心配してくれる人
翌日、僕は眠り眼で学校までの道のりを歩いた。
時間は七時五十分。他のクラスメイトたちは今から家を出るか、電車に乗っている頃だと思う。ただ、目が覚めた僕は学校での役割を全うするために、早く教室にいるんだ。
黒板を綺麗に、黒板消しやチョークの用意、授業のプリント等の準備をするのが僕の日課だ。そんな日課を毎日熟していたからか、担任から信頼してもらえるようになって、今では生徒会の仕事も手伝わせてもらえるようになった。
誰よりも早く、教室の扉を開け放つと珍しく先客がいた。
「あっ、水無月くんだ。おはよっ!」
「おはよう、三日月さん。珍しいね、こんな朝早くから教室にいるなんて。」
「たまたま朝早く起きちゃって。家に居ても暇だったから来ちゃった。」
屈託のない笑顔を見せる彼女、クラスのムードメーカーである三日月 椿さんが窓に背を凭れさせていた。そんな彼女は僕の表情を訝しげに見つめると、
「んっ? 水無月くん、どことなく表情が変わってるね。昨日、いいことでもあったの?」
席へと着席した僕の机に両手をついて顔を覗き込んできた。
目尻が下がっていながら、少しだけ口角の上がった優しい表情。同時に、彼女が短めの茶髪ということもあり、印象が明るい。また、少し小さめの制服なのか、卯月さんより肉付きの良い彼女のボディーラインが強調されているのも、彼女の特徴だ。
目のやり場に困りながらも、
「良い事というか、卯月さんと仲良くなったからかな?」
「へぇ〜、卯月さんと。」
まじまじと僕を覗き込んでくる彼女の表情に笑みは無かった。ただ、物珍しそうに僕を見つめた後、卯月さんの席へと視線を向けていた。
「新手、現るかぁ〜。先を越されたなぁ〜。」
細かく動く彼女の唇。その表情は普段の彼女らしさが無いような気がした。
無垢な笑みを浮かべ、クラスメイトたちを笑顔にする彼女の人柄の良さ。ただ、僕の目の前にいる彼女の表情は真剣な眼差しで、卯月さんの席へと視線を向けていたことに珍しさを感じた。
ほんの一瞬の表情ではあったけど、そんな印象を僕は持ったのだ。
「ねっ、水無月くん。いつもは大体、この時間に来てるの?」
真剣な表情だった彼女は普段通りの屈託のない、無邪気な笑顔を浮かべている。
「まぁ、今日は普段より早いかな? いつもは八時十分位に来てるよ。」
黒板消しやチョークの用意をしながら答えると、僕は後ろから抱きつかれた。
「えっ!? ちょっと、三日月さんっ!?」
突然の出来事に驚くしかない。背中に押し付けられる彼女の胸の感触にたじろぐしかなくて、日常的に話すとしても、こんなことをされるとは想像もしていなかった。
「水無月くん・・・なら、私も早く来て手伝ってもいいかな?」
耳元で囁く彼女の声はクラスメイトに話しかけるような声音ではなかった。
真剣な声音で、「心配しているんだよ。」と、言わんばかりの声音が僕の耳元で囁かれた。
「三日月さんっ!? 手伝ってくれるのは嬉しいから、離れてっ!!」
「は〜い!」
慌てながら彼女の抱きつきを振り解き、頬を赤らめながら彼女へ顔を向けた。
そこには朝日に照らされている三日月さんがいた。両手を腰に回し、前屈みに子供のような無垢な笑顔を向けてくれている彼女がいた。
「これからよろしくねっ!!」
「こっちこそ、よろしく。」
そんな彼女の言葉に、自然と僕も返事をしていた。
目の前にいる彼女の子供っぽさと隠れてる大人な印象が僕の中のイメージを変えた。