苦しい問題を彼は直視する
「ごめん、こんなつもりはなかったんだけど・・・。」
「い・・・いえ。わ、私も自分でびっくりしてますから・・・。」
屋上にいる僕たち二人はフェンスに背を凭れながら座っていた。
「「・・・・・・・・・・・・」」
何を話せばいいのか判らず、陽は徐々に暮れ始めていた。
あれから早くも十分が経っており、二人して話をすることができない状況になっていた。
「あ、あの・・・」
「な、何?」
「さっきは、その・・・・ご、ごめんなさい。」
「そんなっ、卯月さんが謝ることなんか何もないんだよ? 僕のことを心配してくれてたんでしょ?」
「そ・・・そうです。すみません。」
俯きながら、横目で僕のことを見つめる彼女の瞳には未だ涙が溜まっている。
「もう泣かなくて大丈夫だから。僕はもう大丈夫。」
「そんなことないですっ・・・。目、目は・・・変わってないです。」
「そ、そうなのかな?」
「そうですよ・・・。」
「ごめん・・・。」
俯いていた彼女は顔を上げ、僕の顔を真剣に見つめていた。彼女の瞳に映っている自分、その瞳に輝きはないような気がする。けど、この目になってから三ヶ月。僕の中では普通という認識になりつつあった。
まじまじと瞳を見つめる彼女の顔に僕は少し、心臓の鼓動が早くなる。
普段は俯いていたり、前髪が顔を隠している彼女だけど、僕の前にいる彼女は素顔が見える。顔を隠しているのが勿体ないと思えるだけの整った顔立ち。そして、眼鏡越しの瞳に僕は吸い込まれる気がした。
「卯月さん・・・か、顔が近い。」
「えっ・・・? うわぁぁあっ!! すみません、すみませんっ!!」
急いで距離を取った彼女は頭を何度も下げながら謝っている。
「っぷ・・・はは、はははははは、面白いねっ!」
そんな彼女の反応が一つ一つ面白くて、僕は久々に涙を流しながら笑ったと思う。
これまであまり話をしてこなかった彼女と話して、新しい彼女の一面を知って、僕は面白かった。
そんな僕に彼女は意表を突かれた表情をしてる。彼女の表情をみているとどうしても笑いが止まらない。
「なっ、なんで笑うんですか!! こ、こっちは真剣なんですよっ!!」
「わかってる、わかってるんだけど・・・どうしても笑っちゃうんだ。」
「も、もう・・・知らないです。」
俯く彼女の仕草一つ一つが可愛らしく、僕を楽しませてくれる。久しぶりに生きているって心地がするんだ。
「ごめんね、笑いすぎちゃったよ。」
「ほ、本当です・・・もう。そ、それでなんですけど・・・み、水無月くんは何に・・・苦しんでるんですか? わ、私は・・・それが知りたいです。」
長い前髪から見える彼女の瞳は一直線に僕を見つめていた。彼女の真剣な眼差しが虚ろな僕に向けられていた。
「僕は・・・何に苦しんでるんだろう。僕自身もわかってないんだ。」
「わ、わかってないって・・・榛野目さんのことで苦しんでるんじゃないんですか?」
「太陽のことも苦しいよ、それは間違いない。けど、僕は・・・。」
この先の言葉を僕は口にしたくない。
本当は僕が何に苦しんでいるのか、そんなのは三ヶ月前からわかってるんだ。ただ、それを僕は認めたくなくて、問題として見ないようとしていたんだ。
「ぼ、僕は・・・。」
直面する問題に僕の瞳からは涙が溢れそうになる。そして、言葉を口にしようとすると嗚咽がする。彼女に伝えようとすると、自然と顔は床へと俯いていた。
ただ、彼女はそんな僕の手に優しく手を乗せてくれた。
「・・・・・・い、いいんです。む、無理に言わなくて大丈夫です。ゆ、ゆっくりで大丈夫ですから。」
「ごめん・・・ごめん。」
「い、いいんですよ。大丈夫ですから・・・頑張ってるのをちゃんと私が見てますから。」
その一言に僕はもう一度、涙が溢れた。今度の涙は滝のように溢れてくる、子供が泣くように溢れてきたんだ。
僕は心の中で大きく叫んだ。
父さんに会いたいっ!! 父さんに会いたくてしょうがないんだっ!!