11.ブサイクな女を狙え(2)
翌日の朝食のとき、おれの失敗談を聞いた悪魔が言った。
「昨日あんたが選んだ女は、ブサイクとはいえ、見ようによってはかわいらしいところもある女だった。だから恋人や婚約者がいたとしてもおかしくはない。今度は恋人がいなさそうな女をワガハイが選んでやろう」
すると悪魔の妹で天使のミカさんがたしなめた。
「やめときなさいよ、お兄ちゃん。他人の恋人候補を勝手に選ぶなんて」
「なにを言うか。この男はやはりどうしても顔で女を選んでしまうから失敗するのだ。ワガハイには女を見る目が備わっておる。まかせておきなさい、はっはっは」
悪魔は自信たっぷりに言ったが、ミカさんは不服そうだった。おれもこんなヘタレ悪魔を信用するのは不安だったが、これまでの自分の失敗のことを考えると、他に方法もないので任せてみることにした。
こうしておれはまた悪魔と街へ出かけていった。悪魔は通行人たちを物色し、一人の女を指差した。
「おお、あの女なら恋人も婚約者もおらんぞ。あの女にしなさい」
見るとたしかにブサイクな女で、あれなら恋人がいるとはとうてい思えなかった。しかし、おれも他人のことはいえないのだが、とんでもなくブサイクな女だった。
「うーん、もうちょっと他にだれかいませんかね?」
「何を言うか。たしかにブサイクな女には違いないが、あんたほどブサイクではないであろう。それに美人は三日で飽きるがブスは三日で慣れるというではないか。ワガハイの選択を信じるがよい。はっはっは」
おれはムッとしたが、悪魔の言うことはあまりにも正論だったので何も反論できず、しぶしぶ了承した。
「さあ、それでは昨日と同じように、あの女のあとを歩いていくがよい」
おれは悪魔に言われたとおりにした。
しばらくついていくと、女は突然お腹を押さえてしゃがみ込んだ。おれは駆け寄った。
「もしもし、どうなさいました。大丈夫ですか?」
女はおれの顔を見ると、「ひっ」と小さく叫んだ。
「い、いえ、大丈夫です。たいしたことはありませんので、どうぞおかまいなく」
女はそう言いながらも、額に汗を滲ませ、苦痛に顔をゆがめていた。
「本当に大丈夫ですか? 救急車を呼びましょうか?」
「いえ、本当にお構いなく」
女はそう言うと立ち上がり、苦しそうに歩いていき、近くにあった商店の中に入っていった。おれはわけがわからず、しばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて救急車がサイレンを鳴らしながらやってきた。救急隊員が商店に入り、さっきの女を担架に乗せて救急車に運び入れ、またサイレンを鳴らしながら去っていった。
おれはまたすごすごと自分のアパートに戻り、悪魔にそのことを話すと、悪魔はほとほと呆れはてた顔をした。
「うーむ、あれほどのブサイクな女でもだめであったか。あんたはよほど女に好かれないタイプのようだ。もはやワガハイの手にはおえんな。かといってこのままでは、閻魔大王様からこっぴどく叱られてしまうし。うーむ、困ったものだ」
おれはもう何も言い返す気力も起こらず、またまたふて寝した。
翌日の朝食の時、悪魔から話を聞いた天使のミカさんがこんなことを言った。
「わたくし思うんですけど、あなたの心のどこかに、ブサイクな女性を蔑むような気持ちがあったのではないでしょうか。それと同じように、ブサイクなあなたご自身をも蔑んでいるような気持ちがおありなのではないでしょうか」
おれはどきりとした。たしかにその通りだ。ブサイクな女なら、こんなブサイクなおれを好きになってくれるかもしれない。そういう気持ちはたしかにあったのだろう。だがそれは、ミカさんの言うとおり、ブサイクな女を、そして自分自身を蔑んでいたことになるんだ。
「ミカさん、おっしゃるとおりです。たしかに、おれの心の中には、そんな蔑みの気持ちがありました」
おれは自分が恥ずかしくなり、また同時に悲しくなった。するとミカさんは優しく慰めてくれた。
「もっと自信をお持ちなさいな。あなたにも良いところはたくさんあるのですよ。あなたはとても優しい方ですし、わたくしはあなたのそういうところが大好きです」
おれは涙が出て来た。よし、おれはもっと自分を磨こう。そして、ミカさんの期待に応えるようないい男になろう。そう決心したのだった。