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後篇

 いつの間にか、室内に妖怪が増えていた。

 河童に狛犬、狸にかわうそ

 彼らは酒を酌み交わしながら結衣の結婚を喜び、この家から出て行ってしまうことを残念がっていた。

 ストレートに感情を表現する彼らは、口々に透だけで生活できるのかと言っていた。


「大丈夫ですよー。

 僕、通うつもりですから」


 言いながら、緋月が妖怪たちに作ったおつまみを差し出す。


「わぁい! 毎日緋月のご飯、くえる? くえる?」


 目を輝かせる家鳴りたちに、緋月は苦笑して見せた。


「毎日は無理ですよー。学校ありますし」


 すると家鳴りたちは不満げな声を上げる。


「えー?」


「緋月ここにすめばいーのにー」


 ぶうたれる小鬼たちの頭を撫でて、緋月は彼らに結衣がもってきたクッキーを差し出した。

 すると、家鳴りたちはぱっと顔を輝かせ、クッキーを受け取って貪り始めた。

 姉はお銀さんや時計の付喪神と酒を飲みながら思い出話に花を咲かせている。

 透の隣には狛犬の二葉ふたばが座っていた。

 彼は少し前までお銀さんや狐にしこたま酒を飲まされ、完全に酔っていた。


「ねー、とーるさーん」


 見た目中学生くらいにしか見えない二葉が、透に寄りかかりながら言う。


「何」


「ひとりでだいじょーぶー?」


 先ほどから同じことばかり言われ、少々辟易していた。

 18歳の男に何を言っているのかと思うが、彼らは透よりずーっと長い時間を生きている。

 透など、幼児と同じ扱いなのだろう。

 無表情に、ジュースを一気に飲むと、二葉はにやにやと笑って言った。


「みんなー、とーるさんのこと、心配してるんだよー」


「へぇ」


 嘘はないのだろうが、口々に心配心配と言われると、子供扱いされている様でいい気分はしなかった。


「ひとりで寂しいって思わないのー?」


 そんなこと言われても、この家にいてひとりになったことなどないのだからわかるはずもない。

 両親が死んだ直後、猫のお銀さんがいたし、緋月の両親もいた。

 家にはかわるがわる妖怪が様子を見に来ていたと思うし、姉も早々に帰ってきた。

 常にこの家には自分以外の誰かがいる。

 それが当たり前だった。

 ひとりになると言われても全然ピンとこないし、ひとりになることも結局ないだろう。


「とおるー」


 酔った姉が、ソファー越しに後ろから抱き着いてくる。

 漂う酒の匂いにくらくらしてくる。

 にげようと身をよじるが意外と力が強く、早々に抵抗を諦めた。


「何かあったらすぐ言いなさいよ」


 真面目な声音で、そう耳元で言われ透は目を瞬かせた。


「何かって何」


「んーそうね。

 あいつが言い寄ってきたら私にすぐ言いなさい。

 私があいつ、滅ぼしてやるから」


「あいつって誰」


 その問いに姉は答えず、今度はふざけた口調で、


「あんたがひとりで生きていけるか、心配で仕方ないのよー」


 と周りに聞こえる大きさの声で言う。


「なら結衣さんずっとここにいたらいいじゃないー」


 二葉が言うと、結衣は透に抱き着いたまま、


「そういうわけにもいかないじゃなーい。私だって結婚して子供ほしーものー」


「結衣、おかーさんになるの?」


 透の足もとに集まってきた家鳴りたちが、目を輝かせて結衣を見上げる。

 結衣は、


「そのうちねー」


 と言いながら、透から離れていく。

 何だったんだいったい。

 あいつが誰なのか結局教えられないまま、姉はビールの缶を片手に妖怪たちの輪の中に戻っていってしまった。




 緋月が、当たり前のように透の部屋に布団を用意する。

 部屋なんて余っているし、客間もあるのだからそこで寝たらいいのにと言うのだが、緋月は譲らなかった。

 リビングでは、姉と妖怪たちがまだ酒盛りを続けている。


「ひとりで寝ようとしたら、僕、彼らに連れ出されて眠れなくなりますよ」


 そう言って、緋月は透の部屋で布団を敷く。

 たしかに、それは容易に想像できる。

 妖怪たちは自分の欲望に忠実だ。

 たとえ相手が子供であろうと、自分がこうしたい、という要求は通そうとする。


「ねえ、透さん」


 背中から声をかけられ、透は緋月を振り返った。


「どうした」


「あの……これからも、僕、泊まりに来ても大丈夫、ですか?」


 こちらの様子を伺うようにして、緋月は言った。

 なぜ、不安げな顔をするのかわからないが、透としては彼を拒む理由などなかった。

 透は、みじかく、


「好きにしろ」


 とだけ答え、さっさとベッドに入ろうとした。


「ありがとうございます、透さん」


 後ろから抱きつかれ、驚きの余り身体を強張らせてしまう。

 姉といい、緋月といい、なぜ今日はこんなにも抱きつかれるのだろうか。

 妖怪たちにもやたら触られた。


「寝るぞ」


「はい、透さん。おやすみなさい」


 言葉とともに、緋月の身体が離れていった。







 それから、時間は緩やかに過ぎていった。

 ひとりになった家。のはずだが、緋月や妖怪たち、それに姉がしょっちゅうやってきていたのでひとりになったという実感は全くなかった。


 6月。

 

 身内と、数人の友人だけの、小さな結婚式。

 花嫁の控室に、透は呼ばれた。

 白い、マーメイドタイプのウェディングドレスを着た姉が、そこにいた。

 結衣の血縁者は透だけだ。だからか、バージンロードを一緒に歩くことになってしまった。

 正直恥ずかしいし、18の自分がそんな役目を担っていいのか戸惑ったが、


「あんた以外、誰がいるのよ」


 という、姉の言葉に何も言えず、承諾するしかなかった。

 ドレス姿の姉を、不思議な面持ちで見つめる。

 視線に気がついたらしい結衣は、にやっと笑って、


「美人だからって、見とれてるの?」


 と、ふざけた口調で言った。

 美人、かどうかはよくわからない。

 ただ、写真の中でみた、若い頃の母親によく似ているとは思う。

 癖のある黒髪に、鋭い目つき。

 クールビューティーと、誰かが言っていた。


「姉さん」


「なによ」


「……おめでとう」


 恥ずかしさに視線をそらしてそう声をかけると、頭をくしゃくしゃと撫でられる。

 化粧と香水の匂いが、ほのかに香る。


「あんたは、ひとりじゃないから。

 何かあったら言いなさいよ」


 その言葉に、心臓が大きな音を立てる。

 以前同じことを言われても何も思わなかったのに、なぜ今日は心を揺さぶられるのだろう。


 姉が、義兄と寄り添い教会の階段を下りてくる。

 フラワーシャワーの中を下りてくる姉を見て、本当にひとりになるのだと実感する。

 初めて寂しい、という言葉が思い浮かんだ。

 当たり前のようにいつもそばにいて、自分の為に夢を捨てた姉が、離れていく。

 そこで初めて、頬を熱いものが伝っているのに気がついた。


「透さん?」


 緋月の声にどきりとし、彼を振り返る。

 緋月は少し驚いた顔をした後、透の肩に手を置いた。


「大丈夫ですか?」


「……あぁ」


 そう答えたが、緋月は手を下ろさない。

 彼はまじめな顔をして、じっと、透の顔を見つめた。


「僕、透さんのそばにいます」


「何言って」


「透さんが嫌だって言っても、僕は貴方のそばにいます」


「……」


 真剣な声音で言う彼に何を答えていいかわからず、透は黙って視線を姉に戻した。

 結衣が投げたブーケが宙を舞う。

 ピンク色の花のブーケは、誰かの手中へとおさまっていく。透は、その様子を涙で霞む視界の中でぼんやりと見つめていた。


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