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まあ俺の今までの人生は大体こんな感じだ。そして今は依頼を終えて帰るところだ。
── パンッ
転移するとすぐ、そんな音が耳に入ってきた。
「おかえりリクト。そして、十回目の依頼達成おめでとう」
視線を上げると、目の前には笑顔でクラッカーを持ったジゼルの姿があった。
「ああ。まったく、お前のおかげで今、とてつもなく眠いがな。っていうかなんなんだ。それは」
クラッカーの紙吹雪を頭に乗せ、重たそうに瞼を開けているリクトが言う。
「ん? これはクラッカー、というそうだ。祝いのときに日本ではこれを使うと聞いたから頑張って取り寄せたんだが。....違うのか? 」
ジゼルはハッとした表情でリクトを見た。
「いや、そういうこと言ってんじゃねーよ。そうじゃなくて、なんでこんなものをわざわざ用意したかって聞いてんだよ」
「なぜって、そんなの決まってるだろ。それは....記念すべき十回目の依頼達成だ」
さも当然のように言うジゼルにリクトはすかさずツッコミを入れた。
「そんなもの、わざわざ祝う必要ないだろ。だいたい、そんなことに気を遣う暇があったなら、もっと他に考えることがあるだろうが ! ! 」
「.... なんの事だ? まあ今はいい。それより、早くこっちに来い。と・く・べ・つ・に、この私がお前にケーキを作ってやった」
こいつ....! 今、考えるの放棄しやがったな。
リクトは心の中で呆れながら、ジゼルについていく。
「よし、今ケーキを持ってくる。ちゃんとここに座ってろよ」
リビングに行くとジゼルはリクトを椅子に座らせ、鼻歌を口ずさみながらケーキを取りに向かう。
口ずさんでいるのはハッピバースデートゥーユーといういろいろと状況を間違った歌だ。
「ほら、リクト!! 見ろ、結構上手くできてるだろ ? 」
どうだ! と言わんばかりの表情でジゼルが運んできたのは、とても上手く出来ているとは言い難い、クリームがドロっと溶けた、形の崩れたケーキだった。
「....あ、あ、そうだな....。よく出来ているじゃないか」
リクトは眠りかかっていた脳を無理やり起こし、慎重にこれからの行動を考える。
「なあ、一つだけ聞きたいんだが....。これはちゃんと冷やしてたのか? 」
そう尋ねるリクトの頬が少し引き攣ってしまっていることにも気付かず、ジゼルは不思議そうにしながら頷いた。
「勿論だ。今回は初めてのケーキ作りだったから細かいことまでしっかり計画を立てて、計画に沿って作ったんだ。時間も、今までで一番掛かった。私の自信作だ。ほら、早く食べてみろ」
ジゼルはケーキを皿に取り分けると、皿をリクトの手に直接渡した。
「あ、ああ。....いただきます」
リクトは、ならどうしてこんなにクリームが溶けているんだ。と思わず言いそうになるのを堪え、ケーキをそっとフォークで刺し、口に運ぶ。
「どうだ....美味いか ? 」
少し緊張した面持ちで尋ねるジゼルにリクトは吐きそうになるのを耐えて、ああ、美味い。と答えた。
「ほら、見てないでお前も食べろよ」
リクトはお返しとばかりにジゼルの皿に多めにケーキをよそった。
「ああ。んむ....んっ」
ジゼルは皿の上で今にもクリームがケーキから垂れそうになっているのを上手くまとめて掬うと、一口で口に入れてよく味わってからゴクッと音を立てて飲み込んだ。
「んっ。うむ。やっぱり、私の作るものは最高だな。初めて作ったとは思えない出来だ」
まさに、自画自賛だ。ジゼルは自身を褒めたててからケーキをバクバクと口に運んでいく。
本当にこいつの味覚はどうなってるんだ....。
ジゼルの作ったケーキは一言で表すと不味かった。だがリクトはそれをジゼルに伝えるわけにはいかなかった。
ジゼルは料理がとてつもなく下手だ。そして同時に、味音痴でもあった。
それをリクトは、初めてジゼルの手料理を食べた時に思い知った。
そのときの料理は不味いなんてものじゃなかった。それに比べれば今回のはだいぶマシだ。もしかしたらジゼルの腕も一応は成長しているのだろうか?
とりあえず、そのときの料理は本当に気絶しそうなほど酷い味だった。だから俺は正直に不味いとジゼルに伝えた。
すると、ジゼルは一瞬涙を堪えるようにしたが、耐えきれなかったらしく、次の瞬間には静かにボロボロと涙を流し始めたのだった。
今までそんなジゼルは見たことがなかったため、リクトは内心物凄く焦っていた。
リクトは、ジゼルが泣く可能性は全く考えていなかった。むしろジゼルならば、怒り出して手がつけられなくなるかもとその方向性で少し焦っていたのだった。
リクトは予想外のジゼルの反応に本気で冷や汗を流していた。せめて不味さを分かってもらえば少しは泣き止むかもしれないと、泣いているジゼルになんとか料理を食べさせる。
だが悲しいことに、ジゼルは自分の作ったものを食べて
「美味しいじゃないか ! ! 」
とさらに大泣きし始め、やけ食いで一人で全て食べきってしまった。そう、ジゼルはとてつもなく味音痴だったのだ。
それ以来、なにかと理由をつけてはリクトが料理を作っているのだがこういう、サプライズをされるときだけはどうしても阻止することが出来ないでいるのだった。
しかも、ジゼルが本気で泣いてしまうことが分かっているためからかう事も不味いと言うことも出来ず、リクトは必死に笑顔をつくり、美味しいと言って食べる続けるしかなかった。
「ぅ、そういえばなんでこんな予定を早めて帰ってこさせたんだ。まさか、この祝いのためだけじゃないよな?」
もしそうだったらぶっ飛ばす.... ! と心の中で呟きながら、吐きそうになるのを我慢してまた一口、ケーキを口へと運ぶ。
「ああ。これも理由の一つではあるがな....一番の理由は、新しい依頼が入ったからだな」
「新しい依頼 ? それ、そんなに急ぎの依頼なのか ? 」
一瞬で仕事モードに切り替えてリクトは訊く。
「ああ....。依頼主になるべく早く解決して欲しいと言われてな」
「わかった。それで ? いつから始める予定だ」
「それが、お前には本当に悪いが....明日の朝すぐに行ってもらう」
「なっ ! ! それはいくら何でも早すぎだろ ! ? 」
それだと、情報は今日中に全部頭に詰め込まないといけないってことじゃねーか。この作業だけでも普通なら3日は必要だってのに。もう完全にブラック企業だな。これのどこが楽な仕事だ ! !
ああー過去の俺に今の俺の状況を伝えてあげたい。
「ああ、本当に今回のことはすまないな。あ、それと今回は私もついて行くからな」
「はぁ何のためにだ ? 大体、お前の仕事はどうすんだ。ここに誰もいなかったら、また依頼が入ってきてもわかんねーだろ。それにこっちに帰ってくるときはどうすんだ」
「まあ、そう急かさずに少し落ち着けリクト。ちゃんと依頼が入ったら私に伝わるようにしてあるし、転送も私があっちの世界で操作出来るように準備してある。お前が心配することは何も無い」
ジゼルは早口でまくし立てるリクトを落ち着かせようと、コップにコーヒーを注いで渡す。
リクトはそれを受け取り、一口飲むと深呼吸して言った。
「....ふぅ。お前がちゃんと準備してることはわかった。だが、そもそもなぜお前がついてくる必要があるんだ? 」
「それは....」
「それは ? 」
俺は何かただならぬ理由があるんじゃないかとジゼルの言葉をそのまま繰り返して聞き返す。
「....ずっと、一度でもいいからお前の仕事ぶりを見てみたかったからだ」
「....は ? 」
何を言ってんだ、コイツ。マジで意味がわからん。嘘つくにしてももっとマシな嘘があるだろ。
「リ、リクト ? おいどうしたリクト ? 」
ジゼルは心配そうに、急に固まったリクトの顔の前で手を振っている。
「どうしたリクト ? じゃねーよ。それはこっちのセリフだ ! ! 」
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あまり話が進まなくてすいませんm(_ _)m