で飯をむさぼり食った。
右手で食うやつは馬鹿だとサキは思っていた。
人は食べている時と寝ている時が一番危ない。
左手の動きが止まり、サキは立ち上がり遠方を眺めた。
砂漠の向こうにかつて寺院であった場所。
その瓦礫の山に米粒ほどの人間の姿があった。
サキはゴーグルを望遠モードに切り替える。
距離が遠いためはっきりとはわからないが、人影はマントのようなものを羽織っている。
髪は長いが、動きから見ておそらく男だ。
そして、その男は識別信号を発信していない。
分からない以上確認しなければならない。
接触は危険だ。
できれば避けたいのだけれど・・・・。
あたりを見回すが、気づいている男はいない。
仕方ないか・・・・。
サキは残りの糧食をかきこんで、しなやかに身を起こした。
風上に回り込み、相手から数メートル離れたところまで近づいて観察する。
男はサキに気付く様子もなく、岩の上に腰掛けて、なにか呟いていた。
そして時折、本のようなものに、文字を書いている。
サキは警戒のレベルを下げた。
戦士は文字など書かないし本など持っていない。
そんなものは必要ないからだ。
戦士でない以上、あとは簡単なこと。
捕まえて、敵か味方か尋問する。
サキは男の背後から飛びつき、首筋にナイフの切っ先を当てた。
「動くな。ゆっくりと両手後ろに回せ。」
男は言われるがままに両手を後ろに回し、サキはロープで両手両足を縛った。
男の正面に回り込み、じっくりと観察した。
身長はサキより頭ひとつ高い。
髪は金色で腰の辺りまで伸びている。
手足は細く、まるで使いものになりそうもない。
「お前は敵か?味方か?」
サキの問いかけに男は怯えた様子もなく応えた。
「美しい姫よ。私の名はキリコ。ただの吟遊詩人です。」
サチは語気を強めた。
「私は姫などではない。冗談をいうな。敵かと聞いているのだ。」
キリコはそんなサチの怒りをまったく意に介さずに言葉を続けた。
「私の存在は軽く、人に敵するものなどできないものです。」
いったいこの男は何を言っているのだろう。
まったく理解できない。
サキはさらに問いただす。
「お前はどこから何のために来たのだ?」
「私は歌唄いのため、歌でしか語れませんがそれでもよろしいか?」
サキは吐き捨てるように言った。
「勝手にしろ。」
「それではお許しが出たので、歌い語るといたしましょう。」
そして、キリコと名乗った吟遊詩人は壮大な人々の歴史を歌った。
人類が生まれ、言葉を紡ぎ、愛を紡ぎ、歴史を紡いだ歴史を。
時には優しく、時には激しく、そして時には悲しく。
いつしか彼を捉えていたロープは自ら石を持つ蛇のように放たれて地に落ちる。
彼は手元にあった楽器を取り、さらに朗々と歌い語る。
サチはキリコをじっと眺めていた。
やつは、なにかが危険だ。
そう思ったが、体が石のように固くなり、動けなかった。
そんなサチの様子をキリコは慈しむような表情で見つめた。
「姫よ。あなたの心は石のように硬いのですね。」
キリコの歌は佳境に入っていく。
それはこの世界の話。
果てしなく続く戦乱の中の恋と希望の話。
そして、平和が訪れ、大団円を迎える。
サキは自分がひざまづいていることに気づかなかった。
それほどまでに、その世界に引き込まれていたのだ。
歌が終わった時、サチは自分の眼から熱い水がこぼれるのを感じていた。
「お前は、私に何をした・・・・。」
キリコはサチににっこりと微笑んだ。
「私はただ、この世の真理を歌っただけですよ。」
「不思議だ。お前の歌は美しい。そして、それが真実だとわかる。」
サチの心に新しい感情が芽生え、それは心地よいものと感じられた。
「私は、世界がこんなにも美しいものだと、今まで知らなかった。見てみたい。その世界を。」
それから7日の間、キリコは毎日廃墟にやってきた。
そしてサチもキリコの歌を聞きに、この場所にやってきた。
キリコはサチにいろいろな話を聴かせる。
恋におちた勇者と姫君の話を。
いたずら好きの猫の話を。
一心不乱に歌を聴くサキの表情は、穏やかで優しいものへと変わって行った。
そして7日目がすぎた時、キリコはサチに言った。
「姫よ、私は帰らないといけません。帰りの船がでるゆえに。」
そして、サチのほうに向かって手を差し伸べる。
「私と一緒に船に乗って、別の場所に行きませんか?」
不思議なことに、サチは姫と呼ばれることに嫌悪感が無くなっていた。
いや、むしろその響きが好ましく感じられるようにさえなっていた。
それは自分の中の硬いものが消失してしまったかもしれない。
サチはキリコに向かって右手を差し出そうとしたが、思いとどまる。
「私は行けません。私の手は、あまりにも血に染まりすぎているから。」
そして再び涙をこぼす。
彼女は、それが悲しみの涙だということを学んだ。
「私は故郷に帰ることを夢見ていた人たちの命をたくさん奪ってきました。そんな私が夢見ることは許されません。」
キリコの頬にも涙が流れた。
「姫よ。あなたの夢はなんですか。」
サチは少しの間考えてから応えた。
「私の夢は、故郷に帰ること・・・。故郷なんてないのですが。」
キリコはサチの肩に手を置いて言った。
「大丈夫、あなたならその夢をかなえられます。あなたの力を祝福にかえて。」
キリコが去った後、サチは考えた。
そして10日目の夜に、ようやく答えにたどり着いた。
そうだ、私の故郷はこの戦場だ。
皆を故郷に帰すことができれば、私は故郷に帰れるのだ・・・・。
もう、以前のように敵を無慈悲に殺すことはできない。
私の心はあまりにも柔らかくなった。
でも、私は引き返すことはできないのだ。
その日、戦姫と呼ばれた少女は戦場から消えた。
再び姿を見せたのは数年後のことだった。
永遠に続くかと思われた戦争を終わらせたのは、ひとりの英雄と3人の姫だとその伝承は伝える。
戦姫についての伝承を語る時、彼女の暗黒面について避けることはできない。
かつて、鬼と恐れられた少女がいた。
人々は彼女の暗黒面に自らの闇の部分を見出すのであろうか。
彼女の物語は広く語り継がれている。
世界に平和が訪れた後に、戦姫は冒険者となり他の星々へと旅をした。
その最後に竜となり、天の神となったというのが戦姫伝説なのだが・・・・。
その話が真実かどうかはわからない。
なんとなく、歌姫とセットになってしまいました。
世界観は似せてますが、同じかどうかと言われると・・・・。
また手直しが必要そうです。




