ブランコは、ゆれるだけ
1
ブランコがゆれている。
ギィ、ギィ、と、ゆるやかなリズムで。
金属の、こすれあう音が浸みわたる、薄暗い、夜の児童公園。
夜中にここを訪れるのは、私だけだ。
静謐なひとときを求めて、私は、この場所にたどりついた。
2
子どもの頃から、人の多い場所が苦手だった。
映画館ならまだいいが、遊園地やお祭りなど、大勢の人間が集まって騒いでいる場所からは、足が遠ざかる。
人は少ないほうがいい。
できればひとりが好ましい。
当然、人付き合いも良くはない。
カラオケや飲み会なども、参加することはまずない。
私がやってこれたのは、周囲に恵まれていたおかげだろう。
要領もそれほど悪くはないため、仕事もとくに問題はないものの、それでも、どうしたって、ストレスは感じる。
人の多い場所が苦手なのではなく、人が苦手なのだと考えるていどには。
そういうとき、私は静けさをもとめる。
3
マンションでは、周囲の生活音が気にかかる。
騒音といえるものではないが、私がもとめる静けさは、部屋にはなかった。
だから私は、夜道を歩いて、公園にむかう。
私としても、誰ものっていないブランコがゆれていれば、不思議におもう。
どういった現象なのかと考えもした。
投稿された動画を確認したり、公園にまつわる情報を集めたりもした。
しかし、不思議な現象が起こったぐらいで、絶対に近づいてはいけない場所だとか、確実に呪われる公園などと評するのは、どうかとおもう。
無責任な噂話ほど当てにならないものはない。
なにかがいるのは、事実だとしても。
ベンチに腰を落ちつけて、静かに過ごすだけならば、なにもおこらない。
耳をすませば、ギィ、ギィ、と、音が聞こえる。
ゆるやかなリズムで、金属の、こすれあう音が浸みわたる。
薄暗い公園と、私の身体に。
4
いまのマンションに引っ越して、二年ほど経過している。
児童公園があることは知っていた。
夕刻、低年齢の子どもたちが、遊んでいる姿を見たこともあった。
年代物の遊具が、撤去されることなく活躍している。
私には、そのていどの関心しかなかった。
見る目が変わったのは、夜の公園で起きた、事件を知ったときだ。
中学生の少年たちが、鋭利な刃物で切りつけられた事件。
通り魔の犯行が疑われた。
報道があって、子どもたちの姿は消えた。
しばらく時が過ぎたころ、私は思いいたった。
事件がおこった夜の公園ならば、人が近づくことはないだろうと。
間違いではなかった。
夜の公園に近づくのは、たしかに私だけだ。
ただしそれは、報道されない問題が、つづいたせいだった。
5
夜中に、公園で騒いでいる少年たちがいた。
このあたりに住んでいる子どもではなかったようだ。
物騒な叫び声と、馬鹿笑い。
近隣住民の睡眠を妨げるほどの、まぎれもない騒音だったらしい。
それが不自然に途絶えた。
悲鳴に変わった。
通報を受けた警察官が駆けつけたとき、十四歳の少年、三名が、意識を失い倒れていた。
血のついたナイフが、すぐそばに落ちていたという。
凶器となったナイフは、被害者の所持品であった。
三名とも軽傷であるが、混乱しており、まともな供述を得られていない。
現場付近の防犯カメラにも、不審な人物は映っていなかった。
私は報道された内容しか知らなかった。仲間内でトラブルでもあったのだろうと考えていたのだが、まともではないという供述を、被害者本人から聞くことのできた少年少女たちには、事件の様相が、まったく違ったものに見えていたようだ。
なにかを撮影しようとした中高生たちが、夜中に事件現場をおとずれた。
6
投稿された動画には、撮影者たちの声も入っていた。
公園を知る地域住民ならば、彼らがどこにいるのか、なんの事件について話しをしているのかは、すぐにわかる。
五人の中高生たちは、肝試しをしていたようだ。
通り魔があらわれるとは考えていない。
心霊現象が起こると、期待していたのかはわからない。
風もないのに、ブランコがゆれはじめる。
撮影者たちの雰囲気も変わった。あきらかに不自然な現象を前にして、少女ふたりが逃げ腰になった。三人の少年たちは、威勢のよい声をあげる。ブランコに近づいたりはしないが、撮影は続けていた。
ブランコの動きが、だんだん大きく、勢いを増していく。
少年たちは黙っていた。
ひとりの少女が泣きはじめた。
帰ろうよ、と、泣きながら訴えている。
ブランコの動きが、だんだん小さくなっていく。
なんだよ、これだけかよ。
少年たちの揶揄する声がきこえる。
帰ろうと訴え、泣いていた少女と、もうひとりの少女が、同時に悲鳴をあげた。
逃げ出す少女たち。
追いかける少年たち。
公園を出て、しばらく走ったところで、止まった。
撮影者が問いただしたが、少女たちは答えられなかった。
ふたりとも、声が出せなくなっていた。
映像はここで途切れた。
私が観たものは拡散された複製動画であり、オリジナルの投稿動画はすでに削除されている。
やらせだのなんだのと、当初は、いろいろと騒がれていたらしい。
撮影者たちの個人情報までさらされている。
そのうちのひとり、泣いていた少女が素顔をさらして、動画を投稿していた。
あれから三日後に、声が出るようになったという。
もうひとりの少女も、問題ないらしい。
あのとき彼女たちが悲鳴をあげたのは、声が聞こえたからだという。
うるさい。
女の子のささやく声が、耳もとで、はっきりと聞こえたそうだ。
いっしょにいた少年のうち、ひとりは交通事故にあって入院中。
ひとりは原因不明の発熱がつづいている。
動画を投稿した少年は、転居したらしく、連絡がとれないそうだ。
7
夜の公園で肝試しをおこなう若者は、何人もいたようだ。その結果、絶対に近づいてはいけない場所だとか、確実に呪われる公園などと評されている。
なにかがいるのは事実だろうが、噂など、まったく当てにはならない。
公園がある土地には、四十年以上前、名の知れた資産家の暮らす、家があった。
あの土地は、死去した資産家が、市に贈与したものだった。
遺産をつかい、子どもたちが楽しく遊べる公園をつくってほしい。
遺言に従い、遊具のある、児童公園が完成する。
地域住民に愛される場所であったのは、間違いなかった。
少子化の時代となり、外で遊ぶ子どもの数は減っても。
事件が起こるまで、悪霊や呪いといったマイナスイメージとは、縁遠い土地であったのだ。
私には、公園にいるなにかが、守り神のような存在におもえる。
呪いをふりまいているのは、人間のほうではないのかと、おもえるのだ。
8
どうやら警察は、事件ではなく、事故であると判断したようだ。
通り魔など存在しなかった。
にもかかわらず、公園に子どもの姿はない。
不審な人物を目撃したという、噂が流れているらしい。
近隣住民の不安は晴れておらず、いつの間にか、古い遊具は危険である、という声が大きくなっている。
噂など、まったく当てにならないというのに。
人は不安を感じ、不安に流されて生きている。
だからこそ、不安を増大させる人物に、簡単に騙されてしまうのだろう。
私は自分の意見が絶対に正しいとはいわない。ただし、あの公園にいるなにかが地縛霊であるという、自称霊能力者のコメントには賛同できない。
地縛霊とは、土地に縛られた存在のはずだ。
土地から動けない存在が、私のマンションにやってくるはずがない。
ゆえに、地縛霊などではない。
9
夜の児童公園で、ベンチに座り、静かな時を過ごしていると、気配を感じた。
隣りになにかがいる。
姿はみえない。
しかし、なにかがいるような気がした。
ブランコがゆれる、いつもの音も聞こえない。
子どもたちが遊びにあらわれず、寂しい想いをしているのではないか。
退屈しているのではないのか。
そんなことを考えた私は、次の夜も、児童公園を訪れた。
携帯用のゲーム機をもって。
ベンチに座り、となりにゲーム機を置いた。
公園の守り神のような存在が、このようなものを喜ぶかはわからなかったが、こちらの気持ちが伝わればそれでよいとおもった。
難しいことは考えないようにして、静かな時を過ごす。
ギィ、ギィ、と、金属のこすれあう音が聞こえる。
いつの間にか、ゲーム機は消えていた。
まったく姿は見えないが、ブランコに座っているのだろう。
ゲーム機を手にして。
10
ベッドで目覚めると、渡したはずの携帯用ゲーム機が、枕もとに置かれていた。
いらないから返すということだろうか、とも考えたが、電力がなくなっていた。
電力を消費して、ふつうに遊んだらしい。
充電した。
充電しながら確認すると、ダウンロードした、昔懐かしいRPGゲームをプレイしたのがわかる。
私のセーブデータが消えていた。
ゲームの仕様上、それは仕方ない。
そのゲームにおける、一番消してほしくないデータだったけれども。
11
姿は見えない。
ゲーム機も見えなくなる。
声も聞こえない。
ゲームサウンドも聞こえない。
ただし、それは携帯しているときにかぎられる。
コンセントにつながっていると、消せないらしい。
姿を見せてはいけないルールでもあるのか、私がいると、充電しながらのプレイはできないようだ。
私がいなければ充電しながら遊んでいる。
夜中にトイレに起きたとき、充電中のゲーム機が稼働しており、ポーズ状態の画面でとまっている。
12
公園の守り神は、おそらく、マンションに引きこもっている。
一昨日、ゲーム機が枕もとに置かれていた。意図がわからなかったが、とりあえずプレイ状況を確認すると、ダウンロードしたRPGゲームはすべて攻略済みだった。レベルは当たり前のようにカンスト。レアアイテムもそろっている。攻略情報もなしに、よくぞここまでといえる出来であった。
自慢だろうか。
姿は見えないが、功績を讃えよと訴えているのだろうか。
声も聞こえないため、要望がわからない。
RPG以外のゲームは機体内に残っていたが、とりあえず、収納スペースの奥のほうにあったゲームソフトを引っぱり出しておいた。
13
静謐なひとときを求めて、夜の児童公園を訪れる。
ベンチに座って、静かに時を過ごす。
ブランコが揺れはじめて、ついてきていることを知る。
それでいいのかと思わないでもないけれど、新しいゲーム機を買おうかと思わないこともない。二十四時間年中無休でプレイできそうな存在に、オンラインゲームを提供したらどうなるのだろう、と考えないこともない。
ゆるやかなリズムに耳を傾ける。
ブランコを揺らしている、守り神の姿を想像すると、愉快な気分になってくる。
ゲームに夢中になっていた、子どもの頃の記憶がよみがえる。
自分もまた、ゲームに時間を費やしてみようか。
そんなことを考えながら、私は、沈黙の時間を過ごしていた。