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皮膚  作者: 宇賀神アテネ
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後編

「ねぇ、仁子。今日は君の部屋に行ってもいい?」


ダメよ。私、習い事があるの。

私の左腕に自分の腕を絡ませる彼女からさっと離れる。


「じゃあ習い事が終わったら会いましょう。」


私が顔をしかめたことに気づいているのか、気づいていないのか。

彼女は歯を見せてニッと笑った。



あの日の後、私と彼女は共に喫茶店へ行った。

私はブレンドティとレモンパイを頼んだ。

彼女は続けて私と同じものを頼む。

私は、お互い別のものを頼んで半分こしない?と声をかけたが彼女は笑って

「それじゃあ意味が無いよ」

と話した。

私と同じことに、意味があるのだと言う。

その時私は特に気にせず、またおかしなことを言うのね、と笑った。


しかしその日を境に、彼女は粘着質に私に付きまとうようになり、私へ向ける視線は羨望を含み、「私」では無く「私の体」を見つめるようになった。


最初は、いつも優しく私と接してくれていた彼女に急な嫌悪感を抱くなんて、私はなんて冷たい女なんだろう!

もしかしたら何か悩みを抱えているのかもしれない。私に話そうとしてくれているのかもしれない。と自分を責め、彼女の話に耳を傾けるようにした。


しかし、時が経つにつれて彼女は常に私の隣を占領するようになり、同じ文房具を使い、トイレに行くにも一緒、休日を含め毎日のように私の部屋に上がりたがった。

先日驚いたのは、体育で着替え中、彼女は私と同じ下着を身につけていたことだ。

こんなに強引で、常識の無い人だったろうか。

私は彼女の普通とは思えない行動に、疑問を抱くようになった。



もう習い事の時間だから、行くね。また明日。


まだ時間はあるけれど、離れても左腕に絡みついてくるこの手から離れたいと思い、立ち上がった。


「うん。また後でね、習い事が終わったら会いに行くよ、私の仁子。待っているよ。」


私は彼女を置いて走り出した。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。

習い事であるピアノを弾いている最中も、彼女に左腕を引っ張られているような気がして集中出来ず何度も間違えてしまい、先生に呆れられてしまった。

そんな自分が嫌になり、教室に残ってしばらく練習した。しかし何故か左腕の違和感は消えず、集中することはなかった。


あぁ、気味が悪い。


大切な友人のはずなのに。

またも、自分を責める。


しかし、彼女の瞳にもう私は写っていない。

彼女は私の容姿を見ている。私と同じになることだけを考えている...。

私は悪寒を感じ、教室を後にした。



帰宅中、街灯の少ない閑静な住宅街を歩きながら、ふと明日提出期限の課題が終わっていないことを思い出した。家に着いたらすぐに取り掛からなければ、と小さくため息をついた。


早足な私の足音だけが、道路に響いている。

課題のことで憂鬱になっていた私は、頭をうなだれ、内側だけ擦れて剥げているローファーを見ながら歩く。



ふと、視界の端に赤いスカーフが見えた。



街灯の下で、見慣れたセーラー服の少女が何も持たずにこっちに向かって手を振ってる。


彼女だ。


私は顔を上げることが出来ず、下を向いたまま立ち止まった。

彼女は手を振り続けながら、静かにゆっくりと近づいてきた。


「仁子、私達が1つになる良い方法を思いついたんだ。ねぇ、これから君の部屋に行ってもいい?」


正面に立った彼女は私の左手に、自分の左手の指を絡ませた。


「もうすぐだよ」


私は棒のようになった足に思い切り力を込め、彼女を置いて駆け出した。



距離を置こう。彼女から離れなきゃ。

家に着き、すぐに自室に籠る。

課題のことは忘れ、震える左腕を抑えて布団を被った。


左腕、ずっと誰かに触られている気がする。





その夜、不思議な夢を見た。


布が裂けるような音が聞こえ、時折、刃物が擦れる音がする。

ずしりと体が重くなった。

何かを無理矢理剥がすような音。

生魚をまな板に勢いよく叩きつけるような音。

私の体を暖かいものが包む。

しかし、全く心地よくない。

不快感から体を動かそうとするも動けない。

だんだんと息がしづらくなる。




「わたしの 」




あまりの息苦しさに飛び起きる。

前が見えない。

咄嗟に大声で母を呼んだ。

見えない、苦しい、顔に、体に、何かが、何かが張り付いている。


私の左腕を見て!何かが張り付いているの!


顔に張り付いた何かを思い切り引っ張る。

布が裂ける音と共に視界が開けた。



全身に、皮膚を被っていた。



赤黒く、血のついた皮膚が私の全身を包むように張り付いている。

乾燥した血は私の皮膚とくっつき、無理矢理皮膚を剥がす度に痛みを伴い、布が裂けるような音を立てながら剥がれていった。


私は無我夢中で皮膚を剥がしながら、

ふと、これは彼女の皮膚だ。と確信した。


彼女は私と1つになる方法を思いついたと言っていた。


私の左腕に張り付いた彼女の指を象ったような皮膚を見て思った。


そしてこの、どこかから感じる、あの羨望を含んだ視線も。




「 仁子 」




その後、彼女の皮膚は全て剥がれ落ちた。

彼女は学校に来ていない。

死んだのだろうか。


だが、私は未だに彼女に左腕を掴まれているような気がしてならない。

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