前編
どうして、私の肌は白く透き通っているのだろう。
どうして、私の瞳は宝石のように黒く輝くのだろう。
どうして、私の黒髪は絹のように艶やかなのだろう。
どうして、私の唇は熟れた桃のように滑らかなのだろう。
自惚れているのかと聞かれたら、そんなことは無いのよ、と答えたい。
しかし12歳を迎えた頃から、それまで平々凡々な容姿だった私は、自分でも分かる程みるみる美しくなっていった。
朝、鏡に映る私の顔を、細く長い私の指が撫でる。
吹き出物なんてひとつも無い滑らか肌の上を、するすると滑るように撫でていく。
私の指が柔らかくふっくらとした唇に触れた瞬間、玄関から母の声が聞こえた。
「仁子、お迎えが来たわよ。」
いけない。もうそんな時間なのね。
私は急いで髪を整え、鏡の前でくるりと回った。
セーラー服のプリーツスカートが少しだけ広がる。
程よく柔らかな肉付きの太腿がちらりと見えた。
スカートをそっと撫で、スカーフの位置を確認する。
よし。
鞄を持ち、早足で玄関に向かう。
朝から自分の顔をジッと見つめていたことを客観的に考えて、私は何をしていたのかしらと、ほんの少し熱くなった頬を手で抑えた。
「おはよう、顔を赤くしてどうしたの。そんなに急がなくてもよかったのに。」
玄関を開けると、目の前に私よりほんの少し身長の高い少女がいた。
彼女のつり目がちな顔立ちに、セーラー服の赤いスカーフはよく似合う。
「仁子の綺麗な黒髪が乱れるの、私、イヤなの」
そう言って、彼女は少し乱れた私の前髪を手で撫でて整えてくれた。
彼女はいつも私の容姿をさりげなく褒めてくれる。
そんなに褒めたって何も出やしないわよ、といつも伝えているが
「本当のことを言ってるだけだよ」
と、笑われてしまう。
私は照れてさらに頬が熱くなるのを感じ、さあ学校に行きましょう、と彼女に背を向けて歩き出した。
「ねぇ仁子、今日は帰りに喫茶店へ寄って行かない?三丁目の大きな通り沿いに花屋があるでしょう。
あそこのすぐ近くに可愛らしい喫茶店が出来たんだ。君、きっと気に入るよ。」
彼女はくすくすと笑いながら早足で私の隣に並び、
まだ登校している途中だと言うのに、早くも放課後の話を楽しそうに話した。
少し気が早いんじゃないかしら、と思いつつ、新しく出来たという喫茶店への誘いに乗らずにはいられない。
しかも、私の数少ない友人の1人である彼女が、私が気に入るだろうと思い誘ってくれたのだ。
私は喜んで頷いた。
「ありがとう。いつも付き合わせてばかりでごめんね。」
何を言うのだろう。むしろ、私はいつも一緒にいてくれる彼女に感謝している。
数少ない友人と言ったが、私は特別親しい友人は彼女しかおらず、学校での殆どの時を彼女と共に行動していた。
少女の学校生活というのは中々難しいもので、一度親しい同士のグループが出来上がってしまうとその輪の中で交友関係を築くのが基本となり、グループ間の交流は希薄になる。
ましてや一度出来上がったグループに新規参入なんてことは難しいのである。
私は引っ込み思案で口数が少なく、この容姿のせいもあってか中々友人を作れずにいた。
そんな中、気さくに声をかけてくれたのが彼女だ。
彼女が私以外の生徒と話しているところは見たことが無い。
しかし、きっと私に気を使っているのだろうし、社交的な彼女のことだ。
私の知らないところで友人との交流を楽しんでいるのだろう。
なんだか妬けてしまうが、今この瞬間、彼女が私のことを考えてくれている。それだけで優越感を覚えた。
「嬉しいよ、仁子。私はね仁子、いつも時間を共有してくれる君にとても感謝しているんだよ。
ずうっと思っていたんだ。
君と時間を共有し続けたら、私は君に、君は私になれるんじゃないかってね。
同じ時を過ごして、同じものを身につけて、同じものを食べる。
そうしたら私たちに違いなんて無くなるだろう?
私たちは1つになる。
どうかな。素敵だと思わない?」
真面目な顔をして、彼女はそう言った。
あまりに真剣に、あまりにそうなることが当然のように話す彼女に、私はおかしなことを言うのね、と冗談めかして笑ってしまった。
彼女のことは大切だし、好きだ。
でも、私と1つになるなんて。そんなこと有り得るのだろうか。
「何も、何もおかしいことなんかないよ。」
そう言う彼女は私を真っ直ぐに見つめていた。
私の肌を、瞳を、髪を、唇を、見つめていた。
まるで、朝鏡を見つめていた私と同じような顔をして。
いつもと違う彼女の眼差しに私は不安に思い目をそらした。
しかし、あまり深く考えず、頭の中ではぼんやり喫茶店のことを考える。どんな素敵な喫茶店なのか。何を食べようか。
視界の端に映る、彼女の真剣な顔を気にしながら。
しかし、この日を境に、彼女はみるみる変わっていったのだった。