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16.悪魔がいない間に

 翌朝、天使のミカさんはおれのために朝食を作りに来てくれた。おれは昨夜の出来事をミカさんに話し、悪魔が忘れていった三つ叉の矛を手渡した。

「たしかにこれは兄のものですわ。あなたがこれを振ったら、合コンのお誘いの電話がかかってきたのですね」

 ミカさんは三つ叉の矛をじっと見ながら、しばらく考え込んでいたが、やがてにっこりと微笑んで言った。

「大丈夫ですわ。きっとうまくいきますわよ。お相手の方がいつこのお部屋においでになってもいいように、しっかりお掃除してください。ついでに兄がいない間に、あの押し入れの中もきれいにしましょうよ」

「えっ、いいんですか?」

 おれは以前にミカさんに言われたように、部屋の中は普段から掃除をするようにしていた。だが、悪魔が寝床にしている押し入れの中だけは手をつけずにいたのだった。悪魔は最初におれの部屋にやってきたとき、この部屋の不潔さがなによりも気に入っていたのだし、勝手に寝床まで掃除をしたら、悪魔のやつは怒るのではないだろうか。

「兄がいない今こそがチャンスですわよ」

 ミカさんに促され、おれは押し入れの中に入ってみた。すると、ものすごいカビ臭さが鼻をついた。おれは部屋の窓を全開にし、中の布団を取り出した。そうして消臭剤や殺菌剤を使い、押し入れの中をしっかりと消毒した。

「これでずいぶんきれいになりましたね。そのお布団はもう使わない方がよろしいですわ。新しいのをお買いなさい」

 ミカさんにそう言われて、おれはしぶしぶ古い布団を捨てることにした。だがそのおかげで、部屋の中は完全に清潔になった。


 合コンで知り合ったナオコとは、それからメールでやりとりを続け、次の土曜日にデートすることになった。ミカさんとのデートの練習を別にすれば、若い女性と本物のデートをするのは生まれて初めてなので、その日は朝から緊張していた。

「リラックスして、普段通りのあなたのように振る舞えば、大丈夫ですよ」

 朝食を作りに来てくれていたミカさんは、そう励ましてくれた。

「ありがとうございます。でも、どうせまた嫌われるんじゃないかと思うと、ちょっと怖いんです」

 おれは本音を言った。たしかにおれみたいなブサイクな男が女の人に好かれるわけがない。そんな気持ちがどうしても心のどこかにあるのだ。

「それでは、お守りをお貸ししますわ。これをお持ちなさいな」

 ミカさんはそう言うと、自分の胸に着けていた十字架のペンダントを渡してくれた。

「こんな大事なものをお借りしていいんですか?」

 心配して尋ねると、ミカさんはにっこりと微笑んでうなずいた。おれは心から感謝して礼を言った。


 待ち合わせ時間は昼の十二時だったが、おれは十一時半頃に駅の改札口前に来て、緊張しながらナオコが来るのを待った。ナオコは十二時ちょうどに改札口から出てきた。合コンの時より清楚でかわいらしい感じがして、おれはどきっとした。

「ごめんなさい。だいぶ待たせちゃったかしら?」

「いや、ちょうど今来たところだよ」

 ほとんど決まり文句のような言葉を交わし、ランチを予約しておいたイタリアン・レストランへ行った。おれは緊張のあまり、入り口で躓きそうになった。

「だいじょうぶ?」

 ナオコは心配して声をかけてくれた。おれは照れ笑いをした。


 案内された席は奥の窓際で、思ったよりも静かで雰囲気もよかった。ランチも一人前二千五百円で、おれにとってはものすごいご馳走だった。

 ナオコも気に入ってくれたようで、学校のことや家族のことなどを話し始めた。彼女はミッション系の女子大の二年生で、両親と姉の四人家族だが、家族全員が敬虔なクリスチャンなのだそうだ。するとナオコは、おれの首に掛かっている十字架のペンダントを見ながら尋ねた。

「あら、あなたもクリスチャンなの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、知り合いからお守り代わりに貸してもらったんだ」

「なんだか不思議なパワーを感じるわ。まるで天使の近くにいるみたい……」

 おれはぎくりとしたが、笑ってごまかした。

「ま、まあ、貸してくれた人はすごく敬虔なクリスチャンだけどね。ははは」

 それからもいい雰囲気で話は弾んだ。そこでおれは思い切って訊いてみた。

「ナオコちゃんはかわいいから、きっとボーイフレンドもたくさんいるんだろうね?」

「あら、そんなことないわよ。これまでお付き合いした男性は二人だけで、しかも二人とも強引にキスしようとしたから、ひっぱたいてやったわ。わたしは結婚するまで貞節を守るつもりなの。同じような考え方の男性としか、お付き合いできないわ」

 ナオコはかなり身持ちの固い女のようだ。おれにとって結婚なんてまだまだ先のことだし、それまではキスもできないということか。おれは複雑な気持ちになった。


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