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水無月 詩音の回想と崩壊

 僕は家族を守るのが仕事だった。

 僕の役割は生まれてからずっと家族を守ることだったんだ。

 誰から守るのか。誰からも守ったりはしてなかった。

 家族といった形を保つことが僕の仕事だったんだ。

 僕が生まれる時、兄さんは父親から料理を作ってもらえず、カップ麺の生活を一週間続けさせられた。その間、兄さんは父さんにご飯が食べたいと言ったそうだ。けれど、


「食いたいなら自分で作れ。」


 父さんは兄さんに対して、無情にも言い放ったそうだ。この時、兄さんは四歳だった。自分で作ることなんて無理な子供に父さんは自分で作れといった。また、そのことに対して父さんは兄さんを怒ったらしい。

 母さんと父さんはそのことで揉めたそうだ。

 僕は生まれていたけど、赤子だからそんな記憶はない。

 喧嘩の結果は父さんの暴力によって終わったそうだ。

 父さんの学生時代は自衛隊の訓練生だった。無駄な学力と知識、武術だけを身につけた子供だった。訓練生時代の休み時間、ドッヂボールをしていて肩を壊し、自衛隊になれなかった落ちこぼれだったんだ。

 これを知ったのは僕が小学四年生ぐらいの時。

 父さんは学校を中退し、社会人として努力して仕事に就いていた。けれど、社会は不況となって、リストラされた。この時、一度目の家族崩壊が起こったのを覚えてる。

 家に帰ると鬱病で部屋に篭っている父さん。僕が近所の女の子と遊ぶと言うと、


「お前は家から出るなっ!!」


 と怒鳴られたのを未だに覚えてる。ただ、その時の僕は初めて父さんの言うことに逆らった。けど、家に帰るのが怖くて、女の子と一緒に帰ったのを覚えてる。

 女の子と家に帰ると、僕を睨みつける父さんがそこにはいた。


「入れ・・・」


 声音が暗い言葉に僕はビクビクと怯えながら家に帰った。けど、その先の記憶は僕にはない。何があったのかは僕自身もわかってないんだ。

 けど、こういった悪い記憶だけが僕の中にあるわけじゃない。


「詩音・・・一緒に釣りでも行くか?」


 笑みを浮かべながら僕に近づいてきた父さん。一緒に遊んで、釣りの楽しさを教えてくれた。それと父さんは僕に、


「一緒にゲームをやろう? ピクミンとドラクエⅧをやろう。それにみんゴルもやるか?」


 と、誘ってくれたのだ。

 この時の父さんの優しさは今でも覚えてる。本当に優しかったんだ。怒れば鬼のようになる父さんだけど、優しい一面を僕は知っていた。そして、僕は父さんのお気に入りだったんだ。

 それに、父さんが新しい仕事先を見つけて働き始めた頃だったかな。

 僕と母さん、兄さんと一緒に眠っていた時のことだ。


「いつもごめんな。お前が大好きだ。」


 僕の枕の横で涙を流している父さんを見たんだ。

 凄く悔しそうに涙を流しながら、僕のことを優しく見つめてくれていたのを子供ながらに覚えてる。

 だからだろうか、子供の頃から僕は家族をまとめる、家族として形を残すことが役割になっていたんだ。

 僕が家族を支えるんだ。

 大切な家族を守る。

 この仕事が生まれた時からの僕の仕事だった。

 ただ、父さんは母さんと兄さんから怖がられてた。

 毎日、父さんが帰ってくる音が聞こえると静かになって、部屋に篭るようになる。

 兄さんは僕とは違って、ちょっとしたことを口にしただけで父さんから殴られ、足の関節を悪くし、顎の骨を折られた。

 母さんは結婚して以来、胸ぐらを掴まれたり、皿を投げつけられたり、罵声を浴びせられる生活を強いられてきた。

 だから、家族としての会話は「おかえり」、たったこれだけだった。

 僕はどうにかして、父さんを家族と繋げていたかった。

 けど、父さんが僕の前から居なくなった時、気がついたんだ。

 僕は母さん、兄さんに利用されていたことに。


「詩音、父さんが帰ったらお前が父さんの相手をするんだ。」

「詩音、お父さんが帰ったらご機嫌取りしてね。」


 二人の言葉と笑顔が僕には辛かった。

 幼稚園の頃から続いた、この家族とは思えない言葉。この言葉は呪いだ。

 僕は父さんが大好きだ。そして、母さんたちも大好きだ。

 家族が僕は好きだったんだ。

 ただ、高校入学の二日前、僕の大切な家族は本当の意味で崩壊した。

 そう、僕の役割、愛情を注いでいた家族、支えていたという自信、家族になれると希望を抱いていた自分、そして・・・家族への信頼。

 これら全てを家族に壊されたんだ。

 父さんが去り際に言ってくれた言葉。


「詩音・・・お前が母さんを助けるんだ。」


 この言葉は父さんの、最後の家族への愛情だったんだと僕は気づいた。

 気づくのが・・・遅すぎた。

 僕は壊れた。

 自分の存在価値が無くなったのだから。

 父さんがいなくなった日、水無月 詩音という少年はこの世から去ったんだ。

 翌日から家にいたのは、違う自分だったと今の僕は懐かしく思う。


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