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15.悪魔の忘れ物

 翌朝、悪魔はなぜか元気がなかった。朝食を食べる箸の動きも遅い。

「どうかしたんですか?」

 おれは気になって声をかけてみた。悪魔はしばらく箸を持つ手を止めて黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「実は、地獄へいったん戻ってこいとの命令が下ったのだ。ワガハイの仕事が一向に進捗しないので、事情を聞きたいと言われてな。ああ、また閻魔大王様に叱られてしまう……」

「しかたありませんよ。まあ、せいぜいしっかり叱られてきてください」

 冷たく突き放すと、悪魔は涙目になった。

「悪くすると、ワガハイはクビになるかもしれん。地獄をクビになった悪魔は、もう他に行き場所もなく、消滅するしかないのだよ」

 悪魔の情けない顔を見ているうち、おれもちょっと気の毒になってきた。すると天使のミカさんが励ますように言った。

「お兄ちゃん、元気を出しなさい。営業成績不振でクビになったりはしないわよ。せいぜい地獄の特訓をやらされるくらいだわ」

 地獄の特訓という言葉を聞いたとき、悪魔は恐怖に怯えたような顔をした。よほど厳しい特訓らしい。だが、こんなヘタレ悪魔はちょっとぐらいしごかれた方がいいだろう。悪魔が留守の間、おれは一人でのんびりしようと思った。


 その日の夕方、大学から帰ると悪魔はいなかった。どうやら地獄に戻ったらしい。あの「はっはっは」という笑い声が聞こえないのは寂しい気もするが、ちょっとせいせいした気分だ。

 夕食にカップ麺を食べ、横になってテレビでも見ようとリモコンを探すと、床の上に何やら尖ったものが落ちていた。それは悪魔がいつも持っていた小さい三つ叉の矛だった。

 こんな大事なものを忘れていくなんて、あいつらしい。そのうち慌てて取りに戻ってくるだろう。そう思って拾い上げた拍子に、ちょっと振ってみた。あいつはいつもこうやって魔法を使っていたのだった。

 すると突然、ケータイが鳴った。大学の同じゼミの江川からだった。おれの数少ない友人だ。

「よう、おまえ今ヒマか?」

 江川の言い方があまりにぶしつけだったので、おれもぶっきらぼうに答えた。

「ああ、ヒマだよ。ヒマで悪かったな」

「実はな、これから駅前の居酒屋で合コンをするんだが、メンバーが一人急用で来られなくなったんだ。よかったら来ないか?」

 突然のことにおれは驚いた。悪魔の三つ叉の矛を振ったから、魔法が使えたのだろうか。いずれにしても、断る理由はない。おれは承諾の返事をした。


 駅前の居酒屋へ行くと、合コンはすでに始まっていた。もうすっかり盛り上がっている。男は四人、女は五人いたが、一番端っこの席にいる女が一人だけ取り残されて、つまらなさそうな顔をしていた。他の女たちに比べると、その子だけちょっと地味で、なんとなく浮いている。

「よう、遅かったな。まあ座ってくれ」

 江川に促されて、おれはその地味な女の隣に座った。店員がおれの分の生ビールを持ってくると、江川が乾杯の音頭をとった。

「それじゃあ、もう一度乾杯しよう。カンパーイ!」

 おれは隣の女と軽くジョッキを合わせ、ちょっと微笑みかけてみた。すると彼女も少しだけ表情がほころんだ。

「わたし、ナオコといいます。本当は友だちが来るはずだったんですど、昨日になって急に出られなくなったので、代理を頼まれちゃったんですよ。だから、他の子たちはあまりよく知らないんです」

「そうなんですか。おれなんかついさっき頼まれて、出てきたんですよ。おれたち、境遇が似てますね」

 おれがそういうと、彼女はくすっと笑った。それから、おれとナオコは話がはずんだ。最初はちょっと暗い印象だったが、話してみると案外明るいし、よく見ると顔もけっこうかわいい。それに、おれは若い女性とこんなに親しく話をしたのは初めてだった。合コンがお開きになる前には、ナオコからメアドとケータイ番号を聞き出すことにも成功した。


 その夜、おれは明るい気分でアパートに戻った。これまではいつも失敗して、むなしい気持ちで帰り、ふて寝していたのだが、今回は違う。ただ、あの悪魔の「はっはっは」という脳天気な笑い声が聞こえないのが、ちょっと寂しかった。

 おれはナオコに「今日は楽しかった」とメールした。するとすぐ返事が来て、「また近いうちにお会いしましょう」と書かれていた。今度こそうまくいきそうな予感がした。


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