空虚な心に安らぎを
高校が始まり三ヶ月。僕こと水無月詩音の生活は一変した。中学生までの僕は勉強よりも友達と遊ぶことを優先してきた。だから、中学までの成績は常に中の下くらいだった。友達さえいれば楽しくて、そして家族がいるだけで幸せな時間だった。けど、僕の生活は入学と共に変わっていた。学校では真面目に勉強を始め、わけあった生徒会の仕事を手伝うようになった。授業が始まる前には黒板を綺麗にし、周囲からは気が利く生徒といった印象をもらうようになった。けど、本当はこんなことがしたいわけじゃない。僕はもっと周りとバカみたいな会話や遊びを楽しみたい。
けど、学校の生活はつまらない。常にそう思っていた。
中学までは疎かにしていた勉強にも真面目に取り組むようになった。
こんなのは本当の僕じゃない。僕じゃないんだ・・・。
授業内で常に感じている、この悲しい感情。
「こんなのは僕じゃない・・・」
「どうかした? 詩音。」
授業終わり、僕に話しかけてきた一人の女子。
「あぁ、紅葉か・・・どうかしたの?」
黒い長髪、整った顔立ちと感情の薄い表情を持つ僕の幼馴染。
神在月 紅葉。
クラス内では静かで影が薄い彼女は僕の幼稚園からの幼馴染だ。
「あぁ、じゃないわよ。どうかしたの?」
「いや、何もないよ。僕はいつも通りでしょ?」
「いつも通りね・・・どこがよ。」
「いつも通りだよ、何も変わってない。」
無表情に近い紅葉に僕は満面の笑みを浮かべる。
「何よ、その笑顔・・・ムカつく。」
「えっ?」
「なんでもないわよ・・・ったく。」
紅葉は吐き捨てるように僕を睨みつけながら、自分の席へと戻った。それと同時に僕は文字が書かれている黒板を綺麗にする。
「詩音、お前高校に入ってから無理してるだろ」
紅葉と入れ替わるようにクラスメイトの金髪男子が話しかけてきた。
「太陽・・・」
僕に話しかけてきた目尻がつり上がり、睨みつけるように視線を向ける金髪の男子。
彼は中学からの親友である榛野目太陽だ。
中学からいつも僕のそばにいてくれて、悩み事や勉強を教えてもらっていた親友だ。そんな彼は僕を睨みつけていた。
「さっき、紅葉からも同じようなこと言われたよ。どうかしたのって。」
「そりゃそうだろうよ。お前、入学した頃から急に性格が変わってるんだからよ。昔はもっと馬鹿みたいに燥いでたやつが真面目にしてればおかしいと思うだろ。」
語調を強く言葉を口にしている太陽だが、僕はこう口にした。
「何も変わらないよ。高校に入って真面目になることだってあるでしょ?」
「あるかもしれねぇけどよ・・・変わるのが急すぎるだろ。昔みたいに何かあったなら相談しろよ。俺ら親友だろ?」
語調が強かった言葉が柔らかく、心配するように僕に向けられた。
心配かけてるのかな・・・僕。
「紅葉も太陽も心配しすぎだよ。僕は大丈夫、いつも元気だよ。」
紅葉にも向けた笑みを太陽にも向けたが、同時に太陽は僕の胸ぐらを掴んだ。
「っだからよっ!!」
悲痛そうな表情を向けてくれる太陽だけど、僕は心配されるだけの人間じゃない。
「太陽・・・苦しいよ」
「っくそが」
胸ぐらを離した太陽は苛立ちを隠さず、自分の席へと着席し、僕を睨みつけていた。
僕は大丈夫・・・大丈夫だから。
心の中で口にし、僕は黒板へと体を向けた。
「それじゃ、黒板消しも綺麗にしとこうかな。」
入学から三ヶ月が過ぎた今の僕を支えているのは、この小さな役割だ。
自分を支えている細い柱は折れてしまうんじゃないかと思う程の音を軋ませながら、僕をなんとか支えてくれていた。