騎士と吸血鬼
風の吹きさらす夕暮れの屋上。
手すりにもたれ、ため息を一つ。
昔と似た夕陽を見ながら、煙を吸い、吐き出す。
吸い終わった煙草を手すりでもみ消し、胸ポケットの携帯灰皿にしまう。
あのときと同じ16歳の少年の姿、同じブレザーでの喫煙。
つまり不良ってことだ。
もっとも、ここではもう、不良も何もない。
南側、夕陽を遮るマンションとビル街から、散発的に銃声が聞こえる。
聞きなれたうるさい音は、恐らくAK、カラシニコフ自動小銃だろう。
ゴブリンか何かが、粋がってやがる。
あのあたりは、俺達の手が届かないから、小競り合いが減らない。
一応は俺の国、日ノ本との架け橋を残したまま。
七年前に、人口15,000人を数える三呂市の人工島、ポート・ノゾミが、異世界バンギアに転移した。
バンギア人は有無を言わさず襲ってきた。日ノ本も自衛軍を派遣した。七月七日に始まった七夕紛争は、島を舞台に五年続いた。
終戦から二年。勝手に住み始めたバンギアの住民、次元の向こうの日ノ本の国や、バンギアの各種族の思惑、紛争中に出回った銃、不可思議な魔法――。
色んなものがめちゃめちゃに入り乱れ、島は今日も混とんとしている。
抗争に自動小銃を使うギャングなんて、序の口だ。
東部一帯のマーケット・ノゾミでは、麻薬に武器、酒、奴隷、魔道具、盗掘品など、バンギアでも日ノ本でも禁止されているはずの、あらゆるものが手に入る。
銃声のしたホープレス・ストリートは、元々市営住宅が並んでいたのが、紛争中、だんだんとスラム化した。紛争終結から二年を経た今、いくつものギャングの抗争の場と化している。
この島では、ひと月の間、ドンパチが無い日を数えた方が早い。
他にも、恐ろしい問題が、あり過ぎるくらいある。
不良なんて言葉も、その意味もこの島じゃ通らない。
なのにまだ、不良がどうとか考えるってことはだ。
俺自身、ハナったれの高校生の頃とそう違わないのだ。
七年前に色んなものが止まったせいだ。
背後でドアが開いた。誰か俺を呼びにきたのだろう。
こつ、こつとコンクリを叩く革靴の音が近づいてくる。
「おい、騎士」
騎士と書いて、ないと。名字は丹沢で丹沢騎士。
センスのねえ名前だよな。
今年で23歳。
進路の事も考えて、高校を出たら変えようと思ってたが。
もう会えない親が、つけてくれたものだからな。
さておいて。
やって来たのは、仲間内で一番苦手なやつだった。
「黄昏だな。僕の時間も近い」
つかつかと歩み寄ってくる、人間離れした美貌の少年。
オールバックを基本に、毛先を散らした銀色の髪。
肌は真っ白、生まれてから一度も外に出た事が無いのかと思える。
可憐な唇、通った鼻筋。切れ長の目、吸い込まれそうな瞳は深紅。
身長170センチの俺より、さらに小柄。150センチくらいか。
えり元には黒の蝶ネクタイ、レースで彩った真っ白なシャツ。
細い黒のズボンに、センスのいい革靴が映える。
美少年ってのは、つくづくこいつを表すためにある言葉だ。
倒錯した美貌は、吸血鬼には珍しいことじゃないけど。
「聞いてるか、下僕半、ついに頭まで腐ったか。仕事だぞ」
ふわり、と懐に入り込み。
スイカの出来でも確かめるように、頭をこんこんとやってくる。
相変わらずいけ好かん。仲間じゃなかったらぶん殴ってる。
「うっせえ。相手は」
にい、と唇を歪めて、吸血鬼クレールは牙を剥き出す。
「喜べ。僕達が最も楽しい奴らさ」
嬉しそうな舌なめずりで分かった。
「……悪魔と自衛軍か。届けがあった取引だな」
「案の定、もめたのさ。お嬢さんがみんなを集めてる」
となると、ドンパチもあるな。
「背中撃つなよ」
「弾の無駄さ。それに、下僕半を殺しても仕方がないだろ」
吐き捨てる様に毒づいても、どこか優雅で品がある。
“ライアル・ビー・ボルン・フォン・ヘイトリッド”なんて長い名前の親父を、紛争中に自衛軍のスナイパーに撃ち殺されたせいで。
クレールはアグロス人、特に自衛軍や元自衛軍を憎んでる。
ちなみに、“ライアル”を“クレール”に変えたのが、こいつの本名だ。“ビー”以下は、色々家柄がいいことを表す名字らしい。
ついでに、『アグロス』ってのは、異世界バンギアに住む奴らが、俺達の世界を呼ぶ名前だ。だから、『アグロス人』といえば、クレールの様な異世界に住む奴らから見た、地球上の人間みんなということになる。『バンギア人』は、バンギアに住む種族みんなのことだな。
クレールのヘイトリッド家は吸血鬼じゃ結構な名家だったらしいが、当主のライアルが死に、名声は地に落ちたという。運命を歪めたアグロス人の類の俺を、蔑んで呼ぶのも分かる。
うっとうしいけど、俺は何も言わない。
島に居たアグロス人も、やってきたバンギア人も、お互い様な所があるのだ。