近付く崩壊
白を基調とした二階建ての一軒家が視界に入る。
「ただいま」
その家の鍵を開け、一歩自宅へと踏み入れながら口にした言葉に対する返事はなかった。
「まだ二人とも帰ってないか」
父さんが家から出て行ってから三ヶ月が経った。母さんは僕と兄を育てるために働き、兄は薬剤師を目指し、毎日勉強尽くしで二人とも帰るのは遅い。
リビングの机に置かれている置き手紙には、『冷蔵庫にご飯があるから、温めて食べてね』と書いてある。
僕は静かな家の中、一人で食事をし、風呂に入った。
家の中に音は一切ない。物静かで誰も住んでいないんじゃないかと思う程の静寂が家中には広がっていた。
「静かだなぁ」
風呂場に響く僕の声は反響し、僕の鼓膜を刺戟する。反響する言葉に僕は目を細め、天井を見つめる。家の外装と同様の純白の壁が僕を囲んでいる。普段から綺麗にされている壁・天井をしばらく視線を向けていると、なぜか視界がゆっくりと暗くなり始めた。
「・・・眠るところだった。そろそろ出ようかな」
浴槽から立ち上がろうとしたとき、僕の中から何かが軋む音が鈍い物に変わり始めていたことに僕は気づいていなかった。
「ただいま、詩音。お風呂はいってたのね」
「あぁ、母さんか。お帰りなさい、今日もお疲れ様」
リビングの椅子に座っていた水無月 幸子。僕と兄を女手一人で育ててくれている母親。
「いつもありがとね、詩音。今日の学校はどうだったの?」
「今日? いつもと変わらないよ。そういえば、紅葉にどうしたの? って聞いてきたぐらいかな。あ、あと太陽にも無理してないかって言われて胸ぐら掴まれたくらいだよ。みんな心配性なんだよね、大丈夫なのに。」
「・・・そっか。紅葉ちゃんと太陽くんは元気にしてる?」
「紅葉は相変わらずだよ。学校では猫かぶってるよ。太陽は今、言った通り胸ぐらを掴むくらいには元気だよ。」
「そう。太陽くんも紅葉ちゃんも優しいわね。」
「心配しすぎなんだよ。」
優しい笑みを僕に浮かべる母さんを他所に僕は自室へと戻り、勉強机と向き合う。
「今日の復習しないと・・・」
バッグから取り出した教科書とノート。それらを机に広げ、勉強を始める。
三ケ月前の自分じゃ考えられないことばかりだ。
「僕がこんなこと勉強をするなんてね・・・ハハ」
僕は空笑いを浮かべていたことに気づかなかった。
徐々に壊れていることに自分で気づけないでいるんだ。
そう、もう僕は壊れ始めていた。
『俺は何もできない役立たずなんだよ。』
そんな言葉が出ていたことにも気づけなかった僕がそこにはいた。