7.コスプレ天使とデート
「おはようございます、ご主人様」
朝からそう言って部屋の中に入ってきたのは、メイド姿のものすごい美人だった。いかにもメイド喫茶にいるようなメイドの服を着ている。だがよくみると、それは悪魔の妹の天使ミカさんだった。おれは驚きのあまり、しばらく声がでなかった。
「ど、どうしたんですか、いったい」
ようやく気を取り直して尋ねると、ミカさんはにっこりとほほえみながら答えた。
「あら、食事の給仕をする人はこんな服装をしているのではございませんか? 先日テレビで見たので、真似してみたのですよ。いかがかしら?」
「え、ええ、とってもきれいだし、かわいいです。でも、その格好で外を出歩くのはちょっとまずいかもしれません」
「あらそうなんですか、残念ですわ。それではこの格好は、この部屋の中だけにしますね」
おれはほっと胸をなで下ろした。ミカさんはメイド姿のまま朝食を作ってくれた。相変わらずおいしい朝食だ。最近はおれの経済状況もわかってくれて、食材も安いものを探して買ってきてくれる。
「わたくし、今日は大天使ミカエル様から休暇をいただきましたの。ですからあなたとデートさせていただきます」
朝食を食べ終えたミカさんは、そんな思いがけないことを言った。
「えっ、ミカさんがおれとデートしてくれるんですか?」
おれは信じられなかった。だが、天使とはいえ超美人のミカさんとデートできるのなら、こんなうれしいことはない。すると悪魔が代わりに答えた。
「あんたはまず女性との付き合いに慣れなければならん。どうせ女の子とデートしたことなど、生まれてから一度もないのだろう。だからミカにデートの練習相手になってくれるようワガハイが頼んだのだ。はっはっは」
ああ、この悪魔はただのヘタレだと思っていたが、なんていいヤツなんだ。おれはすっかり見直した。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
おれは心から礼を言った。
「それじゃあ、行きましょうか」
ミカさんが手に持った小さい杖を振ると、豪華なイブニングドレスを身にまとった美女の姿になった。まるでアカデミー賞の授賞式に出席する女優のようだ。おれはしばらくぼーっとして、その姿に見とれていた。
「どうかなさいましたか?」
ミカさんにそう言われて、おれは我に返った。
「い、いえ、あまりに美しすぎて、つい見とれていました。でも、それじゃあ街中を歩くには目立ちすぎます」
「そうですか、残念ですわ」
ミカさんはまた杖を振った。今度はかわいらしい女子高生の姿になっている。ただ、髪がショートカットで青く染めてある。そういえば、この格好もどこかで見たことがあるぞ。そうだ、「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイの女子高制服姿だ。ものすごくかわいいけれど、これじゃコスプレだ。
「これもテレビで見かけた女の子の服装なのですが、いけませんか?」
「いえ、と、とってもかわいいです」
おれはあまりのかわいさに、文句はいえなかった。
道路に出ると、綾波レイ姿のミカさんはおれの腕に自分の腕を絡めた。
「デートというのは、こうやって腕を組んで歩くんですよね」
ミカさんは無邪気な顔でそう言った。道行く人々はみんなおれたちの方を振り向いた。おれは胸がどきどきし、顔も赤くなった。そして、ミカさんが天使ではなくて、人間だったらよかったのにと思った。
「ねえ、デートというのは喫茶店に入ってお話をするんですよね。あそこに喫茶店がありますわ。入りましょう」
ミカさんが行こうとする先にあったのは、メイド喫茶だった。おれはあわてて引き留めた。
「あ、あそこはデートで行くような場所じゃありません。普通の喫茶店に行きましょう」
「そうですか、素敵なメイドさんがたくさんいらっしゃるようですのに……」
ミカさんは残念そうだった。
近くに昭和な感じの昔ながらの喫茶店があったので、そこに入った。
「ミカさん、何にします?」
「そうですね、わたくしはメランジェとザッハートルテをいただきますわ」
「は?」
「メランジェとザッハートルテですわ」
おれにはそれがどんなものなのかわからなかったが、ウェイトレスを呼んで注文してみた。
「まことに申し訳ございません。代わりにウインナーコーヒーとチョコレートケーキならございますが」
どうやら似たようなものらしい。ミカさんはウインナーコーヒーとチョコレートケーキを注文し、おれも同じものにした。
「ところでミカさんは人間だったときは、いつどこで生きていたんですか」
おれは前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「今から六百年ほど前のヨーロッパです。貧しい農家に生まれたのですが、両親を早くに亡くして修道院に引き取られました。わたくしは二十歳で病死するまで修道女として神に仕えましたが、兄は禁欲生活に耐えられずに修道院を逃げ出して自堕落な生活を送りましたので、地獄に堕ちて悪魔となったのです」
なるほど、あのヘタレらしいとおれは思った。だがそれと同時に、今のおれもそれと似たようなものだということに気がつき、げんなりした。
喫茶店を出て、しばらく街中を歩いていると、突然ミカさんが言った。
「デートといえば、ホテルというところで休憩するのが決まりだそうですね。あのお城のような建物にホテルという看板が掛かってますわ。入りましょう」
「み、ミカさん、ホテルって何するところか、わかってるんですか?」
「いいえ、喫茶店と同じで、いっしょにゆっくりとお話をするところではございませんの?」
ミカさんは無邪気にそう言った。
「ちがいます。男と女がエッチなことをするところです」
「まあ、叡智なことですか。わたくしも修道院でトーマス・アクィナス様の神学を少しだけ習いましたわ。真面目に神学の討論をするなんて、教会学校みたいなところなのですね」
「ちがいますって!」
おれはミカさんの手を引っ張って、急いで繁華街を通り過ぎた。いくらなんでも天使とラブホテルに入るなんて、そんな罰当たりなことはできなかった。それだけになおのこと、ミカさんが人間だったらよかったのに、と心の底から思ったのだった。




