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温もり

 卯月さんと約束した放課後、僕は屋上に繋がる扉を開いた。


「卯月さん、いるかな?」


 担任から頼まれた雑用をこなしている僕は少し遅れて屋上にきた。顔に当たる風は夏が近づいていることを告げるように暖かく、心地よかった。

 屋上へ来た僕だけど、周囲を見渡しても卯月さんの姿が見えない。人が隠れるような物陰が一切ない屋上で今いるのは僕だけだ。


「先に行ってたと思うんだけどな・・・」


 訝しげな状況に戸惑いを隠せない僕だが、校舎全体が見えるフェンス越しへと自然と近づいていた。


「ここから落ちたら死ねるかな・・・。」


 フェンス越しに見える地面まで、二十メートルくらいの距離がある。ここから落ちれば確実に死ねる高さが目の前にはあった。背筋がぞっとする感覚はない。ただ、目の前に見える死ねる環境に僕は安心感を得ていたんだと思う。覗き込むように地面を見つめていた時、


「み、水無月・・・くん。」


 と、僕の手を引っ張る卯月さんが後ろにいた。


「あ、卯月さん。見当たらないから心配したよ。」

「あ、あの・・・水無月くんが来た時から・・・いました。」

「え、本当? 周り見渡しても見えなかったから、まだ来てないのかなって思ってた。」

「み、水無月くんの・・・後ろに隠れてた、から。」

「なるほど・・・なるほどじゃないよ。隠れなくていいのに。」


 照れているのか、俯きながら聞き取りづらい小さな声。ただ、そんな彼女の照れている様子にツッコミを入れながら細く微笑んだ。


「だ、だって・・・恥ずかしいから。す、好きだから。」

「恥ずかしいから隠れるなんて、可愛らしいね。卯月さん。」


 最後の方は聞き取れなかった。


「あっ、あのっ!! 水無月くんっ!!」


 彼女から発せられた大きな声。そして、俯いていた顔は僕の方へと向けられた。

 綺麗だ・・・。

 これまで彼女の顔をまじまじと見る機会はなかった。話す機会もあまりなかったことや常に俯いていることもあったから。ただ、この前の全校集会の帰り際に顔を見た時にも思ったけど、目の前にいる彼女は綺麗だ、そう単純に思った。

 メガネの奥にある濁りのない瞳は少し潤み、恥ずかしいのか紅潮している頬に華奢で小さな体は小刻みに震えてる。


「わ、私・・・知ってるんです。その目・・・」 


 唐突に切り出された言葉。ただ、その言葉を口にしている彼女の目からはーーー1粒の涙が流れてた。


「わ、私には・・・お兄ちゃんがいます。もう、仕事をしてる年が離れてるお兄ちゃんが・・・。た、ただ、お兄ちゃんは今の・・・み、水無月くんと同じ目をしてるんです。」


 目の前にいる彼女の表情、綺麗と思えていた彼女の顔から大粒の涙が流れてる。それは徐々に僕が持っていた彼女の印象を変え始めてる。


「そ、そんな水無月くんを見ていたら・・・く、苦しくて。ど、どうにかしたいって思ったんですっ!!」


 可愛らしく、小さな手は力強く僕の手を握った。力強い彼女の手から伝わる暖かな気持ち、本当にどうにかしたいっていう気持ちが表情や体を強張らせていた様子からわかった。

 いまだに嗚咽を漏らしながら涙を流している彼女は小さく華奢な体で僕のことを抱き寄せていた。


「む、無理しなくて・・・いいんですよ。み、水無月くんが・・・が、頑張ってるのは毎日見てます。だ、大丈夫ですから・・・もう、無理しなくて・・・大丈夫なんです。」


 突然の状況と言葉に僕は驚きと安心感があった。

 人に抱きしめられるって・・・こんなに安心するんだ。

 あまり話をしたことがない、クラスメイトである卯月 桜さん。ただ、そこにいる彼女の温もりは僕の心にゆっくりと染み渡り、僕の瞳から一粒の涙を流させてくれたのを僕は忘れない。


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