家族の在り方
「今日はごめんね。」
僕は校門前で卯月さんと別れた。
家への帰路は徒歩で大体二十分。ただ、この二十分が僕には長く感じた。
太陽のこと・父さんのことが頭の中から離れない。
特に父さんのことが僕の心を騒つかせる。
父さんは今どこで何をしているんだろう・・・。
信号で立ち止まっている僕は空を見上げた。
暗くなっている夜空の星は煌びやかに輝いていて、眩しく見える。
父さんも、この綺麗な夜空を見てるのかな?
心に大きく開いた穴は悲しい風を通して、僕を寂しくさせる。
ただ、今日の僕は少しだけ違う気がしている。
「あ、明日も学校で・・・」
軽く俯いている卯月さんが小さな声で恥ずかしそうに僕に手を振りながら言ってくれた言葉。そんな言葉に僕の心は暖かくなっていた。
僕のために涙を流してくれた彼女は僕を安心させてくれた。
今日は色々な出来事があったからこそ、帰りの時間が長く感じているんだと思う。
家の前に着けば、兄さんの部屋から光が漏れていた。
「兄さん帰ってるんだ。」
手に取っていた鍵を鞄に戻してから玄関を開けた。
「ただいま。」
「詩音か、おかえり。一緒にゲームでもやろうぜ。」
二階から降りてきた短髪が逆立つ長身の兄さんこと、水無月優希。
吊り目に銀縁メガネをかけ、話しかけづらい印象を持たせる兄さんだ。
「後でね。兄さんは勉強でもしてたの?」
「物理が苦手だからな。薬剤師に物理が関わるとは思わなかったから大変なんだわ。せっかく、あいつも家にいねぇ生活が送れてるわけだし、ゆっくり勉強できてありがたいわ。」
「そっか、よかったね。」
兄さんは父さんからDVを受けていたこともあって、父さんに関する発言は棘がある。けど、それ以外の会話では優しいのがいいところなんだ。
「そういえば、母さんから聞いたぞ。太陽・・・死んだんだってな。辛いだろうけど、時間が経てばなんとかなる。それまで気分転換に一緒にゲームやろうな。」
僕の頭をクシャクシャと撫でながら、笑顔を向けてくれる兄さんの優しさは嬉しい。けど、僕の中では罪悪感が多い。
僕のことを利用していたのに・・・。
そんな気持ちを抱えながらも一緒に遊ぶ。
ソファに座ってテレビゲームを一緒に遊んでいる兄さんの笑顔や悔しそうな表情は父さんがいた時には見られないものだった。
「ただいまぁ。二人ともご飯は食べた?」
そして、母さんも同じような変化があった。
家に帰ることを楽しみにするようになったんだ。
家に帰るなり、僕たち二人がいる場所に座るようになった。
「ゆっくりできるっていいわね。」
僕たちが遊んでいるゲームを一緒に眺める母さんも笑顔だ。
今の時間は午後八時二十分。この時間帯に父さんはよく帰ることが多かった。
だから、母さんたちは帰ってくるなり部屋に籠ることが多かった。でも、今はリビングでソファに座るなり、ご飯を食べるなりと自分の時間を過ごすことができるようになったんだと思う。
「三人でいれる時間って幸せね。」
「そうだな、ゆっくりできるわ。」
「そうだね・・・」
二人の考えてる家族像っていうのは、今の状態なんだ・・・。
緊張感なく、自分の時間を過ごせる他愛のない生活。
僕にはそれがわからなかった。
家族って、父さんがいるから家族っていうんじゃないの?
二人の気持ちと自分の気持ちのギャップに、その時の僕は戸惑った。
二人は今も他愛のない会話をして、笑顔を浮かべて楽しそうにしている。ただ、そこにいる僕の笑顔は紅葉や太陽が言っていた、作り笑いだ。この作り笑いを家族に向けて、今の家族を演じることが新しい僕の役割だ。
「三人だと、楽しいね。二人とも。」
僕は嘘を吐いた。
吐き気がするんじゃないかという大きな嘘を、僕は吐いた。