12.清潔が第一
ブサイクな女、そしてブサイクな自分自身を心のどこかで蔑んでいたことを悟り、男としての魅力を磨くことを決意したおれは、天使のミカさんに訊いてみた。
「どうすればおれはもっと魅力的な男になれるでしょうか」
「そうですわねえ……簡単にできることは、まず清潔になさることでしょうね」
おれはギクリとした。隣で朝食を食べていた悪魔も箸を持つ手を止めた。
「あなたはお風呂には毎日入っていらっしゃいますか?」
「い、いえ、あの、その、一日おきぐらいです」
本当は三日に一度ぐらいで、冬場なんかは一週間に一度ということもあるのだが、さすがにそれを正直に言う勇気はなかったので、咄嗟に嘘をついた。このアパートは風呂なしだから、銭湯へ行くのも面倒だし、金もかかるのだ。
「それはいけませんね。お風呂ぐらいは毎日お入りになったほうがいいですわよ」
「は、はい、そうします」
おれはうなだれながら、そう答えた。たしかに何日も風呂に入らないような臭い男に抱かれたいという女は、まずいないだろう。
「食事のあとには毎回ちゃんと食べ終わった食器を洗ってますか?」
ミカさんが続けて尋ねた。
「食器は毎回ちゃんと食事の前に洗ってます」
ミカさんはきょとんとした顔をした。おれの答えの意味がわからなかったらしい。
「食べ終わった食器は水につけておいて、次に食事をする直前に洗っているんです」
「いけませんわ。ちゃんと食事の直後に洗いなさいな」
ミカさんはあきれたようにそう言うと、深くため息をついた。そういえば、ミカさんが朝食の後片付けをしてくれたあとは、食器もシンクもぴかぴかになっている。
「掃除はちゃんと掃除機でなさってますか?」
「すみません。掃除機自体をもってないんです」
見ると床はもちろんのこと、あちこちに埃がたまっているし、部屋の中も散らかり放題だ。
「お部屋も毎日掃除をなさったほうがよろしいですわ」
たしかに、彼女ができたとしても、こんな埃だらけの部屋に連れてきたら呆れられてしまうだろう。考えてみれば、今までそんなことにも気がつかなかったんだ。おれは深く反省した。だがこの部屋の不潔さは、ヘタレ悪魔と同居するようになってから、ますますひどくなったような気がする。
ふと悪魔の方に目をやると、悪魔はちょっと困ったような表情をしている。
「いや、ワガハイはこのままで十分居心地がよいのだがな。こんな気持ちのよい部屋は他にはないぞ」
「いけません。お兄ちゃんは悪魔だから不潔なところが好きかもしれないけど、まともな人間の住む環境ではありません」
ミカさんがぴしゃりと言うと、悪魔は沈黙してうなだれた。
ミカさんは他にも、こまめに洗濯をすることや、朝の洗顔のときには目やになど付いていないか気をつけることや、身だしなみをきちんとすることなど、たくさんのアドバイスをしてくれた。どれもこれまでおれがほとんど気にしていなかったことだった。
ミカさんが帰ったあと、おれはまず駅前の安い散髪屋へ行って、三ヶ月ぶりに髪を切ってさっぱりした。ついでに髭も剃ってもらった。それからリサイクルショップへ行って、中古の掃除機を三千円で買った。
部屋に戻るとさっそく掃除機で掃除をし、散らかっているものを整理してゴミを袋に詰めた。夕方前には三日ぶりに銭湯へ行って、いつもよりずっと入念に身体を洗った。
こうして身の回りがきれいになると、おれはすっきりした気分になった。しかし、悪魔はなんとなく元気がなさそうにみえた。おれにはそれが少し気になった。