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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「それまで」の三人
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加納譲司


 日本列島が、未曾有の大災害にみまわれてから五年。

日本海と太平洋をつなぐ、中部地方を縦に縦断する中部構造体…フォッサマグナ。

そのフォッサマグナが本州の圧力に耐え切れず、日本列島を全て巻き込んで起こした巨大地震は、

無数の火山が爆発し、津波は大地をかき回し、都市やインフラを、あっという間に崩壊して行った。


 【日本沈没】

前代未聞の死者を出したこの災害は、そう騒がれ、国外へ脱出する者も、後をたたず、

経済大国であった日本は、再び焼け野原からのスタートを、余儀無くされる事となったのだ。


そして、それから五年経った、今現在。

あの大災害が、まるで嘘の様に静まり、日本人は再び、再生の道へと邁進し始める。


 長野県、長野市の北東地域には、北部団地と言う名称の衛星都市がある。

昭和の初期に設立された私立学校。その学校を中心として、繁栄してきたのが北部団地であり、

団地と言う名称ではあるのだが、長野市街地で働く者たちへのベッドタウンとしても重宝され、

今も尚、繁栄の足を止める事は無い。

ただ、壊滅寸前となった首都圏復興の為、多くの人々が首都圏へと集中してしまった為、

ご多分に漏れず、この街もいささか、寂れた街となってしまったが、

新たに被災民がこの土地に、新たな生活と人生を求めた事、

そして、とある理由で海外からの…、それこそ白人も黒人も無く、様々な人種が集まって来た事で、

北部団地の繁栄は、とどまる事を知らない、一つの地方都市へと、生まれ変わり、

なかなかどうして力強い、活気に溢れる街となっている。


 【永田薙刀道場】

長野市北部団地、山沿いから団地を見渡す、伽里田かりた神社。

その神社の境内、東側に伸びる道を進むと、明治以前から続く、由緒正しい薙刀道場がある。

この道場は、女性に薙刀を教えるだけではなく、剣道や空手など、

様々な格闘技の道場としても解放されており、

言うなれば、この長野市の北部地域においての、格闘技のメッカとなっていた。


 時間は夜の8時頃、本日は、【戸隠流忍術】主催のスポーツ忍術。

非力な者が、どうやって暴漢から身を守るかと言う、護身術教室が開催されており、地元の老若男女で賑わっている。


「後ろから抱きつかれた時の、身体のさばき方!」


「二人一組になって、今教えた事を実践してください!」


師範とおぼしき青年が、大きな声で号令を掛ける。

生徒達は言われた通り、二人一組になって、真剣に練習を始めていると、

その時、道場の扉が「すっ」と開き、一人の若者が入って来た。


「おっ、加納君。今日は遅かったな」


 入って来たのは、加納譲司かのうじょうじ

この北部団地の中心に建つ、小中高一貫教育の邦人学校【私立 青嵐学園】の生徒で、

学内一斉試験トップの成績で、高等学部へ入学したと褒め称えられる秀才。

そして、その歳とはかけ離れた程に、冷静沈着な空気を放つ若者である。


「遅くなりました」


一切の言い訳を吐かず、運動着に着替える加納。

加納の入室に気付いた生徒達は、稽古の手を止め、尊敬の眼差しで加納を見詰めながら、

口々に「お疲れ様です!」「加納先生うぃっす!」と、挨拶する。


「みなさん、お疲れ様です。さあ、稽古を続けてください」


着替える加納に向かって、道場の中央で、生徒達に指示を出していた青年が、笑顔で声を掛ける。


「加納君、授業が終わったら…」


「師範、乱取りですね。承知しました」


それは、師範と加納師範代との、週に一度「恒例」の、乱取り…ぶつかり稽古の話であった。

おおっ、と、ざわめきが広がる道場内。

「毎週楽しみなんだよ」「私、この乱取りに憧れて入門したの」

「さてさて、今日はどうなるかのう」「和田師範を止めるのは、加納先生しかいないよ」

などと、生徒達はそれぞれに黄色い声を上げていた。


道場の中を、中心を割って向かい合う老若男女の生徒達。

その中心には、授業に合流した、師範代の加納譲司と、

護身術教室を主催する、師範の和田則正が立ち、再び授業が始まった。


 青嵐学園高等部に進級する加納。その歳で師範の代わりともなるべき、「師範代」の肩書きを持つと言う事は、その世界に置いては異例の出世であろう。

その分、それなりの実力を備え、そして認められていると言う事になる。


そして、もう一方の戸隠流忍術「師範」の和田則正も、見れば20代後半の若々しい姿。

世間一般の「師範」…よぼよぼの老人と言うイメージは全く無い。

戸隠の名前が影響しているかどうかは、定かではないのだが、

そばの実栽培を手掛ける農家の長男で、空いた時間を利用して、この護身術教室を開催しているのだと言う。


 生徒たちの熱意がひしひしと伝わる道場。

誰もが真剣な眼差しで授業を受ける、この時間帯も、いよいよ終わりが近づいて来た。

授業が終わった段階で、師範と師範代が一対一で乱取りする時間がやって来たのだ。

もちろん、【戸隠流忍術】を駆使して、人を傷付ける事を目的とした演武では無い。

技を、己を、極限まで鍛え抜くと、「こういう動きが出来ますよ」と言う、デモンストレーション。

いざ、暴漢に襲われたら、これをイメージしてください。この動きをイメージしてください。

イメージした結果、無理でしょ。だから「逃げるが勝ち」ですよ。

そもそも、暴漢に襲われる環境に身を置く生活をしないでくださいね。

と言う、和田と加納のメッセージが込められた乱取りなのだ。


「…始めますよ」


「うむ」


生徒達が四角に囲む道場。その中心で対峙する、二人の視線が交錯している。


審判などいない。一撃必殺を旨とする忍術は、殴り合ってポイントを競う、現代・近代格闘技と全く違うのだ。

【任務を遂行する為に、妨害者を排除する】

全ては、自分が生き残る為に、敵をどう倒し、どう行動の自由を得るのかが、この戸隠流忍術の、体術の基本理念であるからだ。


 忍者の基本となる武器は、日本刀ではない。代わりに持つ「忍者刀」は、

太刀よりも短く、小太刀ほど長さの直線的な刀であり、率先して斬り合いに持ち込む道具ではない。

そもそも、隠密を基本とする忍者は、情報収集と攪乱が主任務であり、斬り合い、殺し合いをする時点で、隠密として失格なのだ。

手裏剣や、クナイなどの暗器を装備していれば幸い。

もし、町人の格好をして情報収集している際、敵に気づかれたら…。


つまり、忍者が頼りにする最終手段、奥の手こそが体術。

刀の間合いで闘わず、斬撃をぬって、限界ギリギリまで敵に接近し、

刀を持つ者に自由を許さず、的確に行動不能に陥らせる事こそが、

生き延びて任務を全うする事に、必要な要素であったのだ。


 静まり返る道場

安全対策としてフェイスガードと、オープンフィンガーグローブを装着した二人。

互いの息が合ったのか、身構える事で乱取り開始を告げた加納。

近代スポーツ格闘技の様に、速く・数多くパンチが出せる様な、身体を開いた構えでは無く、

和田師範に向かって身体を斜に構え、背中を丸め、腰を低く落とし、手は柔らかく開いたまま、

脇を締めた両腕でアゴから胸の辺りを隠して構える。


俗に言う、正中線(顔・心臓・内臓・金的を繋ぐの人間の中央線)

…その正中線を敵から隠して、致命的ダメージを避ける【骨法】スタイル。


加納が構えるのを確認すると、和田もゆったりとした姿勢を緊張させる様に、

加納と同じ骨法スタイルで身構える。


じり、じり…、すり足が畳をこすり、軌跡を描いて行く。


和田を中心に、時計の逆を回りながら、ゆっくりと距離を詰める加納。

和田は、左肩の肩甲骨を見せるかの様に背中を丸めつつ、

螺旋を描きながら距離を詰める加納から、逃げようとはせず、

砲台のように、ドンと地面に根を下し、その場から一歩も引こうとはしない。


互いが手を伸ばせば、相手の肩に触れられる程の至近距離。

呼吸を止めなければ、相手の微動にすら気づけない、そんな空間に身を置いた二人。

加納が和田に向かい、いよいよ仕掛ける。


相手の背中に手を回せそうな空間で、更に一歩踏み出し、

和田の左足を払おうと、腰と右足だけを使った、コンパクトなローキックを放ったのだ。


「ひゅっ!」


加納の足払いの様なローキックを、姿勢はそのままに、和田は左膝を、胸の高さまで上げる事で回避、ローキックを「スカ」らせる。

しかし、もちろん、これは加納が放った囮。

空振りしたローキック、その右足を一歩前に踏み出し、加納は『潜り込む』様に、和田に急接近した。

お辞儀をすれば、互いに額が当たる、超近距離だ。


左膝を上げていた和田には、体制を立て直す、僅かなロスタイムが生じている。

そのロスタイムを利用し、加納は両手を解放した。


 【掌打】

拳で相手を殴ると、指の関節が痛む。

当たりどころが悪く、相手の歯にでも当てようものなら、

指の関節どころか、皮膚を裂き、骨が剥き出しになる事もある。


ならば、手を使った攻撃で、自分が被害を負わない様にするには…。

拳以外で相手を攻撃するには、何が有効なのか、パンチがダメなら、チョップか?

いや、その答えが【掌打】なのである。

手のひらを使った攻撃、もちろん、ビンタではない。

手のひらの根元、一番硬い部分を、パンチの要領で相手に叩きつけるのだ。


 加納は脇を締めながら、左右のジャブの要領で、一発!二発!

右、左、右と、和田の顔面…脳震盪目的でアゴを狙い、叩きつける。


しかし、和田もさすが師範。

左右のヒジを上げて、掌打をしっかりとガード。反撃のタイミングを狙い始める。


刹那の瞬間で繰り広げられる、攻めと守り。それが作り出した膠着状態。

だが、加納の掌打を完全に受けきっている和田に余裕が出て来たのか、和田の瞳がキラリと輝く。


加納が繰り出して来た左の掌打に合わせ、和田自身も右の掌打を繰り出した。

身体を左へ傾けた、加納の攻撃を避けながらのカウンター狙いだ。

だがしかし、加納の左掌打はフェイント。


大きく振りかぶった左手で、和田の右掌打を抑えつけながら、

そのまま地面に自分の頭を叩きつける様に、おじぎする。

左足はそのままに、右足を自分の背中側へ持ち上げて、『ぐりん!』と身体を捻ったのだ。

すると、加納の右足は高々と頭上に上がり、勢い良く右足のカカトが、和田の脳天を狙う。

『浴びせ蹴り』と呼ばれる、難易度の高い蹴り技が炸裂したのである。


 二人の闘いを見詰める門下生や、一般の受講生が、その華麗な技に目を奪われている中、

ここで【師範】と【師範代】の差が出てしまった。


和田に迫る加納の浴びせ蹴り。頭だけ避ければ、肩口にヒットしてしまう。

下手をすれば、鎖骨骨折すら有り得る勢いだ。

だが、和田は避けず、そして、座して待つ事を許さなかったのだ。


振り下ろされる加納の右カカト。

和田はそれを避けずに、自ら身体を寄せて、左腕で「ガシッ」と掴み、

蹴りの勢いを、完全に殺してしまったのだ。


「ぐっ!?」


浴びせ蹴りがクリーンヒットせず、絶対的な違和感に襲われる加納。

その違和感が実は、和田の反撃の起点であり、そして【師範】が放つ、一撃必殺の技である事を、身を持って知る事となったのだ。


右足を掴んだままの和田、そのまま左足を前へ滑り込ませ、

左足で加納の左足を刈りながら、そのまま床に、自分の身体を乗せて叩きつける。


「ぐはっ!!!」


バァン!と、盛大に畳を鳴らしながら、勝負は決した。


手数で圧倒したのは加納、しかし勝ったのは和田。

見ていた者は、目を輝かせながら拍手し、加納は和田に、肩を借りながら起き上がる。


「まったく…、大人気ないですね」


「どっちがだよ。思いっきり(首を)刈りに来てただろ」


先ほどまでの、殺気に満ちた空気は無い。

張り詰めた空気が消えた道場に、苦笑を交えた会話が飛び、

今はもう、師範と師範代…仲の良い師弟関係に戻っている。


「みなさん、今日はこれまで!」


目を輝かせながら、この闘いに魅入られていた生徒たちに、和田が大きな声で終了を宣言した。

「お疲れ様でした!」「ありがとうございました!」

生徒達は和田と加納に挨拶をし、各々帰り支度を始める。


「加納君、終わったら話がある」


和田がボソッと声を掛け、加納はそれを了承した。


 そして、時間はしばし流れ、夜の9時過ぎ。

道場を掃除し、閉めて、道場主である永田家にお礼の挨拶をし、和田則正と加納譲司は、神社の階段を下り、家路へと向かい始める。


「加納君は、土岐玲一と言う人物を知っているかい?」


「青嵐学園の初等部で、4年生までは同じクラスでしたよ」


クラス替えがあり、その後の詳細は知りませんが、震災の直前に、母親が亡くなったとか…。

今は妹さんと、二人暮らしだと風の噂で聞いています。


口静かで、地味で目立たない人物で、にぎやかなクラスメイトたちの輪の外にいたが、

だからと言って根暗で受動的な人間ではなく、身体で他人のいじめを止める勇気をもっていた。

彼には何か、芯の強いもの、近づきがたい何かを感じるのか、クラスの誰もが彼に一目置き、

彼は彼で何ら負い目を感じる訳でもなく、淡々と日々を過ごしていた。


話を盛る訳でもなく、加納は淡々と、知っている事、当時感じていた事だけを和田に話す。

そして、彼が一体どうしたのか?と、和田に問いかけると、驚くべき内容の答えが、返って来る。


「かむなぎ様から依頼が来た。土岐玲一を守って欲しいと」


「かむなぎ様が?土岐を…守れ?」


「うむ。俺もさすがに、細かい事までは聞かされていないが、確かに彼女はそう言った」


 ……かむなぎ様……


和田から常々聞いている。

古くからこの北部団地に住まう、預言者の一族の話を。

そして、その一族の長である巫女、【かむなぎ】の名前を。


「かむなぎ」とは、神と人との仲介を行う者の意味。

人々の意を背負い、神に願いを届ける者。そして神の願いを、人々に届ける者。

神をなごませるから、かみなぎ…かむなぎ。


そんな彼女が、何故、土岐の名前を?

つまりそれは…、神が土岐玲一に、何かを見いだしたと言う事なのか?

そして、土岐玲一の身に、危険が迫っていると言う事なのか?

まるで漠然としていて、まるで話が見えていない。


だが、だが…。加納にとっては、それだけで充分であった。

たった一言、「土岐を守れ」と命令されれば、それを忠実に遂行するだけの理由が、加納にはあったのだ。

それが証拠に、「俺みたいなオッサンよりも、同じ学年の君が適任かと思ってな。やってくれるか」との問いに対し、加納は二つ返事でそれを、快諾したのだから。


土岐を守る、土岐玲一に降りかかる災難を排除する。

それはまた、加納譲司の運命をも、大きく変える出来事になる。


階段を降りて行く二人の口からは、白い息が濃く吐かれ、まるで蒸気のよう。

数週間後にはもう、新学期がやって来ると言うのに、まだ新緑の匂いも漂って来ない。


長野の春は未だに遠い。だが、だからこそ、待ち遠しく感じ、焦がれる時期でもある。

加納の春は、決意と覚悟に満ちた、春になりそうだった。




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