13.メフィスト再び来訪す
翌日の朝、天使のミカさんが朝食を作りにやってきて、驚いた声で言った。
「まあ、見違えましたわ。とってもきれいに片付きましたわね」
「そうでしょう。これでもせいいっぱい掃除をしたんですよ」
おれは自慢げに答えた。実はこの部屋に引っ越してきてまともに掃除したのはこれが初めてだったのだが、そのことは黙っておいた。
「それにあなたも男前になられましたね。いつもと違って目やにもついてませんし、鼻毛も伸びてませんし、髪もさっぱりしてフケもついてませんし……」
以前からそんなところまでチェックされていたのかと思うと、げんなりした。だが今はばっちり決めてあるから、もう大丈夫だ。
「これなら女性にもモテますわよ。恋人がお出来になる日も近いかもしれませんわ。ね、お兄ちゃん」
しかし、呼びかけられた悪魔はあまり元気がなかった。
「ああ、そうだな。だがワガハイはこんな清潔な部屋は今ひとつ居心地がわるいのだ」
「何言ってるのよ。何事も慣れることが大事なの。お兄ちゃんもがんばりなさい!」
このヘタレ悪魔も妹のミカさんには頭が上がらないらしい。不服そうな顔はしたが、反論はしなかった。
ミカさんが帰ったあと、あのメフィストがまたやってきた。ヘタレ悪魔とは違って、いつもこぎれいな身なりをしている。
「やあやあ、その後どうですか。おや、ずいぶん部屋がきれいになりましたね」
「妹のミカがヘンな知恵を授けてしまって、ワガハイは居心地が悪くて閉口しておるのだ」
「ああ、あの大天使ミカエルのお気に入りの娘ですな」
メフィストは大天使ミカエルの名前を言うときに、ちょっと不愉快そうな顔をした。
「それはそうと、ブサイクな女の恋人は出来ましたかな?」
「いや、それがですな……」
悪魔はメフィストに、おれがブサイクな女を狙って二度も失敗した話をした。メフィストはほとほと呆れはてた顔をした。
「そうでしたか、やはりだめでしたか。この人に彼女を作ってやるというのは、たしかに想像以上に困難な課題ですな。しかしまあ、そんなこともあろうかと思い、今日はとっておきのものを用意してきました」
メフィストはそう言うと、鞄からおもむろに一本の小さい瓶を取り出した。
「これは魔女の厨で作られた特別な香水です。女性の好む匂いを研究して作られたものですから、きっと効果がありますよ」
「なるほど、ようするに一種の媚薬ですね。でも、一時的には効果があっても、ステディな関係の恋人同士にまでなれるんでしょうか」
おれは素朴な疑問を投げかけた。
「そこから先はあなた次第です。この香水はあくまでも最初のきっかけを作るためのものです。あなたの場合はあまりにも顔がブサイクなため、初対面の段階で女性に受け入れられていないようですからね」
たしかにその通りだ。これまでのおれはブサイクな顔のため、玄関にも入れてもらえないセールスマンのようなものだった。とりあえずファースト・コンタクトがうまくいけば、もしかしたらあとはなんとかなるかもしれない。
そう考えて、おれはメフィストの媚薬を受け取り、使ってみることにした。
翌日、朝食を作りに部屋に入ってきたミカさんが、さっそく香水の匂いに気づいた。
「あら、何だかヘンな匂いがしますわ」
「ああ、昨日メフィストさんが持ってきた媚薬ですよ」
おれがそう答えると、ミカさんはいやな顔をした。
「まあ、いけませんわ。そんなものを使わなくても、あなたを好きになってくださる女性の方はきっといらっしゃいますよ。そんなものに頼るのはおよしなさいな」
ミカさんにそう言われて、おれはちょっと困ってしまった。すると悪魔が助け船を出した。
「まあよいではないか。ワガハイもそんな媚薬ごときでうまくいくとはとうてい思っとらん。だが、とりあえず女性と付き合い始める最初のきっかけにはなるであろう。このままではいつまで経っても第一段階すらクリアできんからな。しかたがないではないか。はっはっは」
おれはまたムッとしたが、反論できなかった。ミカさんもしかたないという表情をした。おれだって媚薬などという卑怯な手はあまり使いたくないのだが、試してみるだけ試してみようと思ったのだった。