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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「それまで」の三人
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クラリッタ・ハーカー 前編


 三月某日

春が来ているはずなのに、季節外れの寒波に見舞われた東京都心。


春物の衣服を一旦クローゼットにしまい、再び厚手の冬服を身に纏った人々が、

蒸気機関車の様に白い息を吐いて、家路へとついた後の、深夜の出来事。


 曇天の夜空に向かって地上の灯りが赤々と映え、闇夜の価値を失った街の、

とある駅前のビルの屋上から、下界を見下ろす瞳が、四つの瞳がある。

英会話学校、ファッション雑誌、ドリンク剤など…。様々な看板がビルの屋上から、

誰もいない街へ向かってアピールを繰り返している最中、

その屋上の一つ、胃腸薬の看板の下で、二人女性が、赤外線暗視装置付きの双眼鏡で、

とある雑居ビルの入り口を凝視していたのだ。


 琥珀色をした、四つの瞳とは、二人の女性。


二人とも、漆黒の都市型戦闘服を身に纏い、ゴデゴテと身体中に各種装備をくくりつけ、

鮮やかな金髪を漆黒のニット帽で隠している。

そう。それはいかにも、今から何かしらの作戦行動を起こそうとしているいでたち。


そこが既に、戦場であるかの如く、ビルの屋上で腹這いになり、

神経を研ぎ澄ましながら、己の存在を殺しながら、深く深く息を潜めて、焦点を絞っている。

それはまさに、これから現れるであろう獲物に、必滅の一撃を見舞うタイミングを、見計らっている様でもある。


 ノクトビジョン(暗視装置)付きの双眼鏡を覗いていた年長者であろう、歳上の女性が、

双眼鏡が暴く拡大された世界から、自らの左手の腕時計へと視線を移す。

光の反射を抑えた、ツヤの消された漆黒の腕時計は、「その瞬間」が差し迫っている事を、忙しく表示し始めていた。


 「あと10分」


その女性は、どうやら、特殊作戦部隊の指揮官。

それが証拠に、彼女が首元のインカムのボタンを押して、そう呟いた瞬間に、

彼女のイヤホンには、(アルファ1チーム了解)(ブラボーチーム了解)などと、

そこにいない者たちからの声が、どんどんと入って来る。


 何故、首都圏の中心部、真夜中のオフィス街に特殊作戦部隊が?

それも、日本国が有する警察特殊部隊「SAT」ではなく、金髪の女性が指揮を執る、漆黒の特殊部隊が?

突拍子も無い、絵空事の様な出来事が今ここで起きているのだが、

存外、闇に紛れる彼らを目撃し、慌てて騒ぎ出す一般人などいない為、

全てが闇に紛れて行われ、全てを闇に葬れる、好都合な環境だったのかも知れない。


 「どうした?」


指揮官らしき女性が、隣の狙撃手に目をやる。

指揮官の隣で、巨大な対物ライフル、バレットM82を違和感無く構える金髪の少女は、

既にそれが身体の一部の様な雰囲気を漂わせているの。

ひたすら、ひたすらスコープを覗いたまま微動だにせず、完璧な程に息を殺して、狙撃に集中し、

たった一つだけ、自分に与えられた義務を、忠実に履行している様に見えた。


 だが、素人が端から見ると、そう感じられるだけの話で、指揮官の女性は、何故狙撃手が時間確認の復唱をせずに、殊更無視を決め込んだのか、充分過ぎる程に理解していた。

それは、狙撃に集中し過ぎて時間確認の声が聞こえず、復唱出来なかったと言う理由とは全くかけ離れ、

狙撃手の少女が何か「気に入らない」事を、それこそ多分に内包しており、

指揮官に対しての、抗議のアピールなのだと、痛い程に判っていたからだ。


だが、何故復唱しないのかと、分かりきった欺瞞の言葉で怒る訳でなく、さりとて、冷たい眼差しで少女を見下す訳でもなく、

ただただ、口元に苦笑の笑みをたたえながら、呆れた様に見つめる指揮官。

その余裕の貫禄が余計癪に障ったのか、少女の狙撃手は、指揮官に眼を合わそうともせず、

視線をスコープの先に残したまま、煩わしそうに、「何か?」と、口を開く。

さらりと言い放つそれは、怒りの要素を過分に含んでおり、少女は問答さえ無用だと、静かに激怒している様がうかがえる。


あくまでもそれが、想定内の反応であったのか、指揮官はそれに腹を立てる事もせずに、

一回りも歳下のその狙撃手をまるで、無軌道な子供の行動をたしなめる様に、それこそ、自分の妹を見る様な暖かさで見詰め、語り掛けた。


「クラリッタ。噂通りあんた、本当に頑固者なのね」


その言葉を挑発だと受け止めたクラリッタは、無言のままピクリとも動かず、視線すらも合わせない。

だが聞いていようが、いまいが、指揮官のなだめる様な声は、彼女の鼓膜を優しく刺激し続ける。



 ……クラリッタ、何度も言うようだけど、あなたが提案した内容は、全て却下。

太陽輝く昼間の作戦を、基本中の基本として尚且つ、構造物を徹底的に破壊した後の、

遠距離スナイプを主軸とした吸血鬼排除なんて、この国では、夢の夢なの。


警官が凶悪犯罪者に発砲しただけで、人権商売の弁護士やマスメディアは大騒ぎ。

毎回「適切な発砲だった」と、警察側が言い訳がましく発表しなきゃならないほど、

一見、平和に見えるこの国は、病んでいるのよ。

ましてや、最近「モンスターにも人権を!」って、気味の悪い風潮が台頭してからは、

SATを使っての強硬突入なんか、完全に出来なくなったのさ。


で、結局。

世論に気を遣い、人気の少ない、「奴ら」の得意な時間帯の深夜をわざわざ選び、機動隊員にライオットシールドを持たせて突入。

その背後からSAT隊員が拳銃で威嚇すると言う、救いようの無い自殺行為の果ての10分後に、

やっと、やっと傭兵部隊である、我々のユニットチームが突入・制圧する。

それが、この国でのやり方。今あなたがいる、日本でのルールなのよ……


 何回も何回も同じ事を説明して来た。あなたもそろそろ、早く納得してくれないかなあ?と、

手のつけられない子供もあやす様に、指揮官は再び説明し始めたのだが、

作戦決行まで、後数分にまで迫った今、不機嫌なままのクラリッタの口から、

それまでの流れや説明をまるで無視した様な、衝撃的な言葉が、吐き出された。


「あの警官達、死ぬよ。メイベルはそれでも平気なの?」


指揮官であるメイベルに対して、階級も敬称も略しながらクラリッタが吐露した言葉には、重大な意味が含まれている。


 確かに、日本警察に突撃させておいて、自分達は後片付け(クリーンアップ)するだけと言う事なら、

最小リスクで済む「いただき」の作戦かも知れない。

それが、この国のやり方なのだと納得して、見ず知らずの警官達が殉職したり、感染するのを傍観していれば良い。


しかし、いくらこれが傭兵部隊で、日本警察からの委託業務であったとしてもメイベル、あなたは兵士、戦士であるはず。

あなたの、武人としての矜持に、「決して仲間を見捨てない」と言う不文律は存在しないの?

警官隊だって仲間でしょ?だったらあなたは、仲間の死体が折り重なる姿を見て、

それでもビジネスだと、クールを決め込んでいられるの?


つまりクラリッタは、指揮官であるメイベルに対して、お前はそれでも武人か?それでも戦士なのかと、

闘う者の矜持を、問うていたのである。


 クラリッタから、迂闊に軽々と返事の出来ない様な、己の本質、行動理念のありかを、ズバリ問われたメイベルは、慌てる様子も無く、取り乱しもしていない。

むしろ、クラリッタがそう問うて来るであろう事を、見透かしていたかの様に、口元に、苦笑とは違う類いの笑みを浮かべた。


「この国はな、死者の国なんだよ」


「どういう事?それが今、何の意味があるの?」


まるでチンプンカンプン。クラリッタが求めた解答とは全く違う、見当違いの答えが返って来た為、

クラリッタは初めて、スコープから目を外す。

そして、指揮官であるメイベルの表情を伺う為に、視界を移動させて、焦点を彼女に合わせたのだが、

その表情に一瞬、背筋に冷たいものを流したのだ。


指揮官メイベルの表情、クラリッタを見るその表情は、悪意のこもった笑み。


イギリスから来日したばかりで、何も知らないクラリッタに向かって、この国の真実を教える行為が、

「最良の悪趣味な娯楽!」とでも言いたげなメイベルの顔。

その表情はまるで、赤ん坊はコウノトリが運んで来ると信じる無垢な少女に、ポルノ雑誌を見せてつけて、

その狼狽する様子を楽しむ様な、救い難い程に残酷な笑みだった。


「いいかい?クラリッタ。この、あまりにも平和で、変化に鈍感な国は、死者が出ないと驚かない、騒がない、前に進もうとしない国なんだ」


メイベルは、左耳に付けていたイヤホンのジャックを、本体の無線機から引き抜き、スピーカーから溢れ出す音を、クラリッタに聞かせる。

もちろん、その無線機は、メイベルを指揮官とした傭兵ユニットが使用している無線機とは別の代物。

指揮官であるメイベルだけが唯一チャンネルを繋ぐ、警視庁機動隊突入班が使用している回線であった。


(ぎゃああああっ!)


(警部補がやられた!)


(どうなってる!?部隊が完全に分断されたじゃないか!)


(このままじゃ全滅しちまう。SATは何やってんだチクショウ!)


 無線機から聞こえて来たのは、先に突入した日本の現地警察、機動隊とSATの合同部隊が、今にも全滅しようとしている、その断末魔の声。

驚いたクラリッタが腹這いから腰を浮かし、動きだそうとすると、メイベルは彼女に対して初めて「動くな!」と、怒声を浴びせてそれを制し、

話を最後まで聞けとばかりに、死者の国日本の、本質を説明し始める。



 ……この国はね、妖魔に対する危機感も足りなければ、認識も甘い。

全てにおいて想像力に乏しく、能動的に動けず、流されやすい国民性が、それに起因している。

前時代から、営利マスメディアの洗脳に、完全に毒されてしまっているんだよ。


エレベーター事故、航空機事故、バス事故、天災、未成年による凶悪犯罪エトセトラエトセトラ。

全ては、死者が発生した後、マスメディアが大騒ぎして、初めて社会が動くんだ。

もちろん、この国のマスメディアには、高潔な精神など存在しない。

ハリウッドの底辺でガサガサと蠢めくパパラッチが、美味しい餌を求めて巨大化したものだと想像すれば良い。


つまりは、人権屋の片棒を担いで、妖魔に人権をと、マスメディアが大騒ぎしている今現在。

その破廉恥なミスリードを、大量の殉職警官によって、流れを変えようと言う事なのさ……


「メイベル、本気で言っているのか?それが、この国の政府の意向なのか?」


愕然とし、呆けた顔でメイベルを見詰めるクラリッタ。

無線機からは相変わらず、機動隊員やSAT隊員達の、悲鳴や怨嗟の声が轟く中、

メイベルは悦に浸っているかの様な恍惚の笑みをクラリッタに向け、

この作戦の本質、政府の根本的な狙いを吐露し始めた。


「大量の殉職警官が出れば、マスメディアは同情論を展開する。警官の遺族へ突撃取材を繰り返し、お涙ちょうだいの報道を連日全国へ垂れ流す。

ははは、滑稽だろクラリッタ。人が死なないと、この国の人間は動かないんだ。我々の役目は、その後始末。汚いケツ拭きの仕事なのさ」


つまりこの作戦は、マスメディアにのみ影響を与え、後々の妖魔刑法犯に対する警察行動の、幅を広げる為の作戦。

今突入している機動隊員達は、完全なる捨て石であったのだ。


「我らブロート・ブクリエ教導団は、警視庁から仕事を請け負った訳ではない。祖国オランダと日本政府との密約をもって、政治的な立ち位置で、この地にいるのだよ!」


我々は警察の下請けではない。政府間協議によって活動する、高レベルの作戦部隊なのだ。

これが、メイベルの決まり文句。

その言葉をもって、今回初めて作戦に参加する、ゲストのクラリッタを、驚かそうとしたのだが、

一瞬悦に入ったメイベルの目を盗んだのか、もう…既に、クラリッタはここにはいない。


 ドヤ顔を一瞬に蒼ざめさせ、メイベルの瞳が泳いだ先には、屋上の柵に繋がれたロープ。

そして、そのロープを掴んで屋上から地面に向かってジャンプ。

ラペリング降下(懸垂降下)を始めた、クラリッタがいたのだ。


「お、おい!何をやっている!?ちょっと待て!」


メイベルの制止を完全に無視し、五階建てビルの屋上から、クラリッタはどんどんと地面へと降りて行く。

慌ててメイベルが柵から身を乗り出し、下方を凝視すると、クラリッタは既に地面に降り立ち、道路で隔てた反対側のビルに向かっている。

一切の迷いを排した、全力疾走だ。


「クラリッタ、戻りなさい!あんた、武器も持たずにどうするつもりなの!?」


インカムに向かってメイベルは怒鳴るも、「問題無い」と、至極冷静な返事が戻って来た。


(……サイドアームと予備弾倉3本に、チャーチ・ベレットを装填してある……)


 チャーチ・ベレットとは、狼男などの「獣人」に極めて有効とされる、純銀の弾丸すなわち、

シルバーベレットを、強化した弾丸と考えられば良い。

獣人狩り用に製造された純銀の弾丸を一旦、教会へと納め、気の遠くなるようような歳月をかけて、

弾丸を聖職者に「祝福」させ、聖なる武器へと昇華させたのが、

知る人ぞ知る、このチャーチ・ベレット(教会弾)なのだ。


堕天使などから派生したアンチクライスト系悪魔よりも、純粋悪から派生したデモニック系悪魔に有効で、

獣人などはもとより、漆黒の闇から産まれた、純粋なる闇の存在を圧倒する、対ナイトストーカー兵装の最高峰とも言って良い。


だが、1発すら滅多にお目にかかる事の出来ない、手に入れる事の出来ないレアな弾丸を、

それこそ、国単位の教会区が総力を上げて製造する武器を、

このクラリッタと言う名の少女が何故、50発近くも持っているのか…。


指揮官であるメイベルは、彼女が所持していると言う事実よりも、その弾丸をもって、

これから何を為そうとしているかについて気付き、マイク越しに悲鳴を上げる。


「殺るんじゃない!確保だ確保!やめろクラリッタ!」


契約がどうのこうの、違約金がどうのこうのと、イヤホンからメイベルの金切声が絶え間なく届くも、

クラリッタは既に地面へと降り立ち、片側二車線の道路を挟んだ、目標の雑居ビルへと、全力疾走で向かっている。


(おいおい、どうする気だ!?)


(隊長、俺たちどうすれば!?)


クラリッタの姿を確認した、メイベルの突入部隊、通称アルファチームの兵士たちも、作戦とは違う流れに動揺を隠せない。


結局はまんまと、電撃的な速さで目標の雑居ビルの入り口に辿り着いたクラリッタ。


中の様子を伺いながら、腰のホルスターから自動拳銃SIGザウエルを引き抜き、弾丸を薬室へと送り込みながら構える。

そして、一旦呼吸を整えつつ、乾き始めた口腔から喉へと、無理矢理つばを押し流す。

そして、眉間にこれ以上無い位のシワを作りつつ、鋭い眼差しで、入り口の奥に広がる闇を睨んだ。

瞳を闇に慣らすのと同時に、引き絞った弓を放つ様に、自分自身の瞬発力エネルギーと、恐怖に打ち勝つ勇気を、限界まで高めたのだ。


 「聞け、メイベル!」


突入までの数秒間。メイベルと傭兵たちのイヤホンには、今回初めて作戦に参加した、少女の怒りの声が轟く。


「今まで、色んな戦場で、戦士たちの様々な死に目に遭って来た。敵に囲まれた部隊を見捨てた事も、負傷兵を置き去りにした事すらもあった。

だからこそ、戦士の死には最大限の尊敬と敬意を払い、常に彼らを悼んで来た。

だが、だが!このクラリッタ・ハーカー、一度として、戦士の魂を生け贄に使った事など無い!

日本人だから?警視庁の部隊だから?政府の密約だから?そんなものは一切関係無い!

戦士を、妖魔と闘う仲間を、政治だから、事情があるから死んでくれと言う、その傲慢な言い訳が私には、どうにも我慢ならん!」


妖魔はこれ全て、全人類の敵であり、やつらの必滅こそが永遠の課題なのだ!

この言葉を最後に、クラリッタは突入を開始した。


(アルファチーム、ゲストの突入を確認!)


(隊長、良いんですかい!?)


混乱するメイベルの突入部隊から、戸惑いの声が上がる。

メイベルは漆黒のニット帽をかき上げながら地面に叩きつけ、綺麗に整っていた自慢の金髪を、

無造作にワシャワシャとかき乱しながら、不本意な突入命令を、部下へと下した。


「アルファチーム、GOだ、GO!GO!GO!大英帝国のヴァンパイアハンターは、対象の殲滅を望んでいる!

我々のビジネスを邪魔されたらかなわん、今すぐ突入だ!ゲストを追い抜け!

ゲストの排除は許さん、許さんがとにかく!ゲストより先に現場へたどり着き、対象を確保しろ!」








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