プロローグ
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くそっ…、くそっ…!
3月
未だに冷たい風が頬を刺す、幼春の寒々とした星空に響く訳でもなく、
人々が帰路についた後の、閑散としたアーケード商店街に響く訳でもなく。
少年の憎しみに満ち満ちた独り言は、その重い足取りにリズムを合わせながら続き、
その憤怒の言霊は、彼の鼓膜だけに聞こえる様に、吐き出され続ける。
何で今さら!
何で俺たちが…!?
こよみに何て話せば良いんだよ!
うつむいて歩くその少年の瞳は、丸めた背中の弱々しさに反比例して、烈火のごとく燃え盛っており、
それはまるで…アーケード通りのタイル一つ一つを、眼力で溶かしてしまいそうな勢いである。
しかし、だがどうやら、彼の体内では、怒りの炎とはまた別の感情が存在しており、
100パーセント怒りの力が充填されている訳でもない。
時折見せる、唇を噛み締める仕草と、眉間のしわを寄せながら眉を落とすその表情は、
泣き出すのを我慢しているかの様にも見える。
彼の今の心情は、怒りとともに、屈辱にまみれた悲哀にも満ちていると言えよう。
長野県の北部に位置する、県庁所在地の都市「長野市」。
無宗派で全国的に有名な善光寺を中心とする門前町であり、志賀高原や野沢温泉など、ウインターレジャーの玄関口である長野市。
その北部地域には、昭和初期に開校した学園を中心とした、大きな団地が存在する。
その団地の商店街を…、少年は一路、家路へと急いでいた。
一番会いたくない人に会った
一番目と目を合わせたくない人物に会った
一番…言葉を交わしたくない人物に
まさか、まさか、今になってあの人と接点を持つとは思わなかった。
ホント、今さらだった。
だけど、決して避けては通れなかったのも事実。
あの人が担任であり、本家側の連絡窓口である以上は、いくらバイト先に現れたからと言って、むげに追い返す訳にもいかなく、
珍しく現れたその 招かれざる客に対して、仕事を中断してまでも、相対せざるを得なかったのだ。
怒りと戸惑い、そして悲哀に満ちた表情。まさに苦渋そのもの。
……こよみに何て話せば良いんだよ……
思い詰めたところで、状況が改善される訳もなく、
躍動感の失われた少年の背中は、こじんまりと住宅街へと消えていった。